第15話

 京都なる菅沼すがぬま家を訪ねる。

 。もちろん、せとかのことだ。

 住所は、春太郎しゅんたろう文庫に挟まれた写真の裏側

にあった。写っているのは、若かりし日の春太郎さんだろうか。そして、美しい女性。

「京都は、しいおばあちゃんのお父さんが暮らした街だから、きっと二人が出来なかったことを代わりに叶えてみたくなったのね」

 後に、白い少女は語った。

 京都の家は、仙台の洋館と何もかもが対称的である。

 一切の木材を排した仙台の家。昔ながらの京町屋。いわゆるうなぎの寝床というやつである。

 晩春の京都は、すでに夏日である。せとかは、らしくもないワンピースに身を包んでいる。帽子を目深に被り、京都駅を出てからずっと黙りこくっている。

 これは、誰だ。馬鹿げた考えが、頭をもたげる。

「髪を結ばないのか。暑いだろう」

「帽子を被っているから平気」

 視線を落とす。路上にあるのは、女の子のシルエットだ。僕の知らない影。

 インターホンを鳴らす。返答はない。

 気が重い。

 玄関の扉を開ける。やはり、ここは菅沼家だと知った。滅多に客人を招かないのだろう。そういう無頓着さがある。指先で柱を撫でていると、せとかが先を行く。これも、同じ。

「キョウタさん」

 奥で、二人がやりとりをする。居たたまれない。頭の血管が疼く。唇を噛み、堪える。暗い室内は、深海のように静まり返っている。陽の差す縁側に腰掛ける二人。四角に切り取られた明るさは、画用紙を連想させる。初対面のはずである。話は弾み、遠くから見遣るだけの存在。

 ここには、初めから居場所など存在するはずも無い。そうだ。仙台へ帰ろう。俯き、踵を返す。

柳原やなぎはら君」

 呼び止めたのは、せとかだ。上半身を捻り、両手をついている。

「母が迷惑をかけたようですね」

 母。

 振り返る。

 どう見ても、親子には見えない。

 背中を向けたままの菅沼氏。少女は座り直し、視線を行き来させる。

「外は、厚かったでしょう。お茶にしましょうね」

 そう言って、隣をかすめていく。

 所作が違う。浅田あさだせとかは、騒がしい。

 そう、茶を盆に載せて運べない。

 目の前にあるのは、静寂である。茶を囲み、正座し小首を傾げる少女。

「それで、孫娘とは、うまくいきそうなのら」

「ええ、それは」

 頷く。茶を含む。

「嬉しい。あの子も、好きな人に、出逢えたのね」

 左手で、髪を耳にかける。

「幸せですよ」

 いつの日か。

「そうね」

 上目遣いで、微笑む。

 菅沼柊すがぬまひいらぎが、祖母と同じく穏やかになれる日が来るのだろうか。


 *


柳原創やなぎはらつくるだったか。君は、何をした」

「道案内です」簡潔に答える。「僕は」「君は、御師おしだからな。孫娘が見つけた」

 ああ、そうか。いつもの通学路。僕があの子を見ていたように、あの子もまた僕を見ていたのだ。

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