第11話

「それで、しいおばあちゃんは、一体どんな病気だったの」

 一階の書庫、つまりは僕のベッドに孫娘は居た。昨日、せっちゃんと遊び歩いて、案の定、体調を崩したのである。こういう時には、寝て耐えるより仕方ない。しかし、大層、退屈である。具合が悪いので、たくさんある本を読む気にもならない。そして、大抵、孫娘は椎との思い出話をせがむ。

 椎は、一人息子について行ったので、遠方に居る。孫娘は、祖父の真似をして手紙を送る。古風なやりとりを見かねて、例の一人息子がパソコンを送ってきたこともある。孫娘は、素直にテレビ電話をすることはない。タイピングゲームや調べ物ばかりする。

「キョウタは、駄目ね」とは、孫娘の言葉である。実際、一人息子は駄目なのである。いつまでも、娘のままである椎。それに対して、父親の若い頃に、生き写しの一人息子。椎が、一人息子にうつつを抜かすのは、まだ理解できる。だって、彼女はずっと眠っていたのだから。しかし、遺伝子とはやっかいなものである。一人息子は、母に恋をしてしまったのだ。もちろん、椎は魅力的である。だからと言って、必ず彼女に惚れなければならないという訳ではないだろう。だが、恋とは理屈ではない。一人息子は、ある実験をした。母親以外の女性を愛せるのか。結果として、孫娘が生まれる。それはいいが、どうにも母親以上に引きつけるものがなかったらしい。孫娘は、椎の血を引いている。それだけを理由に子供は引き取り、それきりとなった。

 さあ、結論は出た。そして、一人息子は、仙台を離れた。どうにもならない想いから、物理的距離を取ろうとしたのである。しかし、母親である。椎は、まぎれもなく母親だ。脚が不自由な夫と、生まれたばかりの孫娘を放って行ってしまった。実際、嫉妬はしたが、それだけだった。 孫娘も、生まれた時から、祖父しか知らない。この生活を不思議に思うこともない。ただ、「キョウタは、駄目だ」とばかり認識している。

「椎の病気か。そうだね。世間では、いろいろ言われている。眠り姫、浦島太郎、八百比丘尼。でもね、そんなことは些細なことだ。この世の中に、何にも侵されていないものなど存在するだろうか」

 熱っぽく語ってしまった。孫娘は、呆れている。

「ほらね。やはり、セダカ君はずるいのよ。椎おばあちゃんが、手紙で何度も伝えてくれたから、私、知っているのよ」

 鼻を鳴らす。

「まあ、少なくともこの家の人間は皆病気よね。それは、認める」

 思わず、口角が上がる。

「そうなんだよ。そもそも、椎は自称死人の娘だ」

「何それ、どういうこと」

 孫娘が、眉間にしわを寄せる。予想通りの反応に、微笑む。

「ええと、椎おばあちゃんが生まれてすぐにご両親が亡くなったということかしら」

 首を振る。首を傾げる。

「隣県に有名な寺がある。そこでは、若くして亡くなった息子や娘を結ぶ儀式がある。死後結婚というものだ。椎の両親は、まさしくそれだった」

「そんなの、おかしい」断言する。「結婚はできても、子供が生まれるはずがない。現に、椎おばあちゃんはセダカ君と出会ったのよ。そして、キョウタが生まれた。孫の私だっている。これをどう説明するの」

 孫娘は、賢い。嬉しくなって、頭をなでる。からかわれたと思って、口を真一文字に結ぶ。

「椎本人は、キャベツから生まれたと言っていたな」

「ああ」

 何の気なしに、天井を見上げる。人差し指を立てる。

「春生まれだから?」

「そう」

 しばしの沈黙。

「ああ、でも、椎おばあちゃんなら、あるかもしれない」

 俯いたまま、静かに言う。椎の恐ろしいところは、そこなのだ。

「ああ、じゃあ、セダカ君の罪は人ではないものに恋をしたことなのね。キョウタも同じ。この場合、罪と病は同じ意味で、私がこんななのも全部キョウタのせい。やはり、キョウタは駄目ね」

 十分、気は紛れたらしい。起こしていた上半身を、元の位置に戻す。しばらく目をつぶっていたが、何か思いついたらしい。

「私、シュークリームが食べたい」

「そうだね。せっちゃんに、おつかいを頼もう」

 満面の笑みを見せる。勢い付けて布団をかぶる。

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