第10話

「京都にでも行かないか。浅田あさださん」「え、行く」

 いつもどおりの放課後。

 欅の並木道をずんずんと進むせとかは、当然のように振り返る。思わず、進もうとしていた革靴の底を地面に叩きつけていた。即答かよ。

「ねえねえ、それ、新幹線のチケットでしょう」

 目敏いせとかは、近寄り、スクールバッグのポケットからはみ出す封筒を指差す。

「お前、新幹線のチケットを自販機で買ったことがないのか」

「うっ」

 苦し紛れに、横に座る。もちろん、目線はあさってを向いている。

「結構な大金だぞ。それを旅行代理店のお姉さんにならともかく、血の通っていない機械の中に札束を突っ込むだなんて恐ろしくはないか」

「よく解らない理屈だな」

 かばんの中から、水筒を取り出すせとか。

「無理に理解してくれなくて構わない。何故なら、目的の品はすでに購入してあるからだ」

「え、何。無料なの」両手がふさがったせとかが、笑顔を向ける。「私、お金払わなくてもいいの」こういう時、そういう率直な表情は隠すべきではないだろうか。どうだろうか。正面を向く。

「パトロンが居るからな」

「なんだ、柳原やなぎはら君の自腹ではないのか。つまらないな」

 しょんぼりして、お茶をコップに注ぐ。

「第一、有名進学校の生徒が、バイトをしているはずもない」

「本当だな」

 お茶を飲む。

「え、なんで、京都に行くの」

「会いに行く」

「誰に」


 床に伏したまま、頭上まで手を掲げる。白い指先に、よく映える紅い花。ビーズで作ったおもちゃだ。

しい、目が覚めたの」

 勢い余って、文机ごと転げ落ちる。痛みなど感じる暇はない。

「セダカ君」

 しばらく眠ったままであった。唇は微かに動きこそすれ、喉はそうはいかない。いまだ夢うつつの椎は、それでも首を傾げる。

「老けた?」

 かすれ声に、涙が溢れる。椎の言うとおりだ。

「いつまで経っても君が帰ってこないから、だから、僕は」

 ぎこちない動きの椎。僕を抱く。すっかり年を取ってしまっていた。

「私、一体、どれほど」そう問いかけ、即座に理解する。「こんなに髪の毛が伸びてしまうほど、私は眠っていたのね」

 椎の髪の毛は腰ほどもある。

「切ろうかとも思ったのだけれど、それでは、君が眠っていた証拠が何も残らないからね。それに、これほどまでに美しい髪の毛を切るなんて僕にはできなかった」

「そう」

 ふたり、見つめ合う。

「ねえ、セダカ君」椎が見つめる。澄んだ瞳だ。「見つけたかしら」

 思い通りの発言に、息をもらす。

「何かしら、ひとりで笑って。そんなに愉快な結論が出たの」

「椎は、おしゃべりだね。目で喋って、口でも喋って」目を細める。椎は、おでこをぶつけてくる。

「セダカ君こそ、相変わらずだわ。あなたがずるいのは、いつの時も同じこと」

「それでも、君は歳を取っていない」

 椎が、息を呑む。突然、不安になったらしい。焦って、言葉が出てこない。

「椎、そのうち、病院へ行こう。君が眠っていた間、僕が君の代わりに君のことを考え続けてきた。いろいろ調べもした。だから、どういう訳で、椎が時間旅行を体験したのか、そのからくりも理解している。でも、椎にはそんなこと解らないよね。だから、第三者である医師に説明してもらおうと思う。君のことだから、セダカ君はずるい人だから、きっと嘘を吐いていると思われても仕方ないことだと思うしね」

 椎は、話半分の様子だった。息が乱れている。

「疲れた」どうにか、それだけ呟く。

「そうだろうとも。今まで、食事もせずに、眠り続けてきた。それなのに、目が覚めた途端、べらべら喋った。疲れるのも、当然だよ」

 言いながら、椎をベッドに戻そうとする。椎は、手を離してくれない。

「どうしたの」

「また、起きられなくなってしまうかもしれない。だから、添い寝してくれない」

 仕方がないのでら見つめ合いながら、上半身を倒す。顔が蒼い。

「大丈夫だよ。どれほど、寝貯めしたと思っているの。しばらく目がさえて、眠れないに決まっている」

 椎は、赤子のようにむずかる。何か言おうとしては、言葉を飲み込んでしまう。

「大丈夫だよ。椎。これまでも、これからも、僕はずっと君の隣に居る」

 椎は目を閉じて、口づけをした。

「大好き」「知っているよ」頭をなでてやる。

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