第9話
世界が閉じる。
それは、本を閉じるように、終わっていない物語を永久に中断する。幸か不幸かは、人によるところが大きい。
多くの命が閉じられた日、僕は脚を失った。
友人たる書物によって、固定を余儀なくされた。身動きの取れない中、ただ書物を読みあさった。外から人が来た。初め、部屋から出されることを拒んだ。それでも、ひしゃげた扉は容赦なく撤去される。少しずつ、下半身を縫い付けていた物がどかされる。
やはり、脚は使い物にならなくなっていた。立つことも、歩くことも出来やしない。それでも、空気に触れると、激痛が走った。本というかさぶたをはがされ、一気に傷口が開いたのだ。
結果として、生死をさまようことになる。血栓が流され、心臓の動きを止めた。一度、死んだのと同じだ。頼みもしないのに勝手に引きずり出して、勝手に心臓の鼓動を止めた。
一等、余計だったのは、蘇生だ。殺人以上の罪は、一度死んだ人間を強制的に生き返らせることに決まっている。
きっとヒトは死の恐怖に耐えられない。それを余計なおせっかいで、必要以上に苦しめるなんて狂っている。
*
お気に入りの公園、お気に入りのベンチ。
せとかは、文庫本を手にしている。そして、涙を流している。
「これは、春太郎さんのことだ」
独り言が風に乗って消える。
一度、本を閉じる。物語は中断された。
膝の上に乗る、小さな四角を見つめる。確かに、この中には、春太郎さんの人生が詰まっている。
そう思うと、涙が止まらない。
「どうして、あの子はこの本を私に届けたのだろう」
別れ際、あの子は「今日の御礼に」と言って、手ぬぐいに包まれた本を渡してきた。それが、この本だ。改めて、表紙を開く。
「あれ」
そこには、ふせんが貼り付けてある。
「セダカ君は、嘘を吐く。ん?」
せとかは、一人、首を傾げた。
「セダカ君って、誰だ」
ページをめくる。
*
中庭まで車椅子で連れ出されたかと思いきや、若い看護師は慌てて白い箱の中に戻ってしまった。窓外を見遣るのは、ただの癖だ。移動中に乗物から外を覗くのと変わらない。なのに、こんなところに放置されてしまった。実際のところ、外の空気に触れるのに、懐かしさを覚えるほどであった。
たまには日光を浴びるのも悪くない。しかし、陽だまりとはこんなにも温いものだったろうか。猫の鳴き声。ひざの上に、黒い生き物が居た。毛むくじゃらに触れる前に、更なる生々しい熱を感じた。今度は、子供だ。猫を追いかけてきたのだろう。夢中になっている。あたりを見回すと、女学生が近づいてきた。清々しいセーラー服。手には、何か持っている。息を切らした少女は、頭を下げた。
「すみません。妹が」
後ろから手をまわされて、ようやく姉の存在に気づいたようだ。得意になって、姉たる少女に猫を見せつけている。僕は、首を傾げた。
「妹は、口がきけないのです」
「それなら、僕は歩けない」
伏し目を見開き、少女は微笑んだ。
「失念していました。ここは、病院ですものね」
「そういうことで、悪いけれど僕を病室まで連れていってくれないか。まだ体力が戻り切っていないので、とても自力で戻れそうにない。それなのに、若い看護師に置き去りにされてしまった」
病室に戻る途中、教えてもらった。姉は
*
「あれっ、セダカ君、セダカ君はどこにいるのかな」
人名を探し、ろくろく話の筋も追わずにページを手繰る。
*
「
「自分から辞めた高校に、何の未練があろうか」
予想していた答えではあった。もともと人間が好きではないのだ。
「実のところ、口実ができて助かったくらいだ。自分から学校を辞めるが早いか、卒業してしまうが早いかという感じだった」
高校は、義務教育の延長のようなものだと言う。なんとなく受験指導されて、なんとなく受験してしまったら、なんとなく入学を余儀なくされてしまった。
*
「駄目だ。どう見ても、生島さんが、セダカ君のはずがない」
せとかはひとり、混乱の直中に居る。
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