第8話

「柳原君、ひとつ良いものを見せてやろうではないか」

 時は、朝講習が始まる前。手許には、春太郎文庫。せとかから、小説に視線を戻す。

「いらん。オレは、今、春太郎文庫を消化するので、忙しい。高校を卒業してしまえば、県外の大学に進学することもあるかもしれない。つまり、浅田さんと違って、時間がない」

「こんな寸暇を惜しんで春太郎文庫を読むなど、相当変わっているな」

 いかにも変なやつといった感情を隠しきれずにいる。

「いや、浅田さんの話し方ほどではないよ」

 すぐさま、怒りの表情が浮かぶ。いちいち、気にはしない。本を読む。ほどなくして、朝講習の担当教師が入ってくる。もう、時間だ。それに気づいたせとかが、何かを机の上に置いていく。

 絶句した。

 朝講習を開始します。そう教師が宣言した後も、しばらくテキストを開くこともできずにいた。

 十五分間の朝講習の後、すぐにショートホームルームが始まる。特に、連絡事項がなければ、担任の今日も頑張れよで、話は終了である。急ぎ、せとかのもとへ向かう。

「浅田さん。これは何かな」

「おう、柳原君ではないか」

 いちいち腹が立つ。

「こ、れ、だ、よ」

 左手に紙片を持ち、右手で指し示す。

「だから、柳原君に自慢してやろうと思って」

 話は至極簡単である。

 せとかが去り際に置いていったもの、それはプリクラだ。男子だから、実際に写真を撮ったことは、数回しかない。クラスで集まった時、修学旅行くらいのものだ。一方、女子の間では、中学高校あたりになると、大人で言うところの、名刺のような役割を持つ。平たく言えば、トレーディングカードとでも呼べる代物だ。

「実は、昨日、春太郎さん家に寄ろうと、いつもの駅で地下鉄を降りたら、そこにはこの天使のように愛らしい少女が居てだな。うん、ナンパした」

 わざとらしく、溜息を吐く。せとかが反応する。

「どうした」

「この女の子、どこかで見たことないか。いや、あるだろう。しかも、つい最近のことだ」

 一瞬、黙り、考える。

「昨日」

「そう言うと思った」

 頭を抱える。すると、せとかが肩をゆすってくる。

「知り合い、知り合いか」

「知り合いも何も、『White girl』だよ。浅田さんが、オレに教えてくれた」

 愕然とするせとか。

「何故。だって、この子は、こんなに髪の毛が黒い」

「そんなの、かつらに決まっているだろう。小さな女の子が白い髪の毛をしていたら、誰だって振り向く。事実、オレはその状況に居合わせたことがある」

 オレの手から、プリクラを奪い取る。自分の肌の色と、少女の肌の色を比べているのだろう。

「白い」

「白いよな」

 事実を消化しきれず、立ったまま、机に手をつく。

「つまり、これはどういうこと。『白い少女』は、本当は白くなかったということかな」

「いや、さっき、自分で白いと認めただろう。どうせ化粧しているふうでもなかったんだろう」

 顔を上げず、こくこくと頷く。

「あれは、天然でした。まるで、チャイナボーンのような白さでした」

 チャイナボーン。実際に、牛の骨を入れることで、白くする中国の陶磁器。立ち上がり、席に座り直す。肩の力を抜き、天井を見上げている。

「病気なのかな」

 病気だろう。対照的に、視線を床に落とす。







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