第114話 乙女の園ははかどる世界

 主催者しゅさいしゃ不慮ふりょの事故で重体。

 というわけで予定されていた舞踏会は急遽きゅうきょ中止となった。


 この日のためにと準備万端、なみなみならぬ気合を入れていた貴族令嬢たちからは非難ひなん轟々ごうごう

 ブーイングの嵐となった。


 勇輝としては願ったりかなったりである。





 そして一週間の時が流れた。


『ぎひひひひひひ! お前のヘッタクソなダンスが見れなくて残念だなー!

 王子サマもさすがに腹から血ィ流しながらダンスはできねえかー!』


 勇輝の頭上で天使ぺネムが下品に笑う。


「しっかししぶとい野郎だよな。

 一晩で二度も九死に一生を得るとか、そんなのあり得んのか?」


 爆弾でブッ飛ばされても死なず。

 腹をナイフでえぐられても死なず。

 もしかしたら特殊能力でも持っているのか。


『いやいや悪運が強いだけよ、もう一回やれば今度こそ死ぬって。

 三度目の正直、やってみるか? ええ?』

「わざわざ狙って殺人犯にはなりたくねーよ」


 あの夜の戦闘は正当防衛だと思っている。

 悪魔ディアブルとなって襲いかかられ、実際一瞬死にかけた。

 コンクリートの壁を断ち割り押しつぶされそうになったことだ。

 やらなければやられる。

 そういう戦いになったのに、殺さずにすんだことは幸運だった。


 しかし理由はどうあれ王族を殺したとあっては深刻な問題になっていただろう。

 まああの後で無理心中未遂事件が発生するとは、思いもよらなかったが。


「っつーかよお前、のぞき見以外なんにもしねーのな」


 勇輝に皮肉を言われても、ぺネムは平然としていた。


『オレたちは人間同士のもめごとに首突っ込んじゃいけねーのよ。

 オレたち天使はあくまで対悪魔、対魔王の戦士なんだよ。

 人間の問題は人間が解決すべき、ってのが天使長の考えだ』

「フーン使えねえ奴だな」

『うるせえ! お前だって存在自体がかなりギリギリなんだからな!

 あんまり好き勝手にやってっとエウフェーミアみたく世界の外へ出されっぞ!』

「うわ、そりゃ大変」


 そんな会話をかわしながら、勇輝たちは学園内の会議室に向かっている。

 ミコール男爵令嬢が王子を刺した件について、情報提供を求められているのだ。


 ことの発端は勇輝が王子の女性遍歴へんれきを暴露したこと。

 それは間違いない事実だった。





 会議は五人で行われた。

 エウ学側は学長、勇輝、そしてマリアテレーズ皇女。

 アラゴン王国別荘側からは執事とフェルディナンドが来ていた。


 結論はいたってシンプルだ。


一切いっさい合切がっさい、無かったことにしよう。

 全員口を閉じて秘密にしよう』と。


 あのマルティン王子が聖都で派手に女遊びをしていたことを、アラゴン王家は全部知っていた。

 少しくらいなら大目に見ようという気もあったようだが二十人も遊び散らかしたあげくに今回の無理心中未遂。

 さすがにこれ以上は許せんということで、怪我があるていど治りしだい帰国させられることとなった。


 当然王位継承の可能性は完全消滅。

 二人いる弟のどちらかが王位をぐことになるだろう。





 そしてミコール男爵令嬢の件。

 こちらも実家に強制送還となった。


『聖女が王子に呪いをかけた、私たちは太陽に選ばれたのに!』


 とかよく分からないことを言って暴れているそうだが、気にするのはよそう。

 彼女を乗せた馬車はすでに聖都を出て、旅の空の下だという。

 連れ帰る人たちも大変だ。




 問題の二人は聖都からいなくなる。

 あとは残された関係者たちの問題だ。


 王子が色恋いろこい沙汰ざたで刺されるという不祥事スキャンダル


 正当防衛とはいえ、聖女があやうく王子を殺しかけるという外交問題。


 これらの不都合を解消するにはやはり『無かったことにする』のが一番だった。

 王子も男爵令嬢も持病の悪化を理由に帰国。

 同時期にいろいろと出来事があったが、それらはすべて無関係。

 そういうことで決着した。

 まあ二人ともそれぞれ違う意味でんでいたので、あながちウソだと断言できないかもしれない。





 解散して自由になれたところで、勇輝はフェルディナンドを呼び止めた。


「おいヨ……フェルディナンド」


 またヨーゼフと間違えて呼ぶところだった。

 フェルディナンドは一瞬眉間みけんをヒクつかせる。


「なんでしょう」

「いや、お前これからどうすんのかなって思って」

「どうって、殿下のおともをして国に帰りますよ」

「……あきれた奴だな」


 あの王子はもう国王になる可能性が無くなった。

 これ以上つき従ってもメリットはたかが知れている。


「お人よしすぎるんじゃないのか」


 フェルディナンドは苦笑した。


「あなたほどでは無いと思いますよ。

 それに……」

「それに?」

「腐れ縁なので」


 そう言い残して彼は去っていった。

 何となくさとりをひらいたような顔つきで。


「もしかして愛……なのか?」


 ちょろい奴だなあ。

 そう思って脱力感に襲われる勇輝の横から、皇女殿下がささやいた。


「ねえあのお二人って、どちらがどうだったの?」

「はあ、どうっていいますと?」


 勇輝のにぶさにマリアテレーズ殿下はモジモジした。


「だから色々とあるじゃない。

 積極的なほうとか、受け止めるほうとか」


 どちらが攻めで、どちらが受けか。

 勇輝は嫌な顔をした。

 ネタとして笑うことはあるが、本気でこの手の話題が好きな男はほとんどいない。


「どっちがどっちのケツに突っ込んでたかって?」

「そんな言いかたをしてはダメよ!

 もっと美しい表現をなさい!」


 勇輝は頭をかかえた。


「知らないっすよ、そんなの」

「どうしてひとめにするのよ、悪い子ね!」

「誰が独り占めになんかするかー!?」


 皇女殿下は興味津々のご様子。

 迷惑千万だ。


「おいぺネム! ぺネム!」


 諸悪の根源に語らせようと思い、天にむかって不良天使の名を呼んだ。

 しかし反応がない。


「どこいった、おい!」


 反応がない。ついさっきまでうるさかったのに。


「何を言っているのよ、はやく白状なさい!」

「知りませんってば、どうでもいいでしょそんなの」

「全然わかってないわ、全然だわ貴女!

 基本は王子×側近。でも実は側近×王子。

 そんな展開を思い描くことで世界はグッとはかどるのよ!」

「はかどらんでいいわ、そんな腐った世界!」


 ギャーギャー騒ぎつづける二人。


 しかし彼女たちは知らない。

 聖エウフェーミア女学園内には、皇女×聖女なのか聖女×皇女なのかで日々激論をかわす勢力が存在することを。

 自分たちもまた格好の餌食えじきなのだということを。





 世界の東の果て。

 聖エウフェーミアの領域にぺネムは来ていた。

 聖女にグレーゲルと名乗った怪人の存在を報告に来たのだ。


「知らないわ。初めて見る。

 私がいた時代にこんな人なのか悪魔なのか分からない存在はいなかった」


 白い髪、黒い眼球、金色の瞳、尖った耳。

 口をひらけば憎悪を吐き、強大な魔力で得体のしれない術を使う。


 さすがのエウフェーミアでも余裕よゆうみが消えていた。

 予想外の事態が地上で起こりはじめている。


「ぺネム、ユウキのことをお願いね。

 あの子はなんでも一人でやろうとしてしまうから」

「えー大丈夫だろぉ?

 アイツあれでけっこう強かったぜぇ?」

「だからかえって良くないのよ」


 エウフェーミアは心配そうにうつむいた。


「どんなにすごい人でも、同時にできることなんてせいぜい三つか四つよ。

 五つめ、六つめの行動はどうしたって力が落ちる。

 私だってそれで十二天使に生まれてもらったんだから」


 身体が十二個あれば十二の行動すべてを全力でこなせる。

 おそろしく強引な理屈だが、それを実行できてしまうのが伝説の聖女だ。


「ユウキにもとなりで支えてくれる人がいたらいいんだけどね……」


 もう一人クローンを作ること、まじめに考えてみようかしら。

 エウフェーミアはそんな風に思った。



第三章 完

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