第62話 黒騎士とお稽古

 サッカー大会が終わって、その深夜。

 勇輝はまた世界のはてに招待されて剣の稽古けいこをつけてもらっていた。

 例によって謎の魔法技術が使われ、仮想の土地が用意される。

 地面と、空と、自然が存在するそこそこ広い空間。

 さも当たり前のように重力や空気も存在する。

 どうやってこんな空間を作っているのかは知らない。

 勇輝には理解できない話だ。


『上半身にばかり頼るな。

 足だ、足をつかって良い位置取りを心がけるんだユウキ!』

「はいっ!」


 稽古けいこをつけてくれているのは、黒い熾天使セラフタイプの機体。

 エウフェーミアの十二天使・その三番『マルツォ』だ。

 マルツォは光り輝く光線剣を魔法で作り出して戦う。


 いわゆる〇ームサーベルとか、〇イトセーバーみたいなやつだ。


 魔法ゆえに伸縮しんしゅく自在、そして切れ味は抜群ばつぐん

 昨夜戦っていた邪竜の集合体。あの首をもっとも多く斬り落としているのが、このマルツォなのだという。

 勇輝の趣味しゅみで日本刀を使うクリムゾンセラフにとって、最適な先生といえた。


『そら、防御も忘れてはいけないぞ!』

「うっく、まだまだあっ!」


 マルツォの光剣がクリムゾンセラフの脇腹わきばらを浅く切り裂く。

 えぐられた傷口は勇輝の魔法によってたちまち修復された。

 だが光剣が次々とくり出され、クリムゾンセラフの装甲を破壊していく。

 勇輝は防戦一方だ。


「うわあっ!」

『相手の剣を恐れてばかりでは勝てないぞ!

 勇気をだして攻めるんだ、お前にはすぐれた再生能力があることを忘れるな!』


 マルツォが考案こうあんし、指導している戦法はたった一つである。

 ひと言でいえば「肉を切らせて骨を断つ」。

 これだけ。


 勇輝には物質に魔力を送り、別の物質に作り替える特殊能力がある。

 いつもやっているクリムゾンセラフの再生能力の正体は、壊れたものを同じように作り直していたという、だたそれだけのシンプルな話なのだ。

 これを戦法に組み入れることで、普通の戦士にはできない大胆な戦いが可能になる。


 具体的にはなにかというと、防御を必要最低限にへらし、積極果敢せっきょくかかんな攻めを行うのだ。


 攻撃九割、防御一割。


 本体である相沢勇輝さえ無事なら、クリムゾンセラフの機体は無限に再生できる。

 だから相討あいうち覚悟で前へ出る。

 出て敵を斬る。


 生身でやれば一、二戦で歩くこともままならなくなってしまう命知らずな戦法だろうが、勇輝とクリムゾンセラフならば基本戦術として使うことができる。

 これがマルツォ先生の見立てだった。


「うおおおっ!」


 バシイイィィィィッ!!


 巨大な日本刀と光線剣がぶつかりあい、激しく電光がはじける。


『ふむ』


 力くらべを嫌ったマルツォは後ろにステップを踏み、距離をとりたがる。

 そこを勇輝は全力で追った。


「これで、どうだああああっ!」


 刀を右肩にかつぐような構えで、クリムゾンセラフはマルツォに突撃する。

 間合まあい、良し!

 態勢、良し!

 渾身こんしん袈裟斬けさぎりをクリムゾンセラフがはなつ!

 強烈な一撃がマルツォの機体を両断するかと思われた。

 だが刃が黒いボディに触れる直前、マルツォの光線剣がクリムゾンセラフの刀を受け流した。


 ガキィン!


「うわ、わっと!?」


 ザクッ!


 勇輝の足に激痛がはしった。


「ひぎい!?」


 思い切り振ったクリムゾンセラフの刀が、勢いあまって自分の左足に刺さった。

 アホみたいな話だが、こういうことは実際にある。


「いってええええ!!」


 クリムゾンセラフはピョンピョン跳びはねて悲鳴を上げる。

 マルツォは鼻で笑った。


『今のはなかなか良かった。

 もっと工夫すればお前も聖女の剣となれるだろう。

 ところで……』


 マルツォはズンズンと地面を振動させながら歩み寄ってくる。


『ずいぶんとスキだらけだが、それも作戦のうちなのかな?』


 勇輝はまだクリムゾンセラフを片足立ちにさせたまま痛がっていた。

 マルツォの指先がクリムゾンセラフの胸を押す。


「おわ、わ、わああっ!」


 ドズウウウン……!


 クリムゾンセラフは豪快にぶっ倒れた。




 荒々しい稽古けいこを中断し、一時休憩きゅうけい


「くっそー、いいところ無しだったなあ」


 クリムゾンセラフから出てくやしがっている勇輝を、黒髪長髪の男がなぐさめてくれる。


『いやそうでもない。

 誰でもはじめから上手くはいかぬものだ』


 これはマルツォの人工知能が作り出した立体映像である。

 マルツォ本体はあくまでも熾天使セラフタイプの機体そのもの。

 人間の姿をした幻影は、聖女エウフェーミアが話し相手とするために作らせた仮初かりそめのものである。


 黒い長髪、黒い瞳、黒い陣羽織サーコートを身につけた黒騎士。

 顔や手など肌の部分だけやたらと色白。

 たぶんエウフェーミアの趣味だろう。


きたえることと考えることをおこたらないことだ。

 そうすればいつかきっと、お前もエフィのようになれるさ』

「そうかな」

『そうさ』


 温かい笑顔ではげましてくれる。

 どうやら優しい男らしい。

 思考回路がやっぱりエフィエフィエフィだが。




『さあ、そろそろ稽古けいこを再開しようか』


 マルツォの立体映像がそう言って消える。

 黒い騎兵のほうが立ち上がった。


「うん、ちょっとお願いがあるんだけど」

『なんだ?』

「練習中の技があるんだけど、ちょっと見てほしいんだ」


 勇輝はそう言いながらクリムゾンセラフに乗り込む。

 マルツォは快諾かいだくしてくれた。


『ほう、いいとも、思い切りやってごらん!』


 黒い機体は両手をひろげ、無防備になる。


「えっ、アンタにやるの?」


 とりあえず適当な岩にでもやるつもりだったのだが、マルツォは自分にやってみろという。


『実際にどれくらいの威力があるのか、やってみないと分からないだろう。

 心配せずとも、私のよろいはビクともしないよ』


 自信満々にそういうので、勇輝はお言葉に甘えることにした。


「よーし、じゃあ受けてみろ、俺の新技ぁ!!」




『ウグアアアアアアアッ!!』


 マルツォのただごとでない悲鳴が魔導通信で届いたのを聞いて、エウフェーミアと他の十二天使たちは顔色を変えた。

 彼はいま安全な後方にいて、勇輝の剣術指導をおこなっていたはず。


 まさか新しい敵に襲われたのか!?


 そう思った仲間たちは、現場に急行する。

 現場には、茫然自失ぼうぜんじしつの様子で立ちつくすクリムゾンセラフ。

 そして粉々に破壊されたマルツォの残骸ざんがいが散らばっていた。

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