第61話 老将、最後の夏
勇輝をにらんだ老人は、名をグスターヴォ・バルバーリという。
神聖騎士団第三騎士団長、人よんで「最後の老将」。
聖騎士たちの中でも現役最高齢をほこる、大ベテランである。
第三軍団は聖都の東門周辺の防衛を任務としている。
第一軍団が中央。
第二軍団が北門。
そして第三軍団が時計まわりの順番で東門、というわけだ。
以下、第四が南、第五が西、というふうに続く。
聖都がほこる五大騎士団である。
一ヵ月前の魔王戦役の夜、もっとも深刻なダメージをうけたのが彼の守護していた東門であった。
理由は魔王誕生の時の地震で城壁が
最大の防御装置である城壁を失ったグスターヴォ団長は、民衆を避難させるために自分たちを盾とするしかなかった。
結果として民衆を守ることはできた。
しかし騎士たちの
その中には、グスターヴォの
「……お前たち、今日はここまででよい」
自分を
愛馬にまたがりゆっくりと歩かせながら、老将はつよい
「ふぅ……」
ひたいに浮かぶ汗をぬぐった。
もう夏だ。
去年の今ごろは息子と共に守護機兵をならべ、草原を駆け抜けたものだった。
あの日の光景はまだ目に焼き付いている。
『父上、あの化け物は私が!』
『おい無茶をするでない!』
『大丈夫です、見ていてください!』
親の言葉も聞かずに飛び出していくさまは、まるで自分の若いころを見ているかのようだ。
年老いた父を
その成長ぶりを見て、ああ自分の役目はもう終わったのだと、グスターヴォはそう思ったものだが。
あの魔王戦役で悲劇がおこった。
皮肉にも老いた自分が生き残り、まだこれからの息子が天にめされてしまった。
世の中というのはまったく、ままならぬものだ。
あの激戦の夜に召喚された天使の群れは、息子を無事に連れて行ってくれただろうか。
そんな風に考えた瞬間、あの
老人は
いまいましい。
聖女と呼ばれる娘が、あんな
あんな小娘に自分たちの
いまや聖都の誰もかれもが口をひらけば聖女、聖女、聖女である。
聖女一人が聖都のために戦ったと思っている。
冗談ではない。
騎士団が命をかけて戦ったからこそ、あの小娘は活躍できたのだ。
本当に
「わしの息子は、部下たちは、お前の踏み台になるために死んだのではない……!」
そんなことをつぶやいているうちに、目的の霊園にたどりついた。
同じ日に死んだ者たちと一緒なら少なくとも
第三騎士団のものたちもたくさん、この墓地には
「許せよ、ジャン」
老父は息子に謝罪をはじめた。
謝罪するためにこの場に来たのだ。
「父はおそらくお前のもとへは行けぬ。
わしはきっと地獄へ行くことになるだろう」
ただごとでない決意を胸に秘め、老父は亡き息子に語りつづける。
「それでもやらねばならぬのだ。
騎士の
それが父の騎士道なのだと心得よ。
さらばだ。もうここへ来ることもあるまい」
それだけ言うと老父は息子の墓前をあとにした。
立ち止まることなく、ふり返ることなく、元通りの厳しい表情に戻って、馬を
「待たせたのう、さあ帰るぞ」
馬の首をなでてやりながら、そう話しかける。
だが、そこで老将はみっともない姿をさらした。
「ふんっ、ふんぬっ、このっ!」
馬にうまく乗れないのだ。
若い頃はヒラリと軽やかに飛び乗ったものだが、今や六十すぎの老体。
どんなにやせ我慢をしてみせても、肉体の
「いいいよいしょっとぉー!」
全身全霊の力をこめて、老将はようやく馬上の人となった。
ブルルル……!
馬が不満そうにいなないている。
この下手くそ。そう言っているような気がした。
「ハア……、ハア……、ハア……!」
大量の汗をかきながら息を切らせているグスターヴォ団長。
馬にのれぬ騎士など、騎士とは呼べぬ。
もう限界なのだ。
現役最高齢の騎士。
もう年上どころか、同じ年のものすらいない。
それどころか年下の者たちが引退していくのを見送るような有様である。
残された時間はわずかしかない。
戦場で戦えるのはおそらくこの一年が精一杯だろう。
「今しかないのだ。今しか……」
老人は決意を新たにし、
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