第46話 黒き魔女、再び

 蠅型フライタイプの撃破に成功したという吉報。

 軍司令部は大きな歓声につつまれた。


 ヴァレリアとランベルトのあいだで会話がつづけられる。


『三人ともご苦労様でした。

 ユウキさんのお加減はいかがですか』

『はっ、意識ははっきりしていますが、体力はほぼ限界です。

 充分な休息が必要かと』

『あらあらそれは大変、次の作戦行動の件も相談したいので、すぐ本部に帰還してください』

『はっ!』

『住民の避難も順調に進んでおります、今しばらくの苦労ですよ』

『はっ、それは何よりです』 


 会話に参加せず、勇輝は二人の通信をだまって聞いていた。

 今、三人は幸運にも残っていた公園を発見し、そこでわずかな休息をとっている。

 勇輝の疲労はまだ完全にはえていない。

 広場の真ん中に機兵を座らせて、ようやく一息つけたという有様だった。


『大丈夫?』


 心配そうなクラリーチェの声に、勇輝は力なく答える。


『うん、だいぶマシになってきたよ、ごめんね』

『謝ったりしないで。あなたがいなかったら聖都は今ごろ……』


 無数のむしが街を破壊する光景を想像したのだろう。

 スクリーンに映る彼女の顔は青ざめていた。


『大丈夫だ、あとは俺が全部終わらせるから』


 勇輝はあらためて決意表明をして、クリムゾンセラフを立ち上がらせた。

 だがまだ多少、機体がふらついてしまう。


『おっとっと!』

『いけません、まだ無理をしては!』

『でも帰って来いって命令だろ。

 大丈夫、けっこう休んだから自分で空を飛ぶくらいできるさ』

『まったくあなたという人は、回復力も常人の数倍ですか』 


 感心しているのかあきれているのか、ランベルトが苦笑している。


『へっへっへ……えっ?』


 勇輝は驚きのあまり硬直した。

 ランベルトが乗っている《銀の鷹アルジェント》の真後ろに、まったく何の前触まえぶれもなく、剣をにぎりしめた大きな影があらわれたのだ。


 影は、片手上段に剣を振りかぶった。


『あっ、あぶ……』

『どうかしまし……グアッ!?』


 一瞬の出来事だった。


 どうしようもなかった。


 突如とつじょあらわれた大きな黒い影は、黒光りする片手剣を振りおろして《銀の鷹アルジェント》の首を一撃で斬り飛ばしてしまったのだ。


 ドサッ、と音を立ててランベルトの《銀の鷹アルジェント》は倒れた。

 そのままピクリとも動かない。


『あ、あの、ラ、ランベルト……?』


 あまりにも唐突な出来事に混乱して、勇輝は身動きできなかった。

 突然の緊急事態が理解できずにうろたえるばかりだ。

 黒い影はそんな勇輝に向けて剣を構える。


 そこにいち早く状況を理解したクラリーチェが、機兵を猛然もうぜんと割り込ませてきた。


『よくも、よくもランベルトを!』


 激しい怒りをこめた鋭い鉤爪かぎづめが猛スピードで影に迫る!


 だが、ふたたび不思議なことがおこった。

 クラリーチェの攻撃が当たったと思ったその瞬間に、黒い影はその場から姿を消してしまったのである。

 素早くよけた、などというものではない。

 まったく何の予備動作もなく、完全にその空間から消えてしまったのだ。


『そ、そんな、一体どこに!?』


 目標を見失ってとまどうクラリーチェの真上から、黒い影が急降下してきた。

 落下による加速をのせた強烈な突きが、《銀の鷹アルジェント》の頭部を容赦ようしゃなく貫通する。


『う、そ……』

『クラリーチェ!』


 勇輝の叫びが夜空にこだまする。

 クラリーチェからの返事は、なかった。


『フフフフ、搭乗席は外しましたから、ちゃんと生きているはずですよ。

 死んだら人質にはなりませんからね』


 女のふくみ笑いが聞こえてきた。

 剣を引き抜いた影がゆっくりと近づいてくる。

 大火災の炎がその姿を照らし出す。


 黒い影に見えていたのは、極限まで軽量化がほどこされた漆黒しっこくの人型機兵だった。

 手には機体と同じく漆黒に塗ぬられた片手剣。

 どことなく暗殺者を思わせる姿だ。


 そしてその暗殺者の中に乗っていたのは、見覚えのある女だった。


『私は執念しゅうねん深い女なので、しっかり復讐ふくしゅうさせていただきました』


 勇輝は驚きのあまり後ろへ下がった。


『そ、そんな、お前は死んだはずじゃ!?』

『でもこうして生きているのですから、世の中はわからないものですねえ?』


 クリムゾンセラフ内部の水晶スクリーン上に姿をあらわしたのは、青く冷たい眼をした黒髪の女。

 自爆して死んだはずの黒い魔女、ベアータだった。


『あんな状況で、一体どうして!』

わせて三回も見たくせに、まだ分かりませんか?』


 ベアータが乗る漆黒の機兵は、ふたたび姿を消した。


『ど、どこへ行った!?』


 クリムゾンセラフは刀をかまえて周囲を見回す、だが見つからない。

 右にも、左にも、上にも。

 どこにもいない。


『私の特技は、瞬間移動なのですよ』

 

 正解はすぐ後ろだった。

 紅い機兵の耳元で、黒い機兵がささやく。

 背筋がこおりそうなほど恐ろしい殺意をこめて。


 首を斬られる!


 そう予感した勇輝はとっさにころがってしまおうと判断し、機体を大きく前傾ぜんけいさせる。

 その刹那せつな、背中に激痛が走った。


『あ……が……っ!』


 痛みでのどがつまって、悲鳴すらまともに出せない。

 かろうじて首をまもった代償だいしょうとして、クリムゾンセラフは右の翼を切断されてしまった。


『ぐ、うううううっ!』


 痛い。とてつもなく痛い。 

 機兵のダメージが搭乗者とうじょうしゃの感覚に還元かんげんされる。

 これは機兵と搭乗者が真に一体化しているというあかしだが、いまはとても歓迎できる話ではない。


『あら、はずしてしまいましたね。でももう逃げることは出来なくなった』

『誰が、逃げるかよっ」


 気絶しそうな痛みに耐え、勇輝は身をおこして左右の刀をかまえる。


『それは助かります、でも念のため伝えておきましょう』


 ベアータは黒光りする剣の切っ先で、倒れした二羽の《銀の鷹アルジェント》を指ししめす。


『あなたが逃亡したら、この二人にとどめを刺します。

 あなたが私に負けても、三人まとめて殺します。

 あなた方が生き残るためには、この私と決闘して勝つしかありません』


 氷のように冷たい眼をカッと見開きながらベアータは言う。

 おどしではない、本気だ。

 本気で勇輝たちを皆殺しにするつもりだ。


『なんでだ、どうしてそこまで俺たちにこだわる。

 その瞬間移動をつかえば余裕よゆうで逃げられたんじゃないのか!』


 ベアータは黒い長髪をかきわけると、眼をほそめてこう言った。


『今後どうなるかを予想したのですよ。

 聖都を失った権力者たちは、おのれの権力を維持するための汚い行動にうつるでしょう。

 それはつまり、あなたを正式に聖女としてまつり上げ、支配の象徴しょうちょうにするということです。

 それは我々にとって少々都合が悪い』


 敵の言葉ながら、確かにありえそうな話ではあった。

 絶望に打ちひしがれた人々をはげますためには、なにか明確な希望の象徴しょうちょうが必要だ。

 英雄や聖女といった分かりやすくて頼れる存在がいれば、人々は再び立ち上がれるだろう。


『だからあえて引き返し、あなたを殺す機会をうかがっていたというわけです。

 この《不滅の刃ドゥリンダナ》を用意して!』


 黒い機兵が片手剣をかまえ、クリムゾンセラフにせまる!

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