聖女×ロボット×ファンタジー！ 死にたくなければモノ作れ、ものづくり魔法が世界をすくう！

第45話 聖なる光（火薬マシマシ殺意多め辛め）

『本部、応答願います！』

　すかさずランベルトがヴァレリアに報告。

　映像を確認したヴァレリアは、沈痛（ちんつう）な顔で目を閉じた。

『これは……聖都を放棄して民衆を逃がすほか無さそうですね』

『ええっ！？』

　その速すぎる結論に勇輝はあわてて反発した。

『待って下さい、あともう少しで聖都が救えるんですよ！』

『残念ですが、あきらかに時間が足りません。

　そして現在の戦力であの大群を押し留（とど）め、時間をかせぐことも不可能と思われますね」

　二千やそこらの敵でさえも抑（おさ）えきれていないのだ、言い返す余地はない。

　ないが、それでも勇輝は食い下がった。

『もうちょっと考えましょうよ、そんなにアッサリあきらめないで！』

『ユウキさん』

　ヴァレリアの表情は、癇癪（かんしゃく）をおこした娘をなだめるかのように優しくおだやかだった。

『今ならば多くの民衆を逃がすことが出来ます。

　時間を遅らせるほどに罪もない犠牲者は増え、彼らを守る騎士たちも次々と死んでいくでしょう。

　決断を遅らせるほど被害は増すばかりですよ、それともあの大群を抑（おさ）える妙案（みょうあん）がありますか』

　聞き分けのない子をさとすようなその丁寧（ていねい）な口調に、返す言葉も思いつかなかった。

　何もないのか、手段は。

『何度目だ、いつもいつもこんなんばっかり……！』

　つぶやきながら意味もなく周囲を見回して、勇輝は考える。

　聖都に来てからこんな無理難題（むりなんだい）にばかり直面している。

　解決できたこともあった。できないこともあった。

　今回は？

　今回は無理な方なのか……？

　目の前に広がるのは地獄のような光景。

　天は暗闇。

　地は火炎地獄。

　その狭間（はざま）にはそびえ立つ魔王と、空を飛ぶ悪魔の群れ。

　目を閉じ耳を澄（す）ましてみても、聞こえてくるのは魔王の大きな泣き声と悪魔の奇声。

　あとはせいぜい建物が崩落（ほうらく）する音くらいだ。

『……音？』

　勇輝の意識を反映（はんえい）して、クリムゾンセラフが額（ひたい）に手のひらを当てた。

『あいつらは魔王の泣き声に呼び寄せられているんだよな、ってことは……』

　勇輝の瞳に、輝きが戻った。

『いけるかも知れない、今ならまだ！』

　クリムゾンセラフは巨大バエの大群にむかって颯爽（さっそう）と翼を羽ばたかせた。

『ヴァレリア様、少しだけ時間を下さい、俺が時間をかせいでみせます！』

　なんの説明もなしに突き進むクリムゾンセラフの前を、クラリーチェがさえぎる。

『たった三機であの大群になにが出来るというの！』

『人数は問題じゃない、大事なのは手段なんだ！』

　言いながらクリムゾンセラフは《銀の鷹（アルジェント）》の下をくぐり抜け、左前方に進路を曲げる。

　そのまま加速して直進、直進、直進……。

　ついには聖都から出てしまう。

　聖都を右後方に、巨大バエの大群を右前方に見る位置だった。　

『よっしゃ、やっぱりこの位置だった、ついているぜ！』

　嬉しそうな大声を出しながら、クリムゾンセラフが大地に降り立つ。

　着陸したのは小高い丘の上だ。

　ここは勇輝がこの世界にやってきたあの日に、狼の怪物におそわれた場所だった。

『二人とも、危険だから離れていてくれ！』

　二羽の《銀の鷹（アルジェント）》を離れさせてから、紅の天使は鋼鉄の両手を丘に突き刺した。

『いったい何をするつもりなの』

『シッ、静かに』

　なんの説明も受けていない兄と妹は、ただ言われるままに距離をおいて見守るばかりだ。

『頼むぜ大地よ、俺に力を貸してくれ……！』

　天使の手から発せられた閃光が、大地に染（し）み渡（わた）っていく。

　光は急速な勢いで丘の上に広がり、あっという間に全体にいきわたった。

『いっけええええ！』

　勇輝の叫びが夜空にこだまする。

　その瞬間、クリムゾンセラフを中心とした一帯に小さな地震が発生した。

　光に包まれた丘が激しい地響きを轟（とどろ）かせながら急速に盛り上がっていく。

　自然現象ではありえないような鋭い角度だ。

『ウオオリャアアアアッ！』

　紅い天使が発する気合の大声がおさまった時、小高い丘だった場所は極端（きょくたん）に細長い山となっていた。

『ハア、ハア、次は……』

　さすがに息切れを起こしながら、勇輝が最後の細工をほどこす。

　細長い山のあちこちから小さな光が噴き出すと、そこに無数の小さな穴が開いた。

　そしてその穴々から、魔王の声と瓜二（うりふた）つの悲しそうな泣き声があふれ出してくる。

――アアアアアアアア……。ウワアアアアア……。

『これで、よし……』

　フラフラと頼（たよ）りない動きで、クリムゾンセラフは山の頂上から飛び立った。

　暗闇のかなたからブブブブ……、という無数の羽音が接近して来ている。

　巨大バエの大群がこちらの泣き声に反応して進路を曲げてきたのだ。

　――ブブブブブブブブ……！

　――ブブブブブヴァヴァヴァヴァヴァブオオオオオオン……！

　一匹ならどうということもない羽音（はおと）だっただろう。

　だが数千倍ともなるとその音だけで十分な圧力、恐怖の対象だった。

　もはや形ある物体にも感じられる超密度の音の壁は、勇輝が作った異形の山を取り囲み、魔境ともいえる空間と化した。

　もしなにもせずにボーっと待っていたとしたら、この数の暴力が聖都を直撃して人間を殺していたのだ……！

『やった、ぜ……』

『危ない！』

　突然クリムゾンセラフの翼が力を失って急降下した。

　地面に向かってまっすぐ落ちていく機体を、間一髪のところでランベルトが拾い上げる。

『意識をしっかり持って、私の声が聞こえますか！？』

『ハア、ハア、聞こえている、よ……』

　いつの間にか勇輝の全身がぐっしょりと冷や汗でぬれていた。

　極度（きょくど）の疲労のせいで、いつまでたっても呼吸が荒いままだ。

『へへ、スピーカー作戦、せい、こう……』

『無理にしゃべらないで、あなたは力の使いすぎで意識を失いかけたんですよ！』

　心配そうにわめくランベルトのかたわらで、クラリーチェが驚きの声をあげた。

『すごい、蠅（ハエ）の群れが、みんなあの山に集まっているわ！』

　クラリーチェの言葉通り、数千匹もの巨大バエがあの尖（とが）った山に吸い寄せられていた。

　それでもなお山は大きな泣き声を上げ続け、近くにいた他の悪魔まで呼び寄せている。

『……あれは、魔王の声を録音して再生する、レコーダー兼スピーカーなんだ。

　本体よりも近い場所で同じ大声を聞けば、そっちに向かって来るはずだろ？

　だから……』

『分かりました、もう十分に分かりましたから、それ以上しゃべらないで！』

『まだ、だよ』

　ひどく弱々しい声を出しながら、クリムゾンセラフは右手をグッと握る。

　瞬間、悪魔を吸いよせた山が、まばゆい光をはなち大爆発した。

　ッゴオオオオオオオオオオオオン……！！！

『キャーッ！』

『うおおおっ！？』

　爆風にあおられて二羽の鷹（たか）から悲鳴があがる。

　先日一つ目の巨人（サイクロプス）を殴り斃（たお）した時の、聖女の光だった。

　山に群がっていたハエの大群は閃光に引き裂かれ粉々に消し飛び、悪魔が滅びた時に出す黒い霧を盛大にぶちまけた。

『へへへ……、山の内側には、ちゃんと爆弾を仕掛けておいたんだ。特盛で』

『先に言いなさいよそういうことは！』

　クラリーチェに本気で怒られてしまった。

　ともあれ目の前の危機は回避できたようだ。

　消耗（しょうもう）し空を飛ぶ力も失ったクリムゾンセラフは、仲間に抱えられて聖都の内部へと引き返していく