第47話 火花散る心と心

 クリムゾンセラフは二本の刀を交差クロスさせて、どうにかその一撃を受け止めた。


 ギリッ、ギリッ、ギギギ……!


 おたがいの刃がきしむ。

 機兵のスクリーンを通して、紅い眼の少女と青い眼の女はにらみ合った。


『お前はそんなに人間が嫌いか!

 こんなに死なせてまだ足りねえってのか!』

『命の数など問題ではありません、けがれはすべて洗い流さなくてはいけないのです!』

『テメエだってたいして奇麗な人間じゃねえだろうが!』


 ギャリッ!


 左右の刀で力まかせに押し返して、勇輝は怒鳴った。


『お前らの正義は誰も幸せにしない!

 お前の仲間は全員自殺したぞ。全員だぞ!

 味方まで死なせるようなイカレ野郎どもがなに言ってやがる!

 死体の山の上でテメエ一人勝ち誇ほこって、それが一体何になる!』

『それは子供の理屈です。

 犠牲ぎせいのない戦いなどありえませんし、戦いのない勝利もまたありえない。

 そもそも彼らは殉教者じゅんきょうしゃです。

 魂は天にされ、至上の幸福に満たされるのですよ』

『それを偽善ぎぜんっていうんだよッ!』


 クリムゾンセラフの刀が敵に突き出される。

 だがベアータの機兵はまたも姿を消し、今度は真横にあらわれた。


『あなたは女狐めぎつねたちに洗脳されているだけです。

 もっと世界の有様ありさまを知れば、私たちの正しさも分かろうというもの!』


《ドゥリンダナ》が剣を上段にかまえる。

 勇輝はとっさに刀で頭部をガード。

 しかし剣はフェイントだった。

 鋭い回し蹴りがガラ空きの胴体を直撃する。


『グエッ!』


 勇輝は吐き気にたえながら後退する。

 先ほど、生身での戦いは完敗だった。

 クリムゾンセラフに乗っていても防戦一方。

 実力差はあきらかだ。

 気合でどうこうできるレベルじゃない。


『一部の者が大金持ちであり続けるために、それ以外の者が犠牲ぎせいになるこの世の中をどう思います?』


 ベアータは見下した表情で勇輝に問いかける。


『弱者の罪は微罪びざいでも容赦ようしゃなくさばくのに、権力者の大罪は裁かれないのはどう思います?』


 反論しがたい言葉を次々と突きつけてくる。


『身分、家柄、性別、外見、年齢、財産、経歴、実績と。

 はてしなく比較ひかくをくり返しつづけ、劣等感と優越感の狭間はざまで生きねばならない世の中をどう思います?

《人間はみな平等だ》などと言っておきながら、生まれた環境によって一生埋まらない差がついてしまっている現実をどう思います? 

 こんなくさった世の中は一度完全に壊してしまうべきだと、そうは思いませんか?』

『……だからって顔も名前も知らない人を殺す理由にはならない』


 よろめきながら、それでも紅の天使は戦うことをあきらめない。


『人というものはどんな人物でも多少の罪悪を負っているもの。

 世界を完全に白く美しくする途中でその命が失われたとしても、それは因果応報いんがおうほうというもの!』


《ドゥリンダナ》は十分な助走をつけて斬撃を見舞ってきた。


 バキィン!


 強烈な一撃だった。

 片方の刀が、音を立てて根元からおれてしまう。


『そんな勝手な理屈!』


 勇輝はおれたほうの刀をつかごと投げつけたが、それは瞬間移動で回避される。

 直後、《ドゥリンダナ》が至近距離に出現した。


『世の中すべてに立ち向かうためには、大いなる決断が必要不可欠なのです!』


 地面すれすれから伸び上がってくる下段からの一撃が、天使の左手首を切り飛ばした。


『ウワアアアア!』


 悲鳴を上げて飛びのく勇輝。

 だが片方の翼を消失していたためバランスをくずし、無様に地面へ墜落ついらくしてしまう。


 ドズウウウン……!


『見苦しい、技も思想も半人前。

 聖女などとおだてられていても、しょせんは小娘ね』


 見下しながら歩み寄ってくるベアータ。

 絶体絶命の危機にありながら、勇輝の紅い瞳はまだ輝きを失っていなかった。


『それでも俺は、お前から目をそらしちゃいないぞ』

『……なんです、それは?』


 言葉の意味が分からず問い返すベアータを、勇輝は真っ直ぐに見つめる。


『《誰に対してもまっすぐ顔向けできるように、正直に生きれ》。

 俺のばあちゃんの口癖くちぐせだ』

『ハア?』

『お前は、世の中すべてから目めぇそらして生きてんだ。

 だからそんなイカれた思い込みに染そまっちまってんだ』

『どうせなら、もっとましなことを言ってごらんなさい!』


 次々とくり出される連撃を、勇輝はかろうじて受けつづけた。

 両者の武器がぶつかり合い、激しい火花が散る。


『本当にこの世は下らない人間ばかりか!』


 飛び散る火花と同じくらいの激しさで、勇輝は叫ぶ。


『どうせ壊したあとでどんな国にするかなんて考えてねえんだろ!

 壊しただけじゃ何も変わらねえ!

 新しい勝ち組と負け組が出来るだけだ!」

『聞いたふうなことを』


 勇輝が語っているのは地球での話である。

 第二次世界大戦後、アフリカやアジアの植民地は次々と独立をはたし、表面的には自由と平等を手にいれた。

 だがかつての独立の英雄たちは支配者になったとたん無能と強欲をさらし、血で血を洗う内乱をくり返すようになったのである。

 21世紀になった今でもまだ、日本の戦国時代のような状況になっている国は存在している。この問題は未解決なのだ。

 壊せば世の中ちょっとは良くなる。という考え方はとんでもなく甘い大間違いなのはハッキリしている。


 こういう言いかたをすると不快に思われるかもしれないが、ネット空間にはこういった関係のとても面白い動画がたくさんある。

 無料で見れるものばかりなので、勇輝もいくつか見たことがあった。


『お前は本気で世の中と向きあってねえんだ。

 考えるのがイヤになったから逃げたんだ。

 だから全部ぶっ壊せなんて雑な考えになるんだよ!』

『黙りなさい!』


 勇輝の言葉に思うところがあったのか、顔色をかえてむきになるベアータ。

 彼女の攻めが単調になった一瞬のスキをついて、クリムゾンセラフはドゥリンダナの右腕に斬りつけた。


『アアッ!』


 悲鳴を上げるベアータに、続けて横なぎの斬撃を見舞った。

 しかしそれは瞬間移動で回避されてしまう。


 だが初めてベアータに一撃入れる事ができた。

 しかも傷つけたのは利き腕だ。

 少しだけ、勝機が見えてきたように思えた。

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