第41話 誰《た》が為《ため》に魔王は泣く

「う、ウソだろ、自爆……なんて……」


 二人のおかげで無傷でいられた勇輝は、眼前に広がる惨状さんじょうを見て愕然がくぜんとなった。

 かける言葉も思いつかないのかランベルトたちはなにも語らず、せきこむヴァレリアの介抱かいほうをおこなっている。


「う、うわああああ!」


 屋外から騎士の叫びが聞こえてきた。


「今度は何だよ!」


 爆風のせいで破壊されてしまった窓辺からのぞくと、ロープでしばられた男たちがぐったりと倒れて動かなくなっていた。


「こいつら自決したぞ、奥歯に毒を仕込んでいたんだ!」

「なんだと!」


 地上は騒然そうぜんとなっていた。

 十人以上いた殺し屋たちが、全員自殺したというのだ。


「いやああああっ!」


 すぐ後ろで悲鳴を聞いて勇輝はふり返る。

 部屋のすみでへたり込んでいたジゼルが、突然われを忘れて叫びだしたのだ。


「もういや、もういや、旦那さまー!」


 ジゼルは泣き叫びながら部屋を飛び出した。


「おっ、おい、うかつに動くと危ないぞ!」


 勇輝たちは彼女を追って走った。

 ジゼルは迷う事なく上の階へと走り続けている、どこか目的地があって走っている様子だ。

 そして彼女はこれまで見た中で一番豪華な扉を開いて飛び込んでいく。


 ……数秒の後、扉の奥から悲痛な叫び声があがった。


「だ、旦那さまぁ!」


 勇輝たちが追いつくと、そこにはおびただしく広がる鮮血の中で倒れていたデル・ピエーロ卿と、彼にすがりついて泣くジゼルの姿が。


「どうして、どうして!」


 身体が血で汚れることも忘れて、ジゼルは泣き叫ぶ。


「悪い事をしたからですか、いあらためなかったからですか、だからこんな死にかたをしなきゃいけないんですか神さま!」


 遺体いたいに顔をうずめながら、彼女はうったえつづける。


「優しい人だったのに。

 泣き虫だった私をひろって育ててくれた人なんです。

 学校にいれてくれて、仕事もくれて、ずっとそばにいろって言ってくれた人なんです。

 それなのに、それなのに」


 ジゼルはデル・ピエーロ卿のことを呼びつづけた。

 もはや返事をすることもなくなってしまった彼に呼びかける言葉は、『猊下』でも『旦那様』でもなく。


「お父さん、お父さあん……!」


 それ以上は言葉にならず、彼女はただ泣きながら父と呼び続けていた。


「悲しい事ですね」


 いつの間に追いついていたのか、後ろに立っていたヴァレリアがつぶやいた。


「家では良き父親でも、外で良き為政者いせいしゃとは限らない。

 本当に悲しい事です」


 祈りをささげる彼女に、勇輝はどうにか怒りをおさえながら質問した。


「あのベアータたちはいったい何なんです。

 正義の味方みたいな事ばかり言ってやがりましたが、やっていることは単なる人殺しじゃありませんか!」

「……おそらくは《呪われし異端者たちアナテマ》とよばれる者たちでしょう」

「何ですかそりゃ、カルトな宗教団体ですか」

「いえ、特定の団体をさす言葉ではありません。

 教会の堕落だらく腐敗ふはいをさけび世直しをうったえる、一種の思想活動家全般をさす言葉です。

 今回のように正義を語りながら民衆まで巻き込む、武装犯罪組織となる場合もあります」

「ああ、俺の国にもそんな奴らが居たそうですよ、正義を語る人殺し集団がね!」


 どくく勇輝の横から、クラリーチェが口をはさんだ。


「あの者たちの言い分にも一理あるわ。

 汚職なんて国中どこにだってあるもの。

 法の下にいくら悪人をさばいたって次から次へと……」

「だからって、こんなやり方が認められるかよ!」


 泣き続けるジゼルの姿を見つめながら勇輝は叫んだ。

 その紅い眼に涙が浮かんでいる。


「無関係の人を巻き込んで、敵を殺して、自分も死んで、仲間まで死なせて……。

 こんなデタラメなものが正義であってたまるか! 喜ぶ神様がいてたまるか!」


 涙をこぼしながら、勇輝は天にむかって叫ぶ。


「どうしてこんな大事なことをだまっていやがった!」


 数秒の間をおいて、勇輝は腹立ちまぎれに壁をなぐりつけた。

 それ以上彼女を刺激しないように、ランベルトがそっとたずねる。


「……上は、何と言っておられるのです?」

「いびつな教義で曲がった魂は、ひどく見えにくいから分からねえんだとよ!」


 勇輝がだまると重い沈黙が室内を支配した。

 物悲しい魔王の泣き声だけが周囲にひびきわたる。


 アアアアアアアア……!!

 ウアアアアアアア……!!


 それはまるでこの部屋でおこった悲劇を悲しんでいるかのようだった。




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