第40話 閃光に消える悪女

「おのれ、女狐めぎつねの飼い犬どもが!」


 ベアータは表情を苦々しくゆがめ、窓際まどぎわに跳んだ。


「私の手にかかったほうが幸せに死ねるというのに、運の悪いお嬢さんだこと」


 彼女は捨てゼリフを残して、大胆に窓をつき破る。


 グワッシャアアアアン!


 ガラスが砕け、ベアータの周囲をキラキラといろどった。

 そのまま地上に逃れようとする彼女だったが。


「逃がさない!」


 クラリーチェのハーブスティックが、光を帯びて口からはなたれた。

 光の矢に変化した棒はベアータの心臓をわずかにはずれ、肩甲骨けんこうこつのあたりに突き刺さる。


「うぐっ!」


 ベアータは苦痛にうめきながらも何とか姿勢を崩さず、うまく地上へ降り立つ。


「逃がしちゃダメだ、そいつらおかしなことをたくらんでいやがる!」


 左腕の傷口を押さえながら叫ぶ勇輝に、大人の声が返ってきた。


「心配いりませんよ。あの者はもう逃げられません」


 捕まっていたはずのヴァレリアが、壊れた入り口の前に立っていた。


「ヴァレリア様、無事だったんですね!」

「ええ、皆さんのおかげで」


 ヴァレリアはしずしずとに歩み寄ると、勇輝の傷口にれた。


「あっ、手が汚れちゃいますよ!」

「まだ痛みますか?」

「はっ?」


 ヴァレリアは自分のハンカチで手をふきながら、再度たずねてきた。


「傷の具合はいかがです?」


 おどろいたことに出血は止まり、傷口は消滅していた。

 傷がふさがったのではない、まったく傷一つない元通りの左腕に戻っていたのだ。

 もしかして回復魔法? 

 そういえばこの女性は高位僧侶だった。


「えっ……、えっと、ど、どうも……」

「どういたしまして」


 たどたどしい礼をのべる勇輝に向かって、ヴァレリアは相変わらず微笑んでいた。

 なんという神業。

 すさまじかった激痛もすっかりおさまっていた。


「ユウキさん、ご無事で何よりです!」


 ランベルトが詰め寄ってくる。


「あ、う、うん、ランベルトたちも無事でよかった」

「もう大丈夫です、この私が来たからには何人たりともあなたに危害は加えさせませんからどうぞご安心を!

 この身に変えてもあなたを守って、痛っ!?」


 後頭部にゴツーン! とハーブスティックが直撃して、彼はうめいた。


「戦場で気を抜かないように」


 嫉妬しっと丸出しで彼をにらんでいるクラリーチェに向かって、勇輝は口をはさんだ。


「それ武器だったんだ」

「ええ、飛び道具であり、また気分を落ち着かせるハーブでもあります」


 ぜんぜん落ち着いてねえじゃんよ、という突っ込みを勇輝は飲み込んだ。

 下手なことを言うと自分にも飛ばしてきそうなほど、彼女は怖い顔をしていた。


「そ、そうだベアータは?」


 勇輝が身を起こして窓辺にむかうと、彼女は数十人の騎士に取り囲まれていた。

 さらにその奥には大きな守護機兵の姿が。


『逃がしゃしねえぜ、殺し屋のお姉ちゃんよ!』


 半人半馬の《ケンタウロス》騎士が、前脚を振り上げて威嚇いかくしていた。

 その野太い男の声には聞き覚えがある。


「あの声……たしか、えっと……」


 勇輝がこの世界に来てすぐの時、巨狼の群れから助けてくれた部隊の隊長。


「リ、リ、リ……リヒャルト・ワーグナー!」

『リカルド・マ―ディアーだ!

 てめえ命の恩人の名前、三日で忘れんじゃねえよ!』

「あんたが援軍だったのか、サンキュー!」

『ったく……』


 不満そうに喉を鳴らしながら、リカルドは片手を振った。

 それを合図に数十人の騎士たちがベアータに向かって身構える。

 さすがの女傑じょけつにも突破は不可能な布陣だ。


『お仲間もみんな俺たちでとっ捕まえてやったぜ。観念しな』


 リカルドの機兵がしめしたそこには、いつの間に捕らえていたのかロープでグルグル巻きにされた男たちが転がっている。


「…………くっ」


 彼女が短くうなったきり立ち尽くしていると、ヴァレリアが窓辺に立って語りかけた。


「ここは投降なさったほうがあなた方のためでしょう。

 捕虜ほりょとなった者たちもまだ生きています。

 神よりあたえられた大切な命を、粗末そまつにしてはいけません」


 温情ある言葉をかけられても、ベアータは鼻で笑った。


「腹黒い偽善者ぎぜんしゃが、よくそんな奇麗事きれいごとを言えるものですわね」

「貴様っ、猊下げいか侮辱ぶじょくする気か!」


 興奮するランベルトをおさえて、ヴァレリアは語り続ける。


「貴女にも愛する家族がいるでしょう。

 大切な友人たちがいるでしょう。

 罪を重ねてその方々を悲しませてはなりません。

 悔い改めるなら、神は全てをお許しくださいます」


 その言葉が琴線きんせんに触れたのか、ベアータは声を出して笑い出した。


「フフフフフ、まだそんなセリフを吐くのですか。

 死ねば《真実の目》にかけられぬからそのようなことを言うのでしょう。

 首謀者しゅぼうしゃの私にここで死なれては、何かと不都合ですものね!?」

「……あらあら」


 反論しないヴァレリアをみて、勇輝は目をむいた。


(そこ否定しねえのかよ!?

 けっこういい性格してんなこの人!?)


 赤目の小娘が豆鉄砲くらったような顔をしている横で、大人の女枢機卿すうききょうは静かに微笑んでいる。

 ベアータはどこか納得したような顔で見上げていた。


「全くあなたの態度は見事ですわ。

 あのデル・ピエーロ卿よりはるかに上等で一貫している。

 あなたがもっと欲を表に出す方ならば、私たちはあなたにこそ取り入る道を選びましたのに。

 とても残念です」


 そう言うとベアータは十字架の錐刀スティレットさやにおさめ、中央の宝石を騎士たちに向ける。

 そしてその姿を見つめる全ての者に向けて、彼女は不気味な宣言をした。


「残念ながら、あなた方は私たちの計画をまるで防げていません。

 ことは全て成っています。

 私たちがこの聖都を脱出できるかどうかなど、初めから大した問題ではないのですよ!」


 ベアータは胸を張って夜空を見上げた。

 その視線の先には彼女たちが生み出した、巨大な魔王の姿がある。

 ただただ巨大としか言いようのない魔王は、相変わらず泣き叫んでいた。


「正義は成れり、世に再び光はあふれ、我らは神の膝元ひざもとで永遠の安らぎを。

 滅びよ、汚れに満ちた背徳の都よ!」


 彼女は自分の十字架にむかって強力な魔力を送り出した。

 その行動を見てなにかをさっしたのか、リカルドが血相けっそうをかえて部下に怒鳴る。


「総員退避! 自爆する気だ、下がれ!」


 その命令に騎士たちは大騒ぎとなり、背を向けて走り出した。


「え、自爆って、え?」

「ボサっとしないで!」


 リカルドの言葉を聞いてもピンとこなかった勇輝は、ヴァレリアもろともクラリーチェに押し倒される。

 ランベルトがさらにその上から乗って、主君の盾となる。


 次の瞬間、黒髪の殺人者は閃光につつまれて、あらゆるものと共に砕け散った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る