第39話 戦慄のベアータ

「まさか、さっきの殺し屋どもがヴァレリア様を!」


 ドカッ!


 勇輝は壁を蹴ってその場に梯子はしごを作ることにした。


 メキメキメキメキ……!


 足元から天井にむかって、即席のはしごが出来あがっていく。

 このほうが階段を探すよりはるかに早い。


 バカッ!


 天井に穴をあけて上階にあがる。

 廊下ろうかの先に高級そうな扉があった。

 中から女のさわぐ声と大きな物音が聞こえる。

 急がねば。

 勇輝は全力で駆け寄った。


「待ってろ、今すぐ……ギャッ!」


 ドアに触れた瞬間、強烈なショックが全身をつらぬいた。

 あわてて手をはなすと、ドアノブの周辺に青白く光る魔方円のような物が浮かび上がってきたではないか。

 魔法円はバチバチッと火花を散らせていた。


「なんだこれ、電撃魔法か!?」


 この中に強い力を持った魔法使いがいる。

 勇輝の身に緊張が走った。




「誰かが罠にかかったようね」


 そのおろか者が痛がる姿を思いうかべて、ベアータは愉快ゆかいそうにほほえんだ。


「さあ、今度はあなたの番よジゼル。あなたの大好きな旦那様とおなじ方法で殺してあげる」


 血塗ちぬられた錐刀スティレットをむけられて、ジゼルは後退あとずさりしながら声をあらげた。


「う、うそだもん。旦那さまは死んでなんかいないもん!」

「嘘かどうかすぐにわかるわ。ええ、すぐに」

「お、おかしいよ、あなた変よ!」


 ベアータの顔から、表情が消えた。


「変に見えるのは、あなたが何も知らない盲目もうもくの羊だからよ。

 頭の中がお花畑のあなたには、この世界がどれほどゆがみ、汚れているか分からないでしょう」

「え……?」

「口では奇麗な言葉をならべながら、腹の底では争うことばかり。

 だましあい、うばいあい、殺しあい……!

 こんな世の中、一度ほろびてしまえばいい!」

「な、なに言ってるの」


 壁際でふるえるジゼルにむかって、ベアータは凶器をかまえた。


「地獄でゆっくり見ているといいわ。

 我々が世界を救済きゅうさいするところをね!」

「やめろ!」


 勇輝がドアを蹴り倒して飛び込んできた。

 左右の手に強化した剣と盾をかまえ、鋭い目つきでにらむ。

 ベアータは少し不思議そうにたずねた。


「あら、その扉は電撃魔法でふうじてあったのですけれど?」

「ドアノブ限定だろ。

 だから壁のほうをガバガバに変形させて、フレームごと蹴り倒したんだ」

「まあ野蛮なこと」

「うるせえっ!」

 

 勇輝は上段に振りかぶり、一気に振り下ろす。

 力まかせな一撃をベアータは軽々とかわした。


「お粗末そまつね、生身の闘いはお苦手?」

「だからうるせえって……うおっ!?」


 また空振りさせられたすきにベアータは腕をつかみ、足を引っかけて勇輝を投げ転がした。


「ちょうど良い機会ですから、あなたも一緒に殺してあげます!」

「ざっけんな!」


 体重の乗った突きを、勇輝は盾で受け止めた。

 だがベアータの魔力をこめた鋭い刺突は鉄でコーティングされた盾をも突き破り、勇輝の左腕を貫通する。

 腕の外側から侵入した錐刀スティレットは、肉をえぐり、骨を削り、鮮血とともに内側から突き出した。


ッ……!

 ウワアアアアア!」


 想像をはるかにこえる激痛に、勇輝は理性が飛んでしまった。

 思いもよらぬほど大きな悲鳴がのどからあふれる。

 武器を奪う余裕もないほど、心がかき乱されてしまう。


「痛いでしょお嬢さん!

 こんなにつらい思いをするの、生まれて初めてなんでしょ!」


 ベアータは貫いた盾ごと勇輝を踏みつけ、錐刀スティレットを抜いた。


「ウウゥッ!」


 抜くときもまた深刻な激痛。

 勇輝はあお向けに倒れる。


「さあ地獄に落ちなさい、聖女の名を汚すいつわりの魔女よ!」


 体勢を立て直す間もなくベアータの追撃がせまる。

 勇輝はこれでは駄目ダメだと思いつつも、盾で自分の身をかばうことしかできなかった。


 だめだ、殺される!

 そう思った時だった。


「……クッ!?」


 ヒュン!!


 するどい音を立てて何かが、ベアータの眼前を高速で横切った。

 横切った謎の物体はそのまま奥の壁に突き刺さる。

 それは見覚えのあるハーブスティックだった。


「間に合いましたか」

「クラリーチェ!?」


 新しい棒をくわえながら立っていたのはベルモンド家の女騎士、クラリーチェだ。

 さらにその横から、ランベルトが風のような速さでベアータにせまる。


「邪教のやからめ、正義の剣をうけてみよ!」


 閃光のような斬撃を、ベアータはかろうじて受け流した。

 だがランベルトは立て続けに下から上へ、右から左へと斬撃を見舞う。

 長剣を小枝のように軽々と振り回す彼の技量に、小さな武器しか持っていないベアータはたちまち劣勢になった。


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