第38話 ものづくり魔法、実践編

 となりの部屋は看守かんしゅ休憩きゅうけい室だった。

 壁紙もカーペットもない簡素な石作りの部屋に、木製のイスとテーブル、戸棚とだななどがおかれている。


「さて、どうすっかなあ」


 のんびりしているヒマはない、すぐに殺し屋どもが押し寄せてくるだろう。

 壁抜けをつづけて鬼ごっこをしてもいいが、武器も何もなしではちょっと心許こころもとない。

 勇輝は、んー、と鼻を鳴らしながらテーブルに手をつき、そして良いアイディアをひらめいた。


「そうか、俺にはこの手があるんだ!」


 まんまと脱獄だつごくを許してしまった男たちは、大いそぎで勇輝が逃げ込んだ部屋の前までたどり着いた。

 中から物音がする、まだ中にいるようだ。


「よし奇襲には気をつけろ、突入するぞ」


 先頭の男は仲間たちとアイコンタクトをかわしてしてからドアノブに手をかける。

 室内の気配に変化はない、男は勢いよくドアを開いた。

 奇襲を警戒して一瞬だけ間をおき、そして突入。


 そこでは、驚きの光景が広がっていた。

 イスやテーブルがまるで生き物のようにうごめき、少女の身体にからみ付いていく。

 そして次の瞬間には木の盾、木の剣、木の鎧へと変化して少女を武装した。

 男たちがその異様な光景にぼう然となっているすきに、むこうの方から仕掛けてくる。


「うりゃあっ!」


 勇輝は木製の剣を振ると、その切っ先で先頭の男がかまえていた十字架の錐刀スティレットを叩く。


「あっ!」


 叩かれた男は叫んだ。

 大切な十字架はまるで磁石じしゃくのように木剣に吸い付き、手から奪われてしまったのだ。


「そらっ!」


 続けて勇輝は左手の盾を別の男の錐刀スティレットに押しつける。

 やはり盾は男の武器をとらえて離さず、あっさり奪い取ってしまった。


「へっへー、いっただきー♪」 


 無邪気に喜ぶ紅瞳の少女、思わぬ事態にうろたえる男たち。


「とろけて包め!」


 勇輝が叫ぶと、男たちに三度目の驚愕が襲い掛かった。

 貼り付いていた武器が突然ドロドロに溶けて彼女の武具に広がっていく。

 液体金属はそのまま剣と盾をコーティングし、彼女の武具をより強力な装備へと変えた。


「鉄の盾と鉄の剣。

 守備力、攻撃力ともにプラス一ポイントってとこかな?」

「ふ、ふざけるなよ魔女め!」


 前にいた男たちを押しのけて、威勢いせいのいい奴が前にでてくる、だが。


「おっと、今度はよろいを強化してくれるのかい?」

「うっ!?」


 うれしそうにそんな言葉をかけられて、男は困り顔になった。


「あきらめて道をあけな、お前らじゃ俺の相手はつとまらない!」


 紅瞳の少女は言い放つと、武器を失った男たちに打ちかかる。

 頭はあえてさけ、彼らの肩や手首をたたく。

 仲間の悲鳴を聞いて、残りの者たちは騒然となった。


「ば、化け物だ」「おのれ魔女め!」「うわあああああ!」


 恐れて後退する者。

 反対に向かっていこうとする者。

 パニックを起こしてただ騒ぐ者。


 そんな混乱する敵群の中に、勇輝は遠慮なく突撃していく。


「オラオラオラーッ、ナメてると死ぬぜぇ!?」


 勢い付いた勇輝を止めるには、男たちの装備は貧弱すぎた。

 しょせんは暗殺用の凶器、真正面から戦うための物ではない。

 彼女は数人を打ち倒し、楽々とかこみを突破する。

 そして通路の奥に向かって走りながら、ついでに横の壁をドン、とたたいて魔力を送り、即席トラップを作った。


「ま、待て――ぐおっ!?」


 後ろから悲鳴が聞こえた。

 壁石がいきなり飛び出してきて、男の身体を直撃したのだ。


「うわはははは!

 やっべえチョー楽しい! 俺の力って無敵じゃねえ!?」


 大笑いしながら勇輝は男たちの前から走り去っていった――。




 無事に敵の魔の手から逃れた勇輝は一人、誰もいない廊下ろうかを歩いている。

 さっさとヴァレリア様を探し出さなければ。

 あとジゼルのことも心配だ。

 外の騒ぎも気になるし……。


「まったく正義の味方はいそがしいぜ」


 肩をすくめてため息をついた。

 だが愚痴ぐちばかり言ってもいられない。


「とりあえずヴァレリア様を見つけないとな、どこにいるんだろう」


 勇輝がいた牢屋ろうやはほかに囚人しゅうじんの気配がなかった。

 いったいどこに監禁されているのだろう?


「キャーッ!」


 突然女の悲鳴があがった、上の階だ。


「まさか、さっきの殺し屋どもがヴァレリア様を!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る