第37話 勇輝をねらう刺客

(すげえヤバそうな気配だ、なにが起こったんだ?)


 牢屋ろうやで大人しくしていた勇輝は、たて続けにおこった異常事態にとまどっていた。

 突然の大地震。

 異常に大きな何者かの泣き声。

 天上の天使たちもなにやら大騒ぎしているようだ。

 とんでもない大事件がおこったのは確実だった。


「そろそろ動くか、ちょいとのんびりし過ぎちまったかもな」


 勇輝は壁に手をついて意識を集中しはじめた。

 この壁の一部をこわして脱出する、抜けたあとでなおしてしまえば難解な脱出ミステリーの完成だ。

 今の自分になら簡単にできるという自信があった。


 だがこちらに向かってくる足音が聞こえたので、勇輝はあわてて魔法を止めた。

 男の警官が三人、迷いなくこちらに歩いてくる。

 彼らは鉄格子てつごうしの前に無言でならんだ。


「…………」


 彼らはジッと勇輝の顔をにらむ。

 何も言わずに。

 その無言の圧力に不気味な気配を感じて、勇輝は慎重に話しかけた。


「どうかしたんですか、ここは何ともないっすよ。牢屋ろうやだけあって頑丈がんじょうですね」

「…………」


 男たちは返事をしない。

 彼らはそろって左手に大きな十字架をにぎりしめていた。


「さっきから聞こえる泣き声はなんですか」

「…………」


 質問の答えはなく、そのかわり男の一人がふところから鍵をとり出して鉄格子てつごうしの鍵を開けた。


 ガシャン!

 キイィィ……。


「……もしかして出してくれんの?」


 冗談半分の言葉にも耳をかさず、彼らは鉄格子の中に一人ずつ入ってくる。


「………………」


 身の危険を感じて、勇輝は壁際に後ずさりする。

 男たちは握りしめていた十字架の一番長い部分を引き抜いた。

 その内側が刃物のように鋭く光っているのを見た瞬間に、勇輝は決断し叫んだ。


拘束ホールドッ!」

「ギ、ギャアッ」「なんだこれは!」「おっおのれーっ!」


 勇輝の命令を合図に、なんと鉄格子が襲いかかってきたのだった。

 鉄格子は数匹の蛇のように細長くほぐれ、あっという間にグルグルと巻きついて男たちの身体を縛りつけた。


「フン、そなえあればうれいなしってやつだ」


 勝ち誇る勇輝。

 こんなこともあろうかと仕掛けておいたトラップが役に立った。


「おいお前ら、地震のドサクサにまぎれて俺を殺すつもりだったな。

 あのデブ親父の命令か」


 男たちは答えない。

 勇輝は男たちが持っていた十字架の錐刀スティレットを拾いあげて鼻先に突きつける。


「こんな物騒なもの持ち出しやがって、人の命をなんだと思ってんだ」

「黙れっ!」

「あ?」

偽善ぎぜんをぬかすな、人心をまどわせ堕落だらくさせる魔女め!」


 一番若そうな男が、目を血走らせながら汚い罵声ばせいをあびせてくる。


「お前は我らの崇高すうこうな理想を妨害する魔女だ。

 お前は貴族の飼い犬と同じだ。

 弱者を食い物にしてえ太っている豚どもの手下だ!」

「ンだとテメエ!

 ブタの手下はテメエらだろうが、あのくそ親父のよ!」

「違うッ!」


 男は顔を紅潮こうちょうさせ、拘束されたまま胸をはった。


「我々はッ、崇高すうこうなる神の兵士であるッ!」

「なん……だと……?」


 勇輝は生まれて初めて本物の狂人に出会った。

 さらに男は何を考えたか、拘束された状況にもかかわらず演説えんぜつをはじめてしまう。


 想像してみて欲しい。


 鉄製のヘビにグルグル巻きにされている警察官が、そのままの姿勢でアブない集団の街頭がいとう演説えんぜつみたいなことを叫んでいるのだ。


 ……ヘンな人である。どう見ても。


「一部の特権階級のみが暖衣飽食だんいほうしょくをむさぼるこのくさった社会を、我々は一掃いっそうするのだ!

 貴様ら金持ちが格式だ様式美だとほざいては民の血税をドブに捨てているかげで、我々は一杯の麦粥むぎがゆをすするのにさえ苦労をしている!

 貴様らが無駄に金をかけた豪華な屋敷でたかいびきをかいている頃、我々は廃墟や下水道の中で寒さにこごえ、死ぬ思いでいるのだ!

 そんな貴様らの、えも寒さも知らぬものの奇麗事きれいごとなど聞く価値もないッ、偽善と言わずして何というのか!

 これを滅ぼすことこそ正義である、我らの行いこそ主の御心みこころにかなうものであるッ!」


 この自己陶酔じことうすいした長ゼリフについていけないものを感じつつも、勇輝は少し反論する。


「いや、俺はむしろビンボー人なんだが。今はヴァレリア様のところにいるけど……」

「ならば我々の言葉が分かるはずだ! 正義がどちらの側にあるか!」

「ええ……?」


 ふと貧民窟ひんみんくつに行ってしまった時のことを思い出した。

 つねに生きるか死ぬかの瀬戸際せとぎわに立たされている側の、怖いほどの必死さが脳裏をよぎる。


(こいつらも、ああいう連中の仲間なのか?)


 もう少し話を聞いてみたい気もしたが、状況がそれを許してくれない。


「おいなんだ今の大声は、返事をしろ!」


 廊下ろうかの奥から数人が駆けつけてくる気配。


「他にも仲間がいたのか」


 勇輝はためらいなく逃走を始めた。

 ただし男たちの思いもよらぬ手段で。

 鉄格子に拘束されていた男たちは、あっと驚いた。


 勇輝が牢内の壁に両手をつくと、壁は光で包まれて一瞬のうちにガバッ! と大穴が開く。

 となりの部屋にうつってその穴をふさいでいる時に、例の若者がまだ勇輝に罵声をあびせた。


「魔女め!」

「フッ」


 勇輝は鼻で笑いながら穴をふさいだ。

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