第42話 魔王を救え?

「あの巨大な化け物が何なのか、分かりませんか」


 クラリーチェの問いに、勇輝は上を向きながら答えた。


「……あれは魔王ディアボロスという名だって言っている。


 この聖都が出来てから千年間、ずっと溜めこまれた悲しみや苦しみの集合体だって」


 言いたいことを言って少しは気がまぎれたのか、勇輝の声は多少冷静さを取り戻していた。

 彼女の説明を受けて、誰に言うともなくヴァレリアがぽつりとつぶやく。


「山のように巨大で大きな声を出す魔王ですか。

 まあまあ、聖エウフェーミアの――紅瞳の聖女の伝説に出てくる魔王に、よく似ていますね」


 ごく自然と一人の少女に視線が集まっていた。

 紅い眼を持ち、聖女のクローンを自称する天才少女に。


「あー、つまり皆はこう言いたいわけだ。

 俺はあの魔王ディアボロスを倒すためにこの世に送られてきたのではないかと。

 ……あん? なんだって?」


 勇輝はだれも何も言っていないのに天井を見ながら聞き直した。

 さすがに慣れてきたので誰もその態度を奇妙だと思わない。


 ……が。


「……はあ!?」


 彼女が目をむいて驚いているのを見て、さすがに全員が不安そうな顔になった。


「みんな、天使たちがなんか変なこと言ってる!」


 皆はその言葉に耳をかたむける。


「俺の役目はあの魔王ディアボロスを『倒す』ことじゃない、『救う』ことだって」


 誰もがその言葉に首をひねった。


「救う、ですか、悪魔ディアブルの王を」

「うん、あいつは敵じゃないって……」


 聞き返したランベルトも、答えた勇輝も、どちらもに落ちない様子だった。

 この大地震は奴が飛び出してきたから起こったものだ。

 そしてあのベアータたちがねらって呼び出したものだ。

 そんな奴が、敵ではないのだという。


猊下げいか、猊下ぁ、出てきて下さい! 緊急事態ですぜ!』


 屋外で待機していたリカルドが、深刻そうな声でヴァレリアを呼ぶ。

 何ごとかと皆が窓辺にむかうと、その上空を巨大な影が横切った。


「カラス……? いや、異様にでかいぞ、何だあれ!」

悪魔ディアブル鴉型クロウタイプ!」


 勇輝の疑問に答えたのはいったい誰の声だったか。

 そんな疑問も吹き飛ぶような異常事態が目の前に広がっていた。


 空を飛んでいるのはカラスだけではなかった。

 さまざまな怪鳥が。

 醜悪しゅうあくな昆虫が。

 牙をはやした蝙蝠コウモリが。

 羽のはえたヘビなどの異形の生物が。

 あらゆる悪魔ディアブルがあの泣き声にさそわれて、同じ方角へと飛んで行く。

 その数は一体どれほどになるのか、とても数え切れないほどの大群だった。


『ええい面倒くせえ、直接聞いてくださいよ!』


 音声切り替えでも行ったのか、リカルドの機兵から何人もの声が響いてくる。


『報告! 北門に蜥蜴型リザードタイプが接近、その数およそ百!

 至急の援軍を要請ようせいします!』


『こちら東門、第三騎士団!

 地震のせいで城壁が崩壊!

 悪魔ディアブルに侵入されました、現状の戦力で撃退するのは困難です!』


『地震による火災が広がっています、あちこちから救助要請が来ていますが、とても手が足りません!』


『中央、応答願います!

 飛行タイプの悪魔ディアブルに次々と突破されています!

 威嚇牽制いかくけんせいの効果がまったくありません!

 何匹撃墜げきついしてもお構いなしに突っ込んできます、止められません!』


 誰もが絶望的な声で叫んでいた。

 魔王の噴出によっておこった大地震は都市の機能をマヒさせ、大規模な火災を巻き起こした。

 そしてそれに呼応するかのようなタイミングで四方八方から悪魔ディアブルの大群が殺到さっとう

 ベアータたちと争っていた小一時間ほどの間に、聖都は尋常じんじょうならざる危機を迎えていたのだ。


「地の底から魔王がやってきて、悪魔を呼び寄せ街をうばう。

 昔話のとおりですね」


 スカートのすそをひるがえしてヴァレリアが歩き出した。


「軍本部に参ります。まさかこの状況で私たちを脱走犯あつかいする方もいないでしょう」


 彼女の部下たちは「了解!」と声をそろえる。

 ただ一人、紅眼の少女をのぞいて。


「待ってください、どうするつもりです」


 歩きながらヴァレリアは答える。


「民衆の避難誘導、悪魔ディアブルの撃退、いざという時の退路の確保、大急ぎで対処しなくてはならない問題が、山のようにありますね」

「それじゃダメだ」


 確信をこめて勇輝は断言した。


「そんな方法じゃこの国は滅びる。魔王あいつに引き寄せられてくる化け物の数は、まだまだこんなもんじゃないんだ!」

「……ではどういたしましょう」


 さすがのヴァレリアにも、あらあらと言ってとぼけている余裕はないようだ。

 道をふさぐ勇輝のことを能面のうめんのような表情でにらんでいる。

 勇輝はひじを上げて天を指さし、顔は真っ直ぐにヴァレリアを見つめる。


「あいつらの言葉を伝えます。

 あなたと俺が出会ったのは偶然なんかじゃないそうです。

 全部上の奴らが計画した作戦だったんだ。

 この聖都を救うためには俺とヴァレリア様が力を合わせなければいけないそうです。

 聖騎士団と聖女、両方の力が必要だと、そう言っています」

「そうでしたか。責任重大ですね」


 ヴァレリアはこれほどの緊急事態でもあわてた様子を見せない。

 つとめて冷静に事態に向きあおうとしている。

 これが政治家というものか。


「この聖都を守りたいならこれしかないと、そう言っています。

 この案を使わないのなら、今すぐ全員でこの聖都から逃げるべきだ、二つに一つだ、と」


 ヴァレリアは黙ってうなずき指先で眼鏡を直した。


「お聞かせ願いましょう」

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