第29話 悪い秘書と無能な秘書

 場をかえても紅い眼の少女を出せ、出さない、という不毛ふもうなやり取りはつづいていた。


「つまりどうあっても例の少女を紹介してはいただけないということですかな」

「むしろそこまでご執着なさるお気持ちを理解しかねます。

 あの場で何がおこったかなど、被災者の方々の証言だけでも十分なのではありませんか?」

「世間ではかの少女のうわさでもちきりなのですよ。

 聖女が降臨なされた、などと言ってね」

「まあまあ、デル・ピエーロきょうはうわさ話がお好きでしたか」

「少しばかり武功をあげたていどで聖女呼ばわりなどしておっては、かえって教会の権威をおとしめると申し上げているのだ!

 卿も教義を守る身として世情の軽率さを正そうとは思わんのか!」


 デル・ピエーロ卿は興奮のあまり呼吸を荒くして胸を押さえていた。

 苦しむ彼の背を、茶髪の秘書が心配そうにさする。

 一方黒髪の秘書は、主にかわってヴァレリアに問いかけた。


「例の少女は、この屋敷で療養りょうよう中なのでしょうか?」

「お答えできません」

「機兵があのような屋外に放置されているということは、先の事件を解決してからここへ飛んできて、そのまま動かしていないということですわね?」

「………………」

「そしてそれは『他に動かせる者がいないから』だと考えられます。

 そうでなければ秘密主義のベルモンド卿があんな目立つ場所に放置なされるわけありませんものね?」


 どこか冷たい刃物を連想させるような声色で、黒髪の女は追及ついきゅうする。


「つまり例の少女は少なくとも一度、間違いなくこの屋敷へきている。

 聖都内の病院には眼の紅い少女など入院しておりませんでしたから、まだこの屋敷にいると考えるのが自然なのですけれど?」

「あらまあ、そんな事をわざわざ調べられたのですか?」

「いえいえ」


 黒髪の女は笑う。

 冷たい笑顔だった。


「被災者の方々のお話をうかがう過程で、『偶然』わかったことですわ」


 女は細めた目で見上げるようにして、ふたたび問う。


「いらっしゃるのでしょう、ここに?」


 ヴァレリアは眼鏡を直しつつ、静かに言葉をつむぐ。


「……何度も申し上げましたとおり、お答えできません」

「貴様、いい加減に!」


 顔色を変えて立ち上がったデル・ピエーロ卿。

 敵意をむき出しにしたブルドッグのようなその顔のかたわらに、誰かの白い手があがった。


「あ、あの~お」


 ずっとデル・ピエーロ卿の横でだまっていた、茶髪ショートの女だった。

 彼女は変に間延まのびした弱々しい声で、ヴァレリアに懇願こんがんする。


「すいませ~ん、おトイレお借りしてもいいでしょうか~?」


 彼女はひざをこすりあわせてモジモジしている。

 どうやらずっと我慢していたらしい。


「ジ、ジゼル、貴様こんな時に! 我慢しろ!」


 ジゼルと呼ばれた女は、しかられても「で、でもぉ~」と涙目でうったえかけている。

 黒髪の女にチッと舌打ちされて、さらにジゼルの両目に涙がたまった。


「まあまあ良いではありませんか、クラリーチェ」


 ヴァレリアはクラリーチェを道案内&見張り役として指名した。

 当然クラリーチェに異論はない。


「ではこちらに」

「あ、ありがとうございます~」


 冷淡な態度のクラリーチェに礼を言って、ジゼルはチョコチョコと小股こまたで歩きはじめる。

 本気でつらそうな姿があわれだったので、クラリーチェは親切心から扉を開けてあげた。


「うぉわっ!」


 開けた瞬間、扉にはりついて盗み聞きしていた勇輝が室内にころがり込んできた。


「あひぃっ!?」


 内股で歩いていたジゼルが、床をころがる人間におどろいてバランスをくずす。


「うお、おっととと!」


 勇輝はささえようとしたが力不足で反対に押し倒された。

 ドタッと大きな音を立てて、二人いっしょに床に倒れこむ。

 偶然かわざとか、勇輝はジゼルのオッパイをわしづかみしていた。


「むう……、おとなしい外見に似合わぬこの豊満な感触……。

 さながら桃源郷の美田びでんに実った、二つの完熟果実……」

「いやあ~!」


 思い切り胸をもまれて、ジゼルは相手の顔面をひっぱたいた。


 バチィン!


「ぶべらっ!」


 勇輝は妙な悲鳴を上げた。


「なにするんですかあ~!

 ……あれ~?」


 とりあえずひっぱたいたジゼルはまじまじと相手の顔を見て、気のぬけた声を出す。


「あれえ、あなた」


 ジゼルは馬乗りになったまま、下敷きになっている少女に顔を近づける。


「うわさの聖女さまみたいにお目々がまっ赤ですね~」

「……そこでボケるか」


 下敷きになった女の子、勇輝は殴られた頬をひきつらせた。

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