第28話 勇輝のものづくり魔法

 それから一時間弱ほど時がすぎる。

 部屋の中は、勇輝の魔法によって別世界へと姿をかえていた。


 赤、青、黄色、緑、ピンク、そして金、銀。

 様々な色紙で作られた鳥や花、昆虫、動物などのがみが、部屋中をフワフワと飛びまわっている。

 まるでおとぎの国だ。


「素敵ですね、オリガミというものは」


 ベッド横のイスに腰かけたヴァレリアが、にこやかにそう語る。

 この部屋の不思議な状況は、勇輝の魔法をこの目で見たいという彼女の要望によるものだ。


「そうでしょ」


 楽しんでもらえて勇輝も上機嫌だ。

 勇輝は部屋に用意されていたメモ帳のページを切りはなす。


 切りはなしたその紙を指でなでると、次の瞬間には正方形をした水色の紙に変化した。


 次に勇輝はその水色の紙をパッと手ばなす。


 じゅうたんの上に落ちたそれは、まるで見えない手でりたたまれていくかのようにパタパタと動き、形を変えていく。


 やがて色紙は一輪の花となって、完成と同時にファンファーレを鳴らした。


 ジャッジャジャーン!


「どう、結構すごいでしょ」

「……は、はい、すごいですね」


 ランベルトはおのれの指先で羽ばたくピンク色のちょうをながめながら、なかば放心状態で返事をする。


「こんな一瞬で物質の再構成、遠隔操作、どんな理屈なのか音楽まで鳴る。

 とても人間業にんげんわざとは思えません」

「へへっ」


 勇輝は能天気に笑っている。

 自分の能力がいかに優れたものなのか、まだちゃんと理解できていないのかもしれない。


「クラリーチェはどう?」

「……………………」


 クラリーチェは驚きのあまり顔が青ざめていた。

 ランベルトとは反対に、目の前の異常事態に恐怖心をいだいている様子だ。

 足元をおよぐハデな色の魚たちを、むきになってかわし続けていた。


「素晴らしい、あなたはまぎれもなく天才です!」


 ランベルトにまたほめられたが、勇輝は少し表情をかたくした。


「でもね、聖女の力ってまだまだこんなモンじゃないらしいよ。

 俺の魂には制御装置がつけられているんだって」

「制御?」

「うん、正義の心を無くしたら、この力は使えなくなるって忠告されたんだ。

 ニセがねとかニセ宝石つくって大もうけするわけにはいかねーみたい。

 ま、別にいいけどね」


 勇輝が新しくちぎったメモ用紙は黄色いカニに姿を変えて、じゅうたんの上を歩きはじめる。


「こういうお遊びは、まあオマケみたいな感じかな」

「なるほど、あなたはまさに正義の使徒というわけですか!」


 ランベルトは興奮に顔を赤くし、情熱的なまなざしで勇輝を見つめて熱弁する。


「あなたのように素晴らしい方が猊下げいかの前にあらわれるなど、まさに天のみちびきでしょう!

 こうして出会えた事を、私は主に感謝します!

 あ痛っ!」


 突然彼は足に激痛をおぼえて悲鳴をあげた。

 嫉妬しっとしたクラリーチェに足をまれたのだ。


「痛いじゃないか!」


 義兄の抗議にたいして、義妹はあやまりもせずにフンと鼻をならすだけだ。


「あははは」


 そんな二人のすれ違いがおかしくて、勇輝は遠慮なく笑う。

 楽しい時は永遠に続くかと思われたが、ふいにドアがノックされて終わりを告げた。


「失礼いたします、お客様がいらしておりますが……」


 入ってきた使用人の言葉にヴァレリアは首をひねった。


「あら突然ですね、どちら様でしょう?」

「デル・ピエーロきょうがお見えです」


 その名を聞いて、ランベルトとクラリーチェが顔色を変えた。


「まあまあ連絡もなしに突然いらして、どんな御用でしょうね?」


 笑顔を少しくもらせながらヴァレリアが立ち上がる。

 和気わきあいあいとしていた場がいきなり緊張しはじめたのを感じて、勇輝はおそるおそるたずねてみた。


「そのピエーロさんて、どんな人です?」


 ランベルトが硬い表情で答えた。


「法務省長官ジョバンニ・アンドレア・デル・ピエーロ枢機卿すうききょう

 簡単にいってしまうと、警察と裁判所のトップですよ」


 その緊張した雰囲気ふんいきからさっするに、どうも歓迎できない客が来たようだ。




 部屋から出ないほうがいいと忠告されたが、それにしたがうほど勇輝は聞き分けのいい子ではない。

 足音を殺しながらゴキブリのような素早さでシャカシャカと廊下ろうかを走りぬけ、匍匐ほふく前進で踊り場の手すりまで進む。


 そこからホールを見おろすと、たてよこあつさの全てがでかい肥満体ひまんたいの老人が大声で笑っていた。

 老人は二人の女性を後ろに立たせている。


 女性は二人とも年齢二十歳くらい。

 茶色い髪のショートヘアーと、黒髪のロングストレートだ。

 二人はおそろいのスーツにタイトスカートという服装。

 デブ親父の秘書だろうか。


「いやあ、いつみてもお美しいですなあベルモンドきょう

 とても私と同年とは思えません!」

「まあいつもお上手ですこと」


 おえらいさん同士の会話はすでにはじまっていた。

 まずはどうでもいいような世間話せけんばなしから。


 それにしても、同じ年齢と聞こえたが聞き間違いだろうか。

 どう見ても六十過ぎのデブ爺さんと、シワ&シミ一つないツヤツヤお肌のヴァレリア。

 二人が同じ歳にはとても思えない。

 もしやこれも魔法の力だろうか、それとも魔法に思えるくらいの努力の賜物たまものだろうか。


「ところで、興味深いうわさを耳にしましてな」


 デブ・ピエーロ卿、もといデル・ピエーロ卿の目つきが変わった。

 話が本題に入る。


「昨日の悪魔襲撃事件、あの際に突如とつじょあらわれた天使のような機兵についてです」


 ヴァレリアは、口を閉じたままニコニコ笑っている。


「庭にひざまずいていた赤い鎧の機兵がそうですな?」

「ええ、その通りです」

「乗っていたのは騎士ではなく、紅い眼をした少女だったとか」

「はて、どうでしたでしょう」


 ごまかした。


「その少女は事件の重要参考人です、ぜひ捜査そうさにご協力願いたい」

「おあいにくですが、彼女はあの戦闘で体調をくずして療養りょうよう中です。

 ですのでしばらくご紹介する事はできません」


 半分くらいは本当のことを言っているが……。


「……彼女は今どちらに?」

「体調がすぐれないとお伝えいたしました、お答えできません」

「ではいつごろご紹介いただけますかな」

「さあ、わかりかねます」

「ではあの新型機兵はどこで開発されたものですかな?」

「それは軍の重要機密にあたってしまいます、お答えできません」


 取り付く島もない。

 勇輝はこんなヴァレリアを初めてみた。

 いつもどおりの笑顔に見えるが、どこか気配がちがう。

 いまの彼女はまさに政治家なのだ。


「まあ、このようなところで長々と立ち話というのも何ですから、あちらでお茶でもいかが?」


 人の要求を完全に無視しておいて、平然とそんなことを言う。

 デル・ピエーロ卿はあきらかに気分を害した表情だったが、しかしそのすすめに従った。


「む……、ふむ、そうさせていただこう」


 腹がたったから帰る、という安易な行動に出ないのはやはり『政治家おとな』だからか。

 ホールにいた者たちは全員奥へ歩き出した。


 勇輝も気づかれないようヤモリのようにはいつくばって静かに階段を下り、一同を尾行する。


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