第30話 アイス・ブルー・アイズ

「……は、はは、はっはっは、これはこれは!」


 デル・ピエーロきょうが勝ちほこった顔で立ち上がった。


「ずいぶんと元気そうな病人ですな。

 それとも人の話を盗み聞きしたくてたまらないという病気ですかな、ええ?」


 嘲笑ちょうしょうをあびせられて、ベルモンド家の三人は気まずそうに視線をそらす。


「なにやってんですか、あなたは……!」


 ものすごく険悪けんあくな表情のクラリーチェにすごまれて、勇輝はうろたえながら弁解した。


「いやあ、一人ぼっちで寝ているのもいい加減あきてきたかなーなんて……。

 う、い痛つつつ……」


 勇輝は身をよじって苦しそうにうめいた。

 ジゼルにのしかかられたダメージが今ごろ痛みとなってやってきたのだ。


「おやいかんな、ベアータ」

「はい猊下げいか


 ベアータと呼ばれた黒髪の女はジゼルの両脇に左右の手を差し入れ、ひょいと持ち上げた。 


「おけがは?」

「いや、大丈夫です」


 なにげなくベアータと視線を合わせた瞬間、勇輝は背筋に冷たいものが走った。

氷のような薄青アイスブルーの、小さめな二つの瞳。


 ベアータは軽く微笑ほほえんでいた。

 だがその笑顔がなぜか獲物を見つめる爬虫類はちゅうるいを思わせる。

 美しくととのった仮面えがおの奥に、明らかな敵意がひそんでいた。


 勇輝は警戒し、後退りながら立ち上がる。


「いやいや、お会いしたかったですよ!」


 ところが緊張した空気をぶち壊す勢いで、デル・ピエーロ卿がドスドス音をたてながらせまってきた。


「なるほどうわさにたがわぬ可愛らしいお嬢さんだ!」


 デル・ピエーロ卿は両手を大きく広げたオーバーアクションで、ようやく勇輝を見つけた喜びを表現している。

 ベタベタな親父だなあとは思いつつ、勇輝も適当に愛想笑いをうかべておいた。


「こんなに可憐かれんなお嬢さんがたった一人で悪魔ディアブルを何体もたおしたなど、ちょっと信じられませんなあ」

「はあ、あれはまあ半分偶然みたいなもので。

 …………………………ああん?」


 会話の途中にもかかわらず勇輝は突然、そして硬直した。


「どうかしましたかな?」

「……………………」


 デル・ピエーロ卿の声には答えず、勇輝はなぜか両手で顔をおおった。


「どうしました?」


 クラリーチェが近づいた。

 また何か変なことを言い出すようなら口をおさえてでも止めるつもりで。

 だが顔をおおったまま勇輝がブツブツとつぶやく言葉はあまりに不可解すぎて、クラリーチェの行動をためらわせた。


催眠さいみん魔法……。

 大型馬車に入れて……。

 門兵はあらかじめ子飼こがいの者に変えて……」


 そのまま勇輝はわけの分からない発言をつづける。


「……かねの大音で、やつらは目を覚ます……。

 軍の怠慢たいまん……監督者の責任問題……。

 あの女狐はもう終わり……」

「ちょ、ちょっとユウキさん?」


 明らかに様子のおかしい勇輝を心配して、ランベルトもくる。


「……………………」


 勇輝はだまり、そしておおっていた手をどける。

 紅い眼は怒りに燃えていた。


「このクズ野郎!」


 突然どなり声を上げ、勇輝はデル・ピエーロ卿の胸ぐらにつかみかかった!

 脈絡みゃくらくのない暴力に皆が騒然となる中、勇輝はさらに叫ぶ。


「てめえいきなり何てことをしやがる!」

「なあ!?」


 胸倉をつかんだほうが、つかまれたほうに、なんてことをしやがると言ったのだ。

 そりゃ誰だっておどろく。 


「そ、それはこちらの言うセリフだ!

 なんだ貴様は!?」

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