第24話 な、言ったとおりになっただろ?

『くるぞ、離れろランベルト!』

「は、はい!」


 大声に押されてランベルトは走り出した。

 走りながら彼は思う。


 なぜこんな機兵がこの場に現れたのか。

 なぜユウキが乗っているのか。

 なぜなんの訓練もしていない彼女に操れるのか。


 とめどなくわき上がる疑問の答えを考えているヒマも無く、謎の天使と悪魔の巨人は激突した。


 ――ウガアアアッ!


 単眼の巨人は先手必勝とばかりに猛然もうぜんっかかった。

 勢いのまま拳をふり上げ、クリムゾンセラフに叩きおろす。

 クリムゾンセラフは剛腕の一撃を片腕で受け止めた。



 ガズウウゥゥンン!!



 巨体がぶつかりあう強烈な衝撃に地面が大きくゆれた。

 両者の足元で純白の敷石しきいしが数十枚もまとめて砕け、飛び散った破片が周辺を破壊する。


 ――グガッ、ガアッ、ゴアアッ!


 巨人は情け容赦ようしゃなく左右の拳を叩きつける。

 五発、十発、十五発、まだまだ止まらない……!


 猛攻を受けつづけるクリムゾンセラフの腕は、やがて耐久力の限界をこえた。

 装甲の一部がゆがんで壊れ、地面に落ちる。

 それでもなお反撃せずに、紅い天使は攻撃を受けつづけていた。


「何をやっているんだ、まさか動けないのか!?」


 ランベルトの声にあせりの色が浮かんだ。

 いくらなんでも殴らせすぎだ。

 防御などしょせんは攻撃するための布石ふせきにすぎない。

 攻めない者に勝利はないのだ。


 クリムゾンセラフとやらの腕はすでに無残なほどゆがみ、その損傷は両肩や胴体にまでおよんでいた。

 このままでは搭乗席まで破壊されかねない。


『プッ』


 開始早々のピンチの中で、なんと笑い声が聞こえた。

 我慢しようとしてもしきれないという感じの、かみ殺した笑い声だった。


『プッ、ククク、クハハハハ……』


 クリムゾンセラフが、中に乗っている勇輝が、笑っていた。


『こんなものか、ええ?

 お前の力はこんなもんかぁ!?』


 紅い天使は大きく振りかぶった見え見えの右ストレートをバックステップでかわす。

 そしてズタボロに傷ついた自身の両腕を悪魔に見せつける。


『効かないんだよそんな攻撃ぃ、無駄無駄無駄無駄無駄無駄ああああああっ!』


 天使の両腕がまばゆく光り輝く。

 その光がおさまった時、天使の両腕は何事もなかったかのように元通りになっていた。


 ………………!?!?!?


 その場にいたものは、悪魔もふくめてみな言葉を失った。

 異常、というにもあまりにその頻度ひんどが多すぎて、どこからツッコミをいれたらよいやら。

 目の前で起こっていることは、あまりにも常識からかけ離れすぎていた。


『ボケッとしてんじゃねえぞおらあああああ!』


 全身をすっかり元通りになおした天使が、翼をひと羽ばたき。

 首の高さくらいに浮き上がると、そのまま巨人の顔面にドロップキックをぶちかました。


 ――グワーッ!


 巨人は悲鳴を上げながら地面を転がった。

 何人もの人間を虐殺した巨体が、いとも簡単に。


『お前は弱いな』


 身もふたもない雑言をあびせられて、巨人は憤怒ふんぬの形相になる。


『パワーも足りない、スピードもない、技もないし、駆け引きも知らない』


 巨人が右の拳をふり下ろす。

 紅い天使はそれを左手で無造作に受け止めた。


『だからそんなお前にできるのは、生身の人間をいたぶって遊ぶ程度のことだ』


 クリムゾンセラフの握力あくりょくで拳がメキメキと悲鳴を上げ始めた。


『笑ってやがったなテメエ、人間殺しまくって、笑ってやがったなあ、アア!?』


 巨人は痛みにうめきながら、あいていた左の拳で殴りかかる。

 だがそれも楽々とつかまれた。

 メキッ、ゴキッ、左右の拳がじょじょに砕けていく。

 巨人の顔が泣き顔になっていた。


『テメエも、痛みを、思い知れオラアアアア!』


 グシャアアッ!!


 何人もの命をうばった巨人の両拳が、すさまじい握力によって握りつぶされた。

 拳を失った両手首から黒い霧をあふれさせ、巨人は絶叫する。


 ――ギャアアアアアアア! アアアアアアアッ!


 巨人は叫びながら背をむけ、たまらず逃げ出した。

 だが今さら許すわけがない。


『逃がさねえ!

 お前はもう、この世に居ちゃあいけねえ奴だ!』


 白い翼を羽ばたかせ、クリムゾンセラフは大空に舞い上がった。

 巨人は逃げながら後ろをふり返り、自分を追う天使の姿を探す。


 悪魔の単眼にまぶしい夕日がしみる。

 暴れだした時すでにかたむきかけていた太陽は、今や美しい夕日に変わっていた。

 その美しい夕日をバックに、灼熱色の天使が猛禽類もうきんるいのような勢いで急降下してくる。


 それが、一つ目の悪魔が見た最後の光景であった。


『うおおおおおお!』


 クリムゾンセラフの右拳が悪魔の顔面をとらえた。

 殴ったまま大地に叩きつけ、何十メートルも引きずって深々とめり込ませる。


『消えろおおおおぉっ!』


 顔面に突き立てたままの右手が、黄金色に激しく光り輝いた。

 その光が悪魔の全身をズタズタに引き裂いていく。


 ――ウギャアアアアアア……。


 断末魔の悲鳴を響かせながら、巨人はあとかたも無く消え去った。


「……勝った、のか?」


 誰かがそうつぶやく。

 誰かは分からない。

 だがどうでもいい。

 口にするまでもなく皆がおなじ気持ちだったからだ。


 取り残された人々は、避難も忘れてその場に立ちつくしていた。

 突然あらわれた巨大な天使があの凶悪な悪魔を退治した。

 自分たちは救われた。

 どうにかそれだけは理解できたが、あまりに現実離れした出来事を素直に受け止められない。 


 誰もがとまどいながら、広場に立つ紅い天使を見上げている。

 その時、子供の大声がその静寂せいじゃくをやぶった。


「ママ、ママ!」


 人々がふり返ると、涙を流して抱きあう母と子の姿があった。

 先ほど母親とはぐれて泣いていた少年と、その母親だ。


『な、俺の言った通りになっただろ?』


 天使が、いや天使に乗っている少女が、男の子に優しい声で語りかける。

 なぜだろう、動くはずのない鋼鉄の顔が、優しく微笑んでいるように人々には思えた。


「うん! お姉ちゃんありがとう!」


 少年は、はじけるように笑った。

 それをきっかけに、誰かがパチパチと拍手はくしゅを始める。

 それに同調した人達がおなじように手を鳴らしだす。

 やがて大きなうねりとなって、天使の勝利を祝福する大喝采だいかっさいとなる。

 大声で命の恩人をたたえる人々の顔には、ふたたび笑顔がもどっていた。


 ところが、拍手喝采はくしゅかっさいの中から、新しい悲鳴があがる。


「見ろ! 何だあの煙は!」


 見れば遠くはなれた場所で黒煙があがっている。

 なにか異常がおこっているのは明らかだ。


『ああ、なるほど』


 クリムゾンセラフ内の勇輝は、ふたたび声色を低くした。


『どうやら他にも暴れている化け物がいるみたいだな。

 だーからいつまで待っても救助がこなかったんだクソが』


 そう言い捨てて、紅い天使はちゅうに浮きあがった。


「ど、どうするつもりですか!」


 ランベルトの質問に、勇輝は威勢良く答える。


『もちろん、みんなまとめてぶっ潰してやるのさ!』


 返事も聞かずにクリムゾンセラフは猛スピードで飛んでいってしまった。

 あんなものを人の足で追いかけるわけにもいかない。

 ランベルトたちはしかたなく避難民ひなんみんを安全な場所まで誘導することにした。

 小一時間ほどもかけて到着した緊急避難場所では、はやくも謎の天使の活躍がうわさされているのだった……。

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