第25話 狂暴系不審者ヒロイン

「まあまあ、にわかには信じがたいお話ですね」


 その日の夜。

 ランベルトが作成した報告書を一読したヴァレリアは、困り顔でそうつぶやいた。


「ごもっともです、ですが証拠も証人もある件ですので」

「……証拠とはあれの事ですか」


 ヴァレリアは窓の外を見た。

 そこには翼をはやした見慣れぬ機兵が一体、片膝かたひざをついた姿勢で停止している。

 いつもの景観けいかんをふさぐようにでかでかと存在している紅の天使を見て、ヴァレリアはやはり困り顔のまま苦笑する。


「クリムゾンセラフという名でしたでしょうか、なるほどとても強そうですね」


 ヴァレリアは報告書に目を落とした。


『ユウキ・アイザワが守護機兵の像を改造して紅の天使を造り、それを操って一つ目巨人を倒した。

 天使が両腕を上げると損傷した装甲はたちまち直り、光る手で巨人の頭を殴ると敵は蒸発した』


 そんな冗談みたいな内容が書かれてある。

 あまりにも馬鹿げた話だった。

 この報告書には常識的な事柄ことがらがなにひとつ存在しない。

 これではまるで幼児むけの演劇シナリオだ。


 庭でヒザをついている天使の姿がなければ、誰もが低レベルなジョークだといって笑うだろう。

 低レベルのジョークといえば、帰還後の勇輝の言葉である。

 これまた似たような意味で凄まじいものであった。


 彼女はかなり疲れてはいたが、大仕事をやりげたあとの晴れやかな笑顔でヴァレリアたちに向かってこんなことを言ったのだ。


『俺は、聖女と天使が協力して造り上げた、最強無敵のクローン戦士だったんです!』


 ……なんですって?


『ナントカっていう聖女様の肉体を複製コピーして、事故死した俺の魂を植えつけたんですって』


 ……何のために?


『来たるべき大いなるわざわいのために……とかなんとか言ってましたけど?』


 ……それは、どんな災いですか?


『さあ、なんか疲れてきたらチャンネルが狂っちゃって、声が聞こえなくなったんですよね』


 ……誰の声です?


『天使です』


 ……天使が、あなたをみちびいていると?


『ええ、とりあえず機兵の作り方と動かし方を習いました。

 あなたはすごい、才能あるってほめられちゃいましたよ、へへ』


 ……いきなりの実戦でなぜ乗りこなせたのですか?


『自分の身体だと思えって教わりました。

 自分の身体なんだから、動くのが当たり前だって』


 ………………。


『もういいですか、なんだか俺、すごく眠いんです』


 ……他に何か気づいた事や、望む事は?


『さあ……、ああそうだ専用の武器が欲しいな、剣とか光線銃とか。

 まあ明日にでも考えますよ。

 ファ~ア、とにかく今は眠いです、夕食には出ますんで、少し寝てきます……』


 そう言いのこして彼女は与えられている客室に引っ込んでしまった。

 そして時がたち夕食の準備ができたが、勇輝は部屋から出てこなかった。

 クラリーチェが様子を見に行った所、思った以上に心身の疲労がひどいらしく安静にしておいた方が良いということだった。


 当然といえば当然なのだ。


 普通の人間ならば衰弱死すいじゃくししてもおかしくないほどの大魔法をなんの儀式も道具もなく使ったのである。

 むしろ意識をたもっていられることが脅威きょういなのだ。

 この事例じれい一つとっても、彼女が想像を絶する魔力の持ち主だということは明らかだった。


「本当に紅瞳こうどうの聖女の身体をあたえられた人間なのかもしれません、ユウキは」


 そう言い出したランベルトの表情は真剣そのものだった。


「容姿と行動のミスマッチがあまりにもひどすぎます。

 戦闘中の様子など野獣のようでした。

 聖女の身体に異物が入りこんだというのなら、確かにその通りなのかもしれません」

  

 花もじらい、月も姿をかくすような美貌びぼう

 奇跡のような力。

 しかし野獣のような性格。

 存在そのものが怪奇現象だった。

 




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