第23話 紅の熾天使

 視界が巨大な足で埋めつくされる。

 圧倒的な死の気配に、ランベルトは観念した。


「助けて、誰か彼を助けて!」


 クラリーチェの声が理解できるのか、黒い巨人はさも心地よさそうに笑みを浮かべる。

 誰にでも分かる残酷な現実がそこにあった。

 あんなに強く勇敢だった若騎士ですら太刀打たちうちできなかったのだ、誰にも助けることなんてできない。


 分かりきったことだから若騎士は助けを求めず、乙女は涙を流し、そして巨人は笑っていた。


 巨人の大きな足がランベルトに迫る。

 あと数瞬で彼の命は失われてしまう。

 だが、その時は来なかった。


『そおぉこぉまぁでぇだああああぁぁぁっ!!』


 間延まのびした大声とともに現れた大きな影が、横合いから巨人に体当たりをかました。


 ――ウガッ!?


 片足立ちになっていた巨人は大きくバランスを崩し転倒する。

 無様に倒れたままの姿勢で、巨人は自分を突き飛ばしたモノの正体を見た。

 それは、先ほどまでじっとうずくまっていた守護機兵の像だった。


『あっぶねえー、ギリギリ間にあったぜ!』


 像の奥から、品のない女の声が響いてくる。

 油の切れたブリキのおもちゃのようにぎこちなく動く機兵像を見て、その場にいたものは全員おのれの眼をうたがった。


 まさか、そんな、ありえない。

 あれは動かない、動くわけがない。

 だってあれはニセモノだろう!?


 自分の命の危機も忘れて、人々はその守護機兵モドキを見つめていた。


『ふうううー』


 ギギギギ……、とぎこちない動きで機兵もどきは左右の拳を腰のあたりに持っていき、思い切り全身に力を込めた。

 するとその甲冑の表面に大きな亀裂が走る。



 ピシッ、ピシッ、ピシッ――。



 亀裂はどんどん広がり続け、やがてその機体の全身を埋め尽くしていく。

 と、そこで黒い巨人が動いた。

 きっとこの悪魔も何かが起ころうとしているのを感じたのだ。


 ――グウウアアアアアアッ!


 巨大な右拳が機兵モドキの胸部を粉砕した。

 外見だけはそれらしく立派だった鎧が砕け散り、破片が周囲にぶちまけられる。

 そしてそれをきっかけとして、ヒビの入っていた全身が丸ごと砕け散っていく。


 胴体も、両脚も、腕も、顔も。

 すべてが砕け、周囲に粉塵ふんじんをまきちらす。

 その光景を見た民衆の中から悲鳴がこぼれた。

 謎の機兵も敗れてしまったと思ったのだろう。


 ……だが、ランベルトとクラリーチェは顔色を変えずにじっと見守っていた。

 本職の戦士である彼らだけは、敵の様子に変化があることを敏感に察したのだ。


 巨人の顔から笑みが消えていた。

 拳を突き出したままの姿勢で硬直している。

 単眼の巨人は、厳しい顔で正面の粉塵ふんじんを見つめていた。


『ありがとよ』


 粉塵ふんじんの中からなぜか感謝の声がする。


からを破ってくれたおかげで、やっと自由に動けるぜ』


 視界がやや良くなり、その中に巨大な影が存在しているのが見えてきた。

 黒い巨人は右拳を引いて身構える、そして今度は左拳をくり出そうとした。


 刹那せつな、反対に粉塵ふんじんのむこうから巨大な拳が飛び出してきて、巨人の顔面をブン殴った!


『さんざん好き勝手にやってくれたな、ここから先は俺のターンだ!』


 内側から突風がおこった。

 風はたちこめる粉塵ふんじんを吹き飛ばし、中にひそんでいた物の正体を明らかにする。


 そこに立っていたのは、一対の白い翼を生やし、真紅の鎧に身を固めた天使だった。

 現れた天使はランベルトを拘束していた木を持ち上げ、邪魔にならないよう広場のすみに放り投げる。


『わりぃ、思った以上に時間がかかっちまった』

「ユウキさんなのですか、乗っているのは、あなたなのか?」

『ああ、ここは任せてくれ』


 恐る恐るたずねるランベルトに向かって、あかい天使は力強く答えた。


『このクリムゾンセラフで、あの一つ目野郎をブッ飛ばしてやる!』


 紅の熾天使クリムゾンセラフ


 あらわれた機兵の姿はまさに真紅の鎧をまとった天使だった。


『さあさっさと立ちやがれこの老廃物ろうはいぶつ野郎、それともそうやって寝っ転がったままぶっ潰してやろうか!』


 ――ウグウゥゥ!


 巨人が単眼に怒りを燃やして立ち上がった。

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