第19話 運命の分かれ道

「あ、あれだ、あれを使おう!」


 指さしたその先に、直立不動の巨大な騎士像があった。

 悪魔ディアブルに対抗しうる唯一の手段、この世界最強の兵器、守護機兵。


 だが、クラリーチェはため息をつきながら首を横にふった。


「言ったでしょう、この世はおとぎの国ではないと」


 なぜ否定するのかと腹がたったが、それでも勇輝は考えてみる。

 この二人は勇輝の世界でいうところの戦闘機乗りだ、戦車は操縦できない。

 さっきランベルトがそんなようなことを言っていた。


「だっ、だったら」


 だったら俺が!

 ……というその言葉を最後まで言ってしまうほど。

 さすがにそこまで幼稚ではない。

 さすがに、いくらなんでも。


 暴れまわる一つ目の巨人。

 逃げまどう民間人。

 目の前に放置された、乗り手のいない人型巨大兵器。


 それはまさに例のロボットアニメそのものだ。

 たぶん日本で一番有名なあれ。

 初代だけでも何回再放送されているのか分からない、伝説級のあの作品。


 だが当然ながら勇輝はアニメの主人公ではない。

 あんな事、出来るわけがないのだ。


 相沢勇輝はごく普通の高校生だ、何の軍事訓練も受けていない。

 特殊な能力をもったエスパーじゃない。

 人体改造を受けた無敵のサイボーグでもない。

 傭兵部隊の軍曹じゃないし、遺伝子操作を受けた新人類でもない。

 ようするにただの凡人だ、どうしてあんな真似ができる。

 できるわけが無い。


『自分があの機兵に乗って戦う』なんて、そんな事不可能だ。


 不可能なんだ、出来るわけがないんだ……。

 勇輝の心に理性という名の鎖がからみつく。

 さらに弱気という名の重石おもしがのしかかった。

 動きかけていた情熱という名のエンジンは、胸の奥で暗く冷たく沈黙してしまう。


「行きましょう、ユウキさん」


 クラリーチェが悲しそうな表情で手を引いてきた。

 これ以上ここにいても何も出来ない。

 これは仕方のない事なのだ。

 その目が、そう語っていた。


「……うん」


 結局うなずいてしまう自分が、心底なさけない。

 でもこれは仕方のないことなのだ。

 現実はきびしい。

 アニメのように格好良くいくわけがないのだ。

 今の自分は無力で無知で貧弱な女の子なのだ。

 どうしようもない事なのだ。


 そう自分に言い聞かせて、勇輝は力なく歩き出した。



 ザッ、ザッ、ザッ……。


 石畳を一歩踏むごとに、取り残された人たちから離れていく。彼らの命を見捨てていく。


(俺は、最低のクズ野郎だ)


 自責じせきの念がするどい刃物となって、勇輝の心を刺す。


(何の役にも立たない、生きていてもなんの意味もない)


 胸の奥がひどく苦しい。

 あまりの不快さに、さっき飲んだジュースが逆流しそうだ。


(これからもずっとこうして人に言われるまま流されて生きていくのか、本当にこれでいいのか)


 自分自身に対する怒りが嵐のように全身を駆けめぐる。

 頭の中がやたらに熱い。

 心臓の鼓動こどうは激しく乱れ、キーンと耳鳴りまでしてきた。


(自分だけが無事ならそれでいいのか!

 嫌なことは何も見ず、何も聞かず、何も考えず、心を捨てて生き続けるのか!)


 白い石畳の上に涙がこぼれ落ちた。

 さらに二滴、三滴とこぼれ落ち、しみが広がってゆく。


(俺は、俺は……っ)


 勇輝が良心の呵責かしゃくに耐えきれなくなってきた、その時。


「ウワアアアアーン! ワアアアアン!」


 広場に子供の泣き声が響き渡った。


(あの子は、確か……)


 子供がにぎり締めている騎士の人形に見おぼえがあった。

 つい先ほどこの広場で母親と一緒に歩いていた少年だ。


「ママ、ママぁー!」


 どうやら母親とはぐれてしまったらしい。

 人混みにまぎれてはぐれてしまったのか、それともまさかあの一つ目の巨人に……。


「ウワアアアアアアアアアアアア!」


 少年が泣いていた。

 必死に助けを求めて泣き叫んでいる。

 火がついたように泣き叫ぶその姿を見て、勇輝の心はフラッシュバックを起こした。


――ウワアァァン、ワアァァァン!

――男の子がメソメソ泣くんじゃないよ、格好悪い!


 幼い頃、祖母はよくそう言って、泣きじゃくる勇輝をはげましたものだった。

 泣く理由は様々だ。

 死んだ両親に会いたいと言っては泣き。

 喧嘩に負けたと言っては泣き。

 お前の家は貧乏だとバカにされては泣き。


 そんな時、祖母は勇輝を抱きしめてずっとなぐさめてくれた。

 そして、いつも通りにこう言って聞かせるのだ。


『お前は偉い人や金持ちになんて成らんでもええ。

 人として正しく生きれ。

 誰に対してもまっすぐ顔向けできるように、素直に正直に生きれ』


 勇輝はその言葉にいつもうなずき、そしてその通り生きてきたはずだった。


「……そうだった、そうだったよな」


 ここで逃げたらきっと一生悔やむだろう。

 思い出すたびにやましくて死にたくなるだろう。

 そんな人生に、何の価値がある。


 勇輝は空を見上げた。

 それは勇輝の知っている空ではないけれど、同じかそれ以上に美しいんだ空だった。


(きっとこの空はばあちゃんのいる所にはつながっていない。

 俺のやることは、もうばあちゃんの目には届かない。

 でも、それでも)


 あふれ出る涙をぬぐい、表情を引き締める。


(俺は、やるよ)


 勇輝はクラリーチェの手を振り払った。


「ユ、ユウキさん?」


 クラリーチェの制止を振り切って猛然もうぜんと走り出した。

 そして今も泣き叫んでいた少年の前に着くと、少年の肩に手をおいて優しく話しかける。


「どうした、男の子がそんなにワーワー泣くもんじゃないぞ?」


 少年は弱々しい表情で勇輝を見つめていた。

 きっと昔の勇輝も同じような顔をしていたに違いない。

 勇輝は祖母がしてくれたのと同じように、少年の頭をなでた。


「もう大丈夫だからな。

 お前のお母さんはすぐに見つかるさ。

 それに……」


 勇輝は、通りの向こうをにらみながら言った。


「お前たちを怖がらせる悪い奴は、すぐ雪みたいにとけて消えちまうからな」

「ほんとう……?」

「ああ本当だ、この兄ちゃんに……じゃなかった、姉ちゃんにまかせておけ!」


 ドンと胸を叩いて威張いばっているところに、ランベルトたちが駆けつけてきた。


「何をやっているんです、早く行かないと!」

「ランベルト、やっぱり俺、逃げるのはやめたよ」

「え、ちょっ」


 一方的に相手の言葉をさえぎって、勇輝は少年をランベルトに押し付けた。


「この子の母親を探してやってくれ、まだ近くにいるはずだ」


 そう言い残して、再び走り出す。

 後ろでランベルト達が何か叫んでいる。

 だがもうのんびり聞いてなどいられなかった。


 ズシン、ズシンという振動が、通りの方角から近づいてきている。

 とうとうあの一つ目の悪魔ディアブルが動き出したのだ。


 もう一刻の猶予ゆうよもない。

 やるしかないのだ、他でもない勇輝自身が。




 

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