第18話 ヒーローたちの苦悩

「なんで、なんでこんな事が」


 勇輝は走りながら、ふるえる声でランベルトを非難した。


「騎士団は何をやっているんだ、守護機兵はどうして来ないんだよ!」

「今頃はすでに出撃準備を整えているはずです、もうすぐ必ず救助に来ます」

「もうすぐって一体いつだよ! もう人が死んでいるんだぞ! 遅すぎるだろ!」

「…………」


 ランベルトは、何も言い返さずにだまってその非難を受け止めている。


「どうしてこんな、ここは聖都なんだろ、人類の希望なんだろ。

 それなのにどうしてこんな事になんだよ、もっとちゃんと仕事しろよッ!」


 一方的な批判をつづける勇輝の態度に、横にいたクラリーチェが限界をこえた。


「いい加減にして! だったらアンタが自分でしなさいよ!」


 突然の豹変ひょうへんぶりに勇輝は息をのんだ。


「ここはおとぎの国でも舞台の上でもないの、現実なの!

 たった一匹侵入されただけでぶち壊しになるのが、この世の現実なのよ!」


 その目に涙が光っているのを見て、勇輝は自分がいかに無神経なセリフを叫んでいたのか気づかされた。


「ごめん」

「……分かってくれればいいんです」


 クラリーチェは正面を向いたまま、硬い表情でそうつぶやく。


「ランベルトも……」


 名を呼ばれて、ランベルトはうつむきながら返事をする。


「あなたは、間違ったことを言ってはいません」


 きっとおのれの無力を責めているのだろう。

 その横顔は苦渋くじゅうに満ちている。


「……ごめん、無神経で」


 勇輝の言葉に、ランベルトは無言でうなずく。

 三人はそれ以上何も言わず、ただ黙って破壊と殺戮さつりくの現場から逃げた。




 先ほど休んでいた広場には、すでに多くの避難民たちが集まっていた。

 勇輝たち三人もひとまずそこで息をつくことにする。


「主よ、われわれの無事を感謝いたします」


 クラリーチェが手を組み合わせて祈りを捧げる。

 大げさだともいえなかった。三人ともちょっとした間違いがおこれば死んでいたかもしれないのだ。

 現にそういう人たちを何人も見てきたばかりだった。


「う、わ……、ハハッ、足が、ハハッ、今さら……」


 不覚にも広場についた途端に、勇輝はひざがガクガクふるえ出した。

 先ほど見た悲惨な光景を思い出して、今さらながら恐怖心がわき上がってきたのだ。

 なぜか顔が無意味に笑顔をつくる。笑い声が出る。

 脳の防衛本能というやつなのだろうか。


 怖い。


 ただひたすらに怖いものを見せつけられてしまった。

 殺意に満ち満ちた黒い巨人、あんなに露骨な恐怖の象徴しょうちょうがそうそうあるだろうか。


「さあ、安心するのはまだ早いですよ。もっと遠くまで避難しなくてはいけません」


 ランベルトの言う通りだった。

 あの一つ目巨人が本気で走り出したら、このていどの距離など十秒もかかるまい。

 だから今はできるだけ遠くまで逃げておかなくてはいけなかった。


「う、うん、でも」


 勇輝はためらいながら、周囲を見回した。


「ここにいる人たちは、どうなるんだ」


 この広場には、息を切らして路上にへたり込んでいる人たちが何十人も残っていた。

 身軽な者たちはとっくの昔に逃げている。

 ここに残っているのは怪我人けがにんや老人、妊婦にんぷなどの体力弱者と、そのいがほとんどだった。

 杖をついた老人やお腹の大きな妊婦さんがここまで無事に逃げてきたということ自体、よくやったとほめられるべきだろう。

 この人達にさらなる努力は期待できそうにない。

 だがそれでもあの巨人との距離はたいして開いていないのだ。


 事態は一分一秒をあらそう。

 あいつが新たな獲物をもとめて移動しはじめるその前に、ここに居る人たちは避難しなくてはならない。


「早くなんとかしないと、急がないとあいつがこっちに来てしまうぞ!」

「………………」


 だがランベルトはとても苦しそうな表情で、血を吐くようにこう言ったのだった。


「……もうすぐ、救助が来ます。

 この人たちは、それまでの辛抱……です」


 自分たちに出来ることはない。

 だからここの人たちは見捨てて自分たちだけ避難しようと、遠まわしにそう言うのだ。


「ふっ……」


 ふざけるな、その一言を勇輝はかろうじて飲み込んだ。

 文句を言うだけなら誰でも出来る。

 だが「ならばたった三人でどうやってこの人数を助けるのだ」と問われても、答えられない。


 ランベルトだって自分の命がしくてこんなことを言っているのではないはずだ。

 勇輝とクラリーチェ。

 二人の女性を守る義務があるからこそ、あえて苦渋くじゅうの選択をしているのだ。


 彼の提案を冷酷れいこくだと非難するだけなら誰にでもできる。

 だが非難するならその者がかわりに、ここにいる全員をすくう手段をしめすべきではないのか。

 それが人としての責任というものではないか。


 そんな想いが、うすっぺらい偽善ぎぜんの言葉を封じ込めた。


「……っ!」


 勇輝は荒ぶる感情をおさえるためにくちびるんだ。

 人命救助の方法なんて自分は知らない、考えたことも無い。

 だがここにいる全ての人たちを見捨てて自分だけ生き残るということもできない。

 そんな卑怯ひきょうな人間にだけはなりたくない。


 どうすればいい、自分はいったいどうすればいいのだ。

 こんな所で死ぬのは嫌だ、だが残された人たちを見殺しにするのも嫌だ。

 どうすればいい、何か方法は無いのか!


 叫びたいほどの苦悩に天をあおいだその時、勇輝は、視界のはじっこにその『方法』を見つけた。


「あ、あれだ、あれを使おう!」


 指差したその先に、先ほどからずっと立ち続けている巨大な騎士像があった。


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