第17話 清めの鐘が鳴り響く

 二人が顔を赤くしてくだらない言い争いをしている間に、ようやくクラリーチェが帰ってきた。


「なにを騒いでいるの?」


 紙袋を抱かかえていた彼女は、その奇妙な空気に首をひねった。


「大声をだしてノドがかわいたでしょう。どうぞ」

 

 クラリーチェは不思議そうな顔をしながら紙の容器にはいったフルーツジュースを勇輝にくれたのだった。



 

 それからしばらく、三人はベンチに腰掛けて休憩きゅうけいを取った。

 陽はややかたむき、空の片端から赤みが増してきている。

 もうすぐこの青い空は真っ赤な夕焼けに染まるのだろう。

 そんな事を考えながらぼんやり空をながめていると、教会のかねが一斉に鳴り出した。


 ガラーン、ガラーンと。

 あるいはリンゴーン、リンゴーンと。


 聖都中の鐘が一斉に鳴り響いているので、四方八方から鐘の音が響いてくる。

 まるで鐘の音に全身が包まれているかのようだ。


「さて、そろそろ屋敷に帰りましょうか」

「え、もう?」

「夕方の清めの鐘は、帰宅の合図ですよ」


 そんな風に言われてしまって勇輝は少しがっかりした。

 あと数十分も時が流れれば、本格的に日がかたむくはずだ。

 この広場が夕焼けに染まる姿はさぞ美しいだろう。

 それを見ずに帰らなくてはいけないというのは、ちょっと残念だ。


「さあユウキさん。早くしないと暗くなってしまいますよ」

「う、うん」


 勇輝は名残なごりを惜しんでもう一度だけ広場をながめ回した。

 そしてあい変わらず直立している守護機兵の所で、目線が止まる。


(……またな、デカブツ)


 奇妙な親しみを込めて、勇輝は心の中で別れのあいさつを言った。

 もちろん鋼鉄の巨人は身動きひとつしない。

 彼女が背を向けて歩き出した、次の瞬間だった。



 ズゥン! 



 大きな物音が通りの方から響いてきた。

 何か大きな物が地面に落ちたと思われる、物騒な気配だった。



 ドズゥゥン!



 まただ、しかも今度はさっきよりも近い場所から聞こえる!


「一体なんの騒ぎだ?」


 わけが分からず立ち尽くす勇輝の前に、悲鳴を上げながら人々が飛び出してきた。

 それも一人や二人ではない、何十人という人の群れだ。


 その人々の表情にはありありと恐怖が浮かんでいた。

 恐怖に顔をゆがめた人間の群れが、凄まじい悲鳴を上げながらこちらに逃げてくる。


「あっ、ユウキさん!」


 とっさに勇輝は人の流れに逆らうように走り出した。


(なんだ、ものすごく嫌な感じがする。

 とんでもなくヤバそうな、嫌な感じだ!)


 なぜか勇輝はその嫌な感じに向かって全力疾走しっそうしていた。

 どうしてそんな事をしているのか、勇輝自身にもよく分からない。

 だがそうしなければならない。そうしたいという逆らいがたい衝動が、彼女の身体を突き動かすのだ。


 そして勇輝は、その『嫌な感じ』の正体をたりにしたのだった。


――ウガアアアアアアアァァ!


 そこで叫んでいたのは三階建ての建物よりもさらに頭一つ飛び出した、黒い巨体。

 見上げるような人型の怪物が、雄叫おたけびをあげながら街を破壊していた。


 まるでギリシャ彫刻ちょうこくのように筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとしたその肉体。

 そいつの顔には、眼が一つだけしかなかった。

 まさに神話に出てくるような一つ目の巨人だ。

 先ほどから周囲に鳴り響いている破壊音は、そいつが暴れまわって建物を壊している音だった。


「馬鹿なっ、こんな街中にまで侵入を許すなど、監視塔かんしとうは何をやっていた!」


 いつの間に追いついていたのか、ランベルトたちが勇輝のとなりでいきどおっている。


「ここにいては我々も危険です、早く避難しましょう!」


 クラリーチェが避難を呼びかける。しかしその言葉は勇輝の耳にとどいていなかった。


 彼女はただぼんやりと目の前の光景を見つめている。

 目の前で起こっている事態に、心がついていけなかった。

 白く美しい街が、巨人の大きな拳によって文字通もじどおりの手当り次第しだいに破壊されていく。

 あんなに楽しそうにしていた人々が、泣き叫びながら必死に逃げている。

 たった一体の巨人のせいで、素晴らしい大切なものたちがメチャクチャになっていく。


 なぜ、どうして、こんな事に?


「あれも、悪魔ディアブル?」

「ええ、亜人類デミヒューマン一つ目巨人サイクロプスタイプ。

 狂暴で血にえた怪物です、さあ早く!」


 乱暴に手を引かれて勇輝も走り出す。

 そのとき勇輝はその紅い瞳で、世にもおぞましいものを見てしまった。


 巨人によって破壊された瓦礫がれきが山となっている。

 その瓦礫の下から、『』が大量にあふれ出していた。


 ちょっと横には『』や『を山ほどぶっかけたような』が、たくさん、たくさん転がっている!


「ラ、ランベルト、あれ、あれは……!」

「見てはいけない!」


 ランベルトは大声で怒鳴った。

 否定すれば無かった事になるとでも言うかのように。


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