第16話 風のいたずら
それからもクラリーチェのショッピングツアーは休むヒマもなくつづいた。
靴にバッグにアクセサリー、などなど。
初めこそああだこうだと文句をいう勇輝だったがしだいに疲れきってしまい、結局は言いなりになってしまった。
一方ランベルトはというと、こちらはもはや肉体的ダメージが抜け切ったあたりから
こうして買い物のメッカ歩きまわること数時間。
勇輝たちはようやく全スケジュールを消化する事ができたのだった。
現在三人は大量の荷物を抱えたまま、広場のベンチに腰掛けている。
「つ、疲れたあ」
「そうですね、少し疲れてしまいました」
疲れた、というわりにはクラリーチェは
もともとストレス発散にショッピングをするクチなのだろう。
ヴァレリアの金とはいえ、盛大に現金を使いまくった快感に彼女は
「何か飲み物でも買ってきましょう、待っていてください」
そう言い残して彼女は立ち上がった。
足取りは軽やかに、鼻歌まじりで去ってゆく。
疲れているようにはまったく見えない。
「いやー単なるカタブツかと思っていたら、中身はしっかり女の子だねえ……」
「ええ、クラリーチェはああ見えても普通の女の子なんですよ。
少々人使いが荒くて、他人に厳しいですけどね」
「あははは」
大量の紙袋を抱え込む者どうし、大いに笑いあう。
「あー、平和だなあ……」
することもなくベンチに腰掛けていると、ついそんな言葉がこぼれた。
昨日も今日もろくでもない目にあっているというのに、この広場はまるで別世界である。
かつて暮らしていた世界とは様々な点が違うが、それでも人々は繁栄しそれなりの暮らしを送っている。
この広場に集まる人々の笑顔がそれを物語っていた。
ベンチに座って愛を語りあう恋人たち。
片手で騎士の人形を振り回している少年、その子の手を引いている母親。
少しはなれた所では人が集まっていて、そこでは顔にペインティングをほどこした大道芸人たちがジャグリングや手品などを見せて人々を楽しませている。
そして柵でかこわれた植え込みの奥には、人々を見守るように
二本の足で直立して人々を見下ろしているその様は、まさに守護神のようだ。
この世界にも苦労が無いわけではない。
だがそれでも人々は今を生きている。それはきっと素晴らしいことだ。
人は人として生きているだけで
もう忘れてしまった。
「なんだかさ、良いよね、こういうの」
「え?」
「ここはとても素敵な所だ、ずっとこのまま平和であって欲しいね」
「……はい、私もそう思います」
ランベルトはなにかを思い出すかのように遠い眼をする。
「だからこそ私は聖騎士になりました、この祖国を守るために」
「おおー、カッコイイことを言うねえ!」
勇輝の
微笑みあう美男と美少女。
周囲の人間たちにはさぞ似合いのカップルに見えたことだろう。
だが、いつまでもその雰囲気を維持できないのが、勇輝という『少年』のサガだ。
「いいよねえ……」
うっとりとしながら、勇輝は広場の反対側に立つ鋼鉄の巨人をながめた。
おそらく乗り手は入っていないのだろう、人型の巨人は直立したままピクリとも動かない。
「守護機兵だったよな。やっぱ巨大ロボットは
「は?」
唐突に話題を変えられてランベルトは目を白黒させる。
だが勇輝の、つまりアニメ好き少年の思考回路としては、それはけっして飛躍した話題ではなかった。
勇輝は「よっ」と声を出して立ち上がると、身振り手振りを加えながら情熱的に語る。
「愛する国を守るため、ロボットに乗って巨大な敵をぶっ倒す。
くっそー、俺もそんなのやってみたいなあ!」
拳を突き出したり振り回したりして舞台役者のモノマネのような事をしている様は、まるで五つか六つの少年のようだ。
「ランベルト、あれを動かしてよ、あの機兵にも乗ってみたい!」
無邪気な勇輝の要求を、ランベルトはおだやかに断った。
「無理ですよ、そんなに簡単なものではないんです。
私は自分の『
戦闘機と戦車の違いみたいなものだろうかと、勇輝は
「えーっ、じゃあクラリーチェも?」
「ええ、彼女も私と同じ『
「ちぇーっ」
露骨にすねる勇輝を見て、ランベルトは笑った。
「ハハハ……」
「笑うなよ、あんたにだって気持ちは分かるだろ。だから騎士になったんだろ?」
「まあ確かにそうですがね、実際の戦争を知ってしまうとなかなか子供時代のようには」
「……俺がガキっぽいって言っているように聞こえるんだが?」
「おや、それは
皮肉な薄笑いを見て、勇輝はケッと喉をならした。
ランベルトはまだ笑っていたが、ふとある事に気付くとあわてて顔をそむけた。
「ユ、ユウキさん、活発なのは結構ですが、服装のことも少しは考えてください」
「はあ?」
その言いかたがまわりくどくて、勇輝には伝わらない。
「なんだなんだ?
さっきは鼻の下を伸ばしていたくせに、今度はケチをつけるのか。
なんだって言うのさ」
服装にケチを付けられたのだと誤解した勇輝は、フンと鼻をならしながら
ただでさえ危うい短さのスカートの
「だっ、だからーっ!、
年ごろの女性がそんな格好でそんな真似をしては……!」
「ああん?」
その時、イタズラ好きの風の妖精が悪さでもしたのか、一陣の強風が吹き上がった。
その風を受けてミニスカートの『中身』がダイナミックにあらわとなる。
勇輝はあっという顔をしたが、もう遅い。
すでに周囲の男たちから「オーウ」という声が上がっていた。
「う、うおわあっ!?」
いささか色気が足りないその悲鳴に、のぞき込んでいたスケベ男どもは一斉に笑い出した。
ヒューヒュー!
ピーピー!
なかには口笛を吹いてからかう露骨な男たちもいて、勇輝はそんな男たちをキッとにらみながらスカートのすそを押さえつける。
「気付いているなら早く言ってくれよ!」
「言ったけどあなたが気付かなかったんでしょうが!」
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