第7話 白き聖都
それから三十分ほども空を飛び続けたであろうか。
「ユウキさん、この丘をこえたら聖都が見えてきますよ」
「はぁ……?」
勇輝は無気力な表情で顔をあげた。
先ほどの興奮ぶりから急転直下、目も当てられないほど意気消沈している。
自分が自分でなくなるというショックは、それほど深刻なものであった。
(なにが聖都だよ、こっちはそれどころじゃないっての)
何の興味もなく、言われたまま視線をむける。
だが丘の向こうから現れたその純白な巨大建造物は、よどんだ心さえ洗い流してしまうほど圧倒的だった。
空の『青』も草原の『緑』も
これを一体どう表現したらよいのだろうか。
――この世の全てはその『白』を引き立てるために存在している。
――全知全能なる神がそう定めたのだ。
これではいささか
だがどれほど
何もかもが白い大都市だった。
華麗な宮殿。
民家や商店。
街道の
そしてそれらをぐるりと
あらゆる建造物が純白の石材で形作られている、そうとうに大規模な城塞都市だ。
「これが、聖都?」
「はい、これが我々聖騎士の守るべきもの」
ランベルトは
「人類の希望、永遠の都、我らが聖主教の中心、聖都ラツィオです」
「人類の希望……」
勇輝は宝石でも見るかのような気持ちで、輝く街を見おろした。
二人がのる銀色の
全く同じ銀色の鷹が数羽、翼をたたんで待機している。
その巨大な爪にそっと触れてみると金属の冷やりとした硬い感触。
整列したままピクリとも動かない姿を見て、やはりこれは生き物ではなく作られたものなのだという事を実感する。
少しの間その鷹を見上げていると遠くからズシン、ズシンと重たい金属の振動が近づいてくる。
先ほど地上戦を行っていたケンタウロス騎士たちが、やや遅れて帰ってきたのだ。
『おう、無事かいお嬢ちゃん!』
先ほどランベルトと会話していた野太い声が上から飛んでくる。
先頭にいる騎兵からだ。
この一体だけ肩に赤いマントをつけている。
どうやら隊長機らしい。
プシュー、と空気が抜ける音がして、騎兵の胸当てが開いた。
そこからいかつい体型をした中年男が姿を見せる。
「ガハハハ! お前あんな所で何をしていたんだ、ああん!?」
男は騎兵の手を使って地上に降りるなり、大声を出しながら勇輝に詰め寄ってきた。
ケモノじみた迫力のある中年男だ。
髪は赤毛のオールバック。
肉食獣のような鋭い目つきに、日焼けした筋肉質の
いかにも叩き上げの軍人という
男は勇輝の紅い瞳に気がつくと、あごひげをなでながらジロリと
「ほー、お嬢ちゃん珍しい目の色してんな」
「ど、ども」
「お前あんな所でなにをしていたんだ、発見がもう少し遅れていたら今ごろは犬っコロのエサだぞ、なに考えてんだあオイ!」
「す、すんません」
迫力におされて思わず勇輝はあやまっていた。
男が怒っているようには見えないが、とにかくその威圧感に圧倒されてしまう。
でかい身長。
でかい筋肉。
でかい声。
でかい態度。
それらがまとめて上からのしかかってくるのである。
細くて小さな女の身体だと、それらすべては恐怖の対象だった。
「ガハハッ、そんなに
そう言って彼は勇輝の頭をわしづかみにしてグシャグシャとかき回した。
「い、痛てぇっ、やめてくださいよ!」
男の大きな手から逃れようともがく勇輝。
その態度が面白かったのか、男はムキになって離そうとしない。
『な~にやってんすかリカルド隊長』
『いつからそんな少女趣味になったんです?』
後方の騎兵から笑い声が聞こえてくる、助ける気はないらしい。
「あの、嫌がっていますからもうそのくらいで……」
「ガッハッハッハ!」
ランベルトの制止も無視して、リカルドと呼ばれた彼は勇輝の頭をいたぶり続ける。
すると。
「いーかげんにしやがれクソ親父!」
「イテッ!」
キレた勇輝にすねを蹴り飛ばされて、男はたまらず飛び上がった。
「痛ってえな! なにしやがるこのヤロウ!」
「それはこっちのセリフだ!」
痛みと腹立ちで恐怖も忘れ、にらみかえす勇輝。
負けじと涙目でにらむリカルド。
『ワッハッハッハッハ!』
部下たちはまた大笑いしている。
ランベルトはあきれ顔で
「そんなところで何をやっているのですか?」
二人のにらみ合いが
「上官殿、まだ任務完了の報告にいらしておられないようですが?」
少し離れた場所から歩いてきたのは、軍服を着た少女だった。
年頃は勇輝とおなじくらい。
銀色の髪を
口の左側に細長い木の棒のようなものをくわえているのが印象的だった。
火のついていない葉巻に見えなくもないが、正確にはそれが何なのか分からない。
くわえた棒のせいか、顔が不機嫌そうにひきつって見えた。
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