第6話 ここはどこ? 私はだれ?

「もう大丈夫ですからね」


《プラスチックケースに入ったお人形さん》状態のランベルトが、変わらぬ微笑ほほえみで勇輝に語りかけてきた。


「とりあえず安全な場所まであなたをお連れします、どうぞご安心ください」

「あ、ありがとうございます」


 勇輝は戸惑いながらもお礼を言った。

 とりあえず命の危機は去ったらしい。

 それはとても嬉しいのだが、それにしても自分の身には何が起こっているのだろうか。


 先ほどから全くわけの分からないことばかり起こっている。

 ここはどこだ。

 あれは何だ。

 一体どうなっているんだ。


 記憶喪失にでもなったかのような言葉を、勇輝はくり返しつぶやいていた。


「心配しなくても大丈夫ですよ。我々はつねに正しきものの味方です」

「あ、はい」


 彼の力強い言葉に少し安心した勇輝だったが、次の瞬間、彼は本日最大の驚愕きょうがくに襲われてしまった。

 たとえるならば、ホラー映画のクライマックスが終わってめでたしめでたし……、と思っていたら最後のドッキリが仕組まれていたという、そんな感じ。


 まず思った事は、

(うわっすっげえ可愛い娘!)

 だった。


 ひと目で心奪こころうばわれた勇輝だったが、その『美少女』の正体に気付くとたちまち表情を凍らせてしまう。

 ランベルトが包まれているツルツルのプラスチックカバー(?)の表面に、紅い眼をした美少女がうつりこんでいる。


 勇輝がうつっているはずのそこに、彼女はうつっているのだ。


 彼女の紅の瞳はまるで宝石のように美しかった。

 次に目にとまったのは背中までのびたサラサラの金髪。

 そして肌は透き通るように白く、ニキビどころかホクロさえもなさそう。

 まさに絵本から飛び出してきたお姫様のような美少女ぶりだ。

 しかしせっかくの美貌びぼうも、いささかセンスのない服装によって大きく魅力をそこなっていた。


 少女はなぜか勇輝とを着ている。


 彼女は引きつった表情で勇輝を見つめていた。

 まるで鏡にうつった自分の姿を見るかのように。


(おい、アンタ何をそんなにおどろいているんだい、どうしてそんな所に居るんだい)


 すさまじく不吉な想像が勇輝の脳裏をよぎる。

 だがそんな馬鹿な。

 認められない。

 認めたくない。

 極度の不安を胸にひそませつつ、鏡面のようにツルツルとした保護壁に手を当ててみる。


 目の前の美少女の手が、ピッタリと重なり合った。


 ああ、なんて繊細せんさいな指先だろう。

 なんでそんなものが『自分の手に生えている』のだろう。


「……ねえ、ランベルトさん」

「はい?」

「俺の姿を見て、どう思う?」


 質問しながら勇輝は、妖怪口裂け女の気持ちが少し分かったような気がした。

 暗い夜道で待ちぶせして『ねえ、私ってキレイ?』と聞いてくるという、アレだ。


「どうって」


 鷹の操縦に専念していたランベルトは、勇輝の顔をまじまじと見つめて、こう言った。


「とてもお綺麗ですよ」

「ノオオオオオオーッ!」


 ガッタン、ゴットン! 


 勇輝はパニックを起こしてランベルトをケースごと揺らし始めた。


「ちょ、ちょっとやめてください!」

「なんなんだ、これはいったいどういうことだああ!」

「危ないです! 墜落ついらくしちゃいますから、とにかく落ち着いて!」

「そりゃ俺だって美人は好きだ! でもこういう意味じゃねえんだよお!」

「う、うわーっ!」


 二人を乗せた銀色の鷹が右に左にフラフラゆれる。

 まるで酔っ払い運転だ。


「俺どうすりゃいいんだよ、これじゃ家に帰れないじゃん!」


 ガタン、ゴトン、ドスン!


 一人でわけの分からない事を叫びながら暴れる勇輝。

 ガタガタゆすられるランベルトこそいい災難であった。

 まさか救助した少女から暴行をうけるとは思わなかっただろう。


「う、うわ、うわぁ! いい子だからやめてください、本当に墜落ついらくします!」

「女あつかいするなー!」

「落ちる、落ちるーッ!」


 結局、このバカ騒ぎは勇輝が疲れはてるまで続いた。

 その間ついに墜落する事なく空を飛び続けたランベルトの技量は賞賛しょうさんあたいするだろう。

 彼の技術がほんのわずかでも未熟であったなら、二人仲良くあの世行きだったに違いない。


 少し気分を落ち着けた勇輝は、まだ荒い呼吸を整えながら自分の股間を確認する。

 …………。 

 その喪失感そうしつかんにガクリとひざをついた。


「は、はは、俺いったいどうなっちまったんだろう……?」


 ここはどこ?

 わたしはだれ? 


 このセリフは記憶喪失になった者がつかう言葉のはずだ。

 だが今の勇輝にこれ以上ふさわしいセリフがあるだろうか。

 自分がどこにいるのか分からない。

 何でこんな姿になってしまったのかも分からない。


 相沢勇輝、十五歳。

 公立高校に通うごく平凡な男子高校生。

 彼はこうして突然、見知らぬ世界で絶世の美少女になってしまったのだった

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