第5話 大空に舞う

 巨大な生首はドスン! と地面を振動させながら地面をころがり、やがて草原の上に止まった。


「な、な、な……」


 あの首があと数メートル近くに落ちていたら、勇輝たちはきっと死んでいた。

 危ないところを金髪の彼に助けてもらったのだ。


――ハアーッ……! ハアーッ……!


「ヒッ!」


 ギラギラと底光りする眼光に射すくめられて、勇輝は小さく悲鳴を上げてしまう。

 巨大な灰色狼は首だけになってもまだ息があった。

 切断された傷口から黒い霧のようなものが大量にあふれ出ている。

 よくは分からないがおそらくこの狼はもう終わりだろうという雰囲気。

 だがそんな状態にもかかわらず、獣は怒りと敵意の視線をこちらに向けていた。


 その凄まじいほどの殺気に、勇輝は全身のふるえをおさえ切れない。

 だが、そこまでだった。

 凶獣の首をはねた騎士がとどめを刺しにやってきたのだ。


『しつこいんだよ、この犬畜生が!』


 巨大な長剣の切っ先が狼のこめかみに突き刺さった。

 狼は断末魔だんまつまの悲鳴をあげながら、まるで煙のように風にとけて消えていく。


『ランベルト、テメエ女と乳繰ちちくり合っている場合じゃねえだろ!』


 四本足の騎士から怒鳴り声が飛んでくる。


『邪魔だからとっとと行っちまえ!』

「……了解!」


 ランベルトと呼ばれた美形さんは、変態呼ばわりされて一瞬ムッと不快感をあらわにした。

 だがそれでも命令に従って身を起こし、そして勇輝を抱え上げる。


 いわゆるお姫様だっこだ。


「ちょ、ちょっとっ」

「今は身の安全を優先して下さい!」


 勇輝の苦情を一喝すると、ランベルトという青年は勇輝を軽々と抱きかかえたまま銀色のたかに飛び乗った。

 細身なのにたいした腕力だ。

 彼は六十キロ強もある勇輝の身体を、まるで女の子でも抱えるように軽々と運んでしまったのである。


 鷹の内部はひどく狭くて、そして薄暗かった。

 せまい空間内にシングルベッドほどの箱が立てかけられている。

 だがベッドと違う所は、それには人型のくぼみがポッカリあいている点だ。

 ランベルトはそのくぼみの中に自らの身体をはめ込んだ。


「あなたはどこかにつかまっていて下さい。れますから、できるだけしっかりと」


 そう一方的に言い聞かせると、彼は眼をつぶってなにやら呪文のようにつぶやき始めた。


「機体状況確認、良好。総魔力残量、確認。保護壁を展開」


 彼の言葉に反応したのか、穴あきベッドの表面が透明なまくによっておおわれる。

 その姿はまるでアニメショップで販売されているキャラクターフィギュアだ。


「同調開始、思考ノイズ修正、同調率、十、二十、三十……」


 ランベルトの数える数字が増えるとともに、せまい空間内のいたるところが光り始めた。その光は線を結び、見た事もない図形や文字を描いてゆく。


 大きな十字架。

 十字架のまわりをぐるりとかこむ長い文章。文字はまったく初めてみる種類のものだ。

 円と直線を組み合わせた魔法円のような図形。

 それらの隙間すきまを埋めつくすかのように散りばめられた、無数の記号。


 これらが一体どのような意味を持つのか、それは分からない。

 だが明滅をくり返す光の数々は、まるで生物の身体が脈打みゃくうつかのような活力に満ちていた。


「水晶スクリーン、展開」

「うおっ?」


 突然視界がまぶしくなったので勇輝はおどろいた。

 壁や天井、そして床までがすっかり完璧に透明になり、外の光景が見えるようになる。

 自分が宙に浮いているかのような光景に彼はとまどい、そして興奮を覚えた。


「では行きますよ!」


 目の前の光景に心を奪われていた勇輝は、一瞬反応が遅れる。


「え、行くってな――」


 なに、と言い終わるよりも早く、勇輝の全身にすさまじい重圧が襲いかかった。


「ぐ、うぁ……っ!」 


 たまらず、見えない床に手とひざをついて四つんばいになる。

 それでも重圧は楽にならない。

 全身の血液が地の底にでも引っ張られているみたいな苦しみ。


「大丈夫ですか! もう少しだけ頑張って!」


 すぐ近くに居るはずのランベルトの声がやけに遠く聞こえる。

 目がチカチカする。思考がさだまらない。

 意識を失いかけている証拠だ。

 数秒の後、ようやく重圧から開放された勇輝は、苦しそうに息をはいた。


「ぶはっ、はあ、はあ、死ぬかと思った……」


 激しく息を切らせていた勇輝は、気を抜いたその瞬間、反対に息を詰まらせる事になる。


 彼らは空を飛んでいた。


 床も壁も透明になっているため、まるで彼ら自身が大空を飛んでいるかのような錯覚におちいる。

 目の前には果てしなく広がる大空。

 まばゆい陽光に照らされて、雲さえも輝くように美しい。

 大地を見下ろせば緑豊かな草原が広がり、その一角で先ほどの騎士と狼の戦いが繰り広げられている。

 地上の闘いは、今まさに終幕をむかえようとしていた。


――ギャオオオオオン! 


 最後の一匹の横腹に騎士の槍が突き刺さる。

 狼は大きく首をそらせ、断末魔の苦痛にうめきながら黒い霧となって飛び散った。


『オオオオー!』


 敵を全滅させた半人半馬の騎士たちは、それぞれの武器をたからかにかかげて勝どきを上げた。

 陽光が彼らを照らし、全身鎧をまぶしく輝かせる。

 その様はいかにも勇ましく、そして格好よかった。

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