第2話 突撃、お前が晩御飯!

《えらい人や金持ちになんてならんでもええ。

 人として正しく生きれ。

 だれに対してもまっすぐ顔向けできるように、素直に正直に生きれ》


 幼い頃から、そう言われて育てられてきた少年だった。


 物心もつかない頃に一家全員で交通事故にあい、彼はその時に両親を亡くした。

 母に抱きしめられていたおかげで運良く生き残った勇輝ゆうきは父方の祖母に引き取られ、二人きりで十数年間暮らしてきたのだ。


 祖母は厳格な人だったが、曲がったことが大嫌いで弱い者に親切な、優しい人でもあった。

 勇輝はそんな祖母が大好きで、反抗期をむかえることもなく毎日そばにいて肩をもんでやったり、家事を手伝ったりもしていた。

 貧しくゆとりの無い生活ではあったが、それでも祖母との暮らしは勇輝にとって幸福と安らぎに満ちたものだった。


 だがその祖母も今年の春、九十歳で死んだ。


 病死ではあったが、これだけ生きれば寿命みたいなものだろうと近所の人たちが言っていた。確かにそうかもしれない。

 そういった事情で相沢勇輝あいざわゆうきは、十五歳という若さで天涯孤独てんがいこどくの身となった。


 祖母の残した財産はほんのわずかなたくわえと築ウン十年の古びた一軒家のみ。

 たちまち生活にこまった勇輝は週に六日、コンビニでアルバイトをする苦学生となった。


 毎日食べるものは廃棄処分のコンビニ弁当。

 趣味は友人からゆずってもらった骨董品こっとうひんレベルの携帯ゲーム機で、与えられたゲームをプレイしたり動画を視聴すること。


 誰にも頼れない生活は苦しく、またさびしいものだ。

 だがそれでも勇輝は非行に走ることもなく、平凡といえる範囲での生活をつづけていた。


「きっとばあちゃんは俺のことを空から見ている」


 空に向かってそうつぶやくと、勇輝の心は自然と不平や不満から開放される。

 自分は決して一人ではない、いつだって家族が見守ってくれているのだ。

 みきった空を見上げていると、そう信じることができるのだ。


「ばあちゃん大丈夫だって……、俺はちゃんとやっているから……、うーん?」


 今、勇輝はまぶしい太陽の下で目をさましたところだった。


(なんだ、夢だったのか)


 ひさしぶりに祖母の夢を見た。

 他にもなにか見たような気がする。

 もうおぼえていない。夢なんてそんなものだ。


(今日は空がきれいだなあ)


 目にしみるほど鮮あざやかな青空が目の前いっぱいに広がっている。

 背中や手に感じるのは、ザラザラした土と雑草の感触。

 どうやら彼は原っぱの上に寝ころんで昼寝していたらしい。


 目覚めたばかりのボーっとした思考回路で、勇輝は疑問を抱く。


(はて、俺はどうしてこんなところで昼寝していたんだろう)


 太陽は天頂でまぶしく輝いている。

 本来なら学校にいなければいけない時間のはずだが?


(おかしいなあ、どうして俺はこんな所に?)


 頭や首をボリボリとかきながら、勇輝は身をおこす。

 目の前には、見渡す限りの大草原が広がっていた。


「…………はっ?」


 勇輝はおのれの目をうたがった。

 信じられない光景がそこに広がっている。


 小高こだかい丘の上に彼はすわっていた。

 立ち上がって眼下に見下ろす景色はどこまでも緑一色。

 無限にも感じられるほど広大な草原。

 たいへん美しい景色ではあるが、しかし???


(どこだここは、どうしてこんな場所に?)


 どう考えても勇輝が住んでいる町ではない。

 というより日本にこんな大草原などあるだろうか。

 少なくとも勇輝が知る範囲内には存在しない。


(俺はまだ夢を見ているのか?)


 ぼう然と立ち尽くす彼。

 その周囲が突然暗くなった。


(ん、雲の影かな?)


 何か大きなものが日光をさえぎっている。

 影のサイズからさっするに、見上げるほど大きな何かだ。


 勇輝はなにげなく振り返り、そしてたまらず悲鳴を上げた。


「おわあぁっ!?」


 目の前に、巨大な猛獣の顔があった。

 ぞうよりももっと大きなおおかみ、あるいは狼に似た別の巨大生物。

 恐竜のように巨大な顔。

 市営バスにも匹敵ひってきするほど太くたくましい胴体。

 丸太のように太い四本足。

 それら全てを闇灰色あんかいしょくの剛毛に包んだ巨獣が、勇輝の顔をにらんでいた。


「な、な……」


 あまりの事態に言葉も出ない。

 いっぽう気づかれた事をさっした巨狼は、目の前の小さな獲物にむかってうなり声をあげた。


――グルルルル……!


 勇輝はあまりの恐ろしさに凍りついた。

 助けを呼ぶどころか目をそらす事すらできない。

 巨大な狼はそんな勇輝の姿をすさまじい形相ぎょうそうでにらみ続けている。


 その眼は血走り、憤怒ふんぬの炎が燃え盛っていた。

 うなり声からは激しい敵意が感じられる。

 口は憎悪にゆがみ、歯ぎしりする凶悪な牙は宿敵をみ砕く瞬間を待ちかねているかのよう。

 敵意をむき出しにした口元からダラリとよだれが垂たれた。猛毒を連想させるひどい臭気がひろがる。


(こ、こいつ、ものすごく怒っている)


 歯の根がかみあわぬほどふるえながら、勇輝は相手の態度を奇妙に思った。


(どうしてそんなに俺をにらむんだ、なにか怒らせるような事をしたか?)


 困惑する勇輝をよそに、化け物はその巨大なアゴを天にむけ、大地がふるえるほどの遠吠とおぼえを発した。


――グオオオオオオーン!


「う、うわあああっ」


 迫力に押されて後退あとずさりした勇輝は、あやまって足をすべらせ丘の上からころげ落ちた。


 ゴロンゴロンゴロン……ドサッ!


 不幸中の幸いか、生い茂る草花がクッションになってケガはない。

 だがころげ落ちたその場で、彼はさらなる不幸にみまわれた。


「いててて……ゲッ!?」


 ひっくり返ったままの姿の勇輝。

 天地が逆さまになった見づらい視界で、世にも恐ろしい光景を目撃してしまう。


 なんと草原の向こうからさらに五匹、全く同じ巨大な灰色狼がヨダレをたらして駆けて来る! 

 さっきの遠吠えは仲間を呼ぶ合図だったのだ!


 たかが人間一人に、あまりに過剰かじょうすぎる頭数だった。

 仲良く六等分なんかしたら、腹の足たしにならないだろう。

 だが獣たちはそんな事を全然気にしないらしい。

 六匹の巨獣は素早く勇輝を取りかこむと、血走る両目で勇輝をにらみつけてきた。


(な、何がなんだかわからねえ、わからねえけど、俺の人生終わった!)


 十二個の眼球から発せられる獰猛どうもうな殺意にたえかねて、勇輝は観念した。


(ああ死ぬ、マジで死ぬ。

 こんな天然記念物的な怪獣のエサになるのか。

 童貞のまま、キスした事も無いのに死んじまうのか。

 まだ観ていないアニメがたくさんあるのにこの世を去るのか。

 無念、あまりにも無念!)


――グオオオオーッ!


 巨獣の一匹が大きな口を開いて勇輝の身にせまる。

 その様子がやけにゆっくりとしたスローモーションで見えた。


(この口が閉じられる頃、俺はもう死んでいるんだな。

 ううっ痛いのはイヤだー!)


 鋭い牙がジワジワと迫ってくる。

 その光景が恐ろしくて勇輝は目をそらす。


 ……その時だった。


 ビュン、という重い風切音かぜきりおん

 空を飛んできた棒状の物体が巨獣の眉間みけんに突き刺さった。


――ギャウン!


 巨獣はその痛みにひるんで思わず首を引っ込めてしまう。

 そして次の瞬間、巨獣の頭は傷口から強烈な閃光をはなち大爆発を起こした!


「どわぁーっ!?」


 至近距離にいた勇輝は突然の爆風に吹き飛ばされ、マヌケな悲鳴を上げながら地面をゴロゴロと転がる。


「あいたたた……、今度はなんだよ一体!」


 ドロまみれになった勇輝が文句を言いながら上半身を起こした時、つい先ほどまでそこにいたはずの巨獣は、跡形あとかたもなく消滅していた。

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