第1話 俺がおっぱいを護衛(まも)らねばならぬという事だ
今、自分は夢を見ているらしい。
勇輝はそれに気が付いていた。
最寄り駅から徒歩90秒の場所にあるコンビニエンスストアー、そこが勇輝がバイトしている職場だ。
勇輝はレジで店番をしている最中であった。
(あー、早く終わらねえかなあ)
嫌な客にあいそ笑いを浮かべるのも苦痛だが、このようにボーっと突っ立っているのも退屈である。
同じ一秒のはずなのに、寝ている時や遊んでいる時の一秒とはくらべ物にならないほどゆっくり、ゆっくりと時計の秒針は回っている。
(家に帰ったらロボットアニメの続きを観よう。宿題はあったっけ……?)
思考回路にもやがかかっているような気分だ、考えがまとまらない。
(ヒマだ……、目ぇつぶってたら早く終わらねえかな……)
そんなふうに考えて、冗談まじりに目を閉じてみる。
すると、退屈なバイトは本当に一瞬で終わっていた。
(ああ、夢だもんな……)
勇輝はいつもどおりの道を歩いて帰るところだった。
家は駅の反対側。
カンカンカンカンカン……!
タイミング悪く、勇輝がわたろうとするよりも早く
(あちゃ……)
あきらめて勇輝は
どうせ何分も待つわけではない。
ちょっとボーっとしていれば終わる時間だ。
しかし横断歩道の反対側に、どうやらその数分すら待てない人物がいるようだ。
風俗嬢系のハデな服を着た女性が
(うわーこういうのがいると電車止まっちゃうんだよなー)
勇輝は顔をしかめたが、走る女の姿がセクシーだったので、
巨乳が、ゆ、
スイカのように大きな甘い果実が、ブルンブルン激しく、
しかも
あまりにも短かすぎるスカートからはムッチリ、いやプルン、それともポヨン? とにかく質感あふれる太ももが大きくあらわになっていた。
(み……
さすがに奥までは見えない、そこは残念だが『見えそうで見えない』というのも勇輝的にはアリだ!
女はカンカンカンカン鳴り響く中、ハイヒールを鳴らして走り続けた。
カンカンカンカン……!
カツカツカツカツ……!
勇輝はその様子を凝視し続けた。
なんの様子かって?
もちろんおっぱいと太ももの様子だ!
カンカンカンカン……!
カツカツカツカツ……!
渡りきるまであとわずかというところで、女が悲鳴を上げた。
「アッ!?」
細いヒールが線路に引っかかったのだ。
女は警告音が鳴り響く踏切の内側で、派手に転倒した。
カンカンカンカン……!
反射的に左右の線路を確認した。
電車がきている!
ちょうど女が倒れているコースに!
カンカンカンカン……!
勇輝は飛び出した。ほんの数秒で女のもとにたどり着く。
「立って!」
腕を乱暴に引いた。
「痛ッ! 足、あし……!」
「なんでヒールなんかはいてんだよ!!」
勇輝は女の身体を乱暴につかんで立たせる。
生まれてはじめて抱きかかえた女の身体。
数十キロの物体である、かなり重いと感じた。
カンカンカンカン……!
目の前に、巨大な電車が来ていた。
ギギギギギギギィィィィィーッ!!
とんでもなく
だが十分すぎるほど速いスピードで
(あ、これもう……)
勇輝はありったけの力を込めて、女を安全なほうへ突き飛ばした。
次の瞬間、勇輝の精神は空を飛んでいた。
高く、高く、どこまでも高い所へと心が飛んでゆく。
ついには空を突きぬけ、宇宙にまでたどりつく。
それでもなお勇輝の魂は高い場所へと昇り続けた。
「私の声が聞こえますか?」
再び意識を取り戻した時、目の前にいたのはすごい美人だった。
紅い眼をした、金髪の美女。
「私の姿が見えますか?」
美女は生真面目な表情でこちらを見つめている。
「私の心が感じられますか?」
「私の口で
私の手で触れますか?
私の命で動けますか?」
勇輝はアウアウと口を動かした。
なぜか口の動きが悪い、まるで話しかたを忘れてしまったかのようだ。
「あなたは、自分の名を言えますか?」
「……アー、あい、ざーぁ、うーき……」
乳児のようなたどたどしさで、ようやくそれだけ口にする。
「あなたは、自分の言葉を口に出来ますか?」
「ことぉ、うぁ?」
なにやら難しいことを要求されたような気がして、ためらう。
「あなたを支える言葉を、あなたを作った言葉を、あなたが目指している言葉を、あなたに与えられた言葉を、あなたが伝えたい言葉を……」
彼女の声に耳をかたむけているうちに、自然と祖母の口癖が浮かび上がってきた。
《偉い人や金持ちになんて成らんでもええ、人として正しく生きれ。
誰に対してもまっすぐ顔向けできるように、素直に正直に生きれ》
「ヴぁーちゃんの、ぅちぃ、ぐせ……」
「お祖母さんの言葉?」
「ばあ、ちゃんの……」
「それがあなたにとっての
「正しく……、
「その先に苦難が待ち受けていても?」
「目をそらさずに……」
「もうすぐ絶望と恐怖がやって来るわ」
「それでも、人として、俺は」
「また死ぬかもしれない」
「逃げ出したら、もう空を見れない」
「死ぬよりひどい目にあうかもしれない」
「それでも俺は、俺は」
まぶしく輝く光にむかって、勇輝は拳を突き出す。
「それでも俺は、空の青さを裏切れない!」
……ふと気がついた時、勇輝はすばらしく美しい青空を見上げていた。
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