麦畑

ウナーゴン

20080927

 壊れかけた、でもおそらく使われているであろう倉庫を正面に眺め、「あぁいかにも東洋的だ」などと妙な感心をする。


 車道から横道に少し入った、埃っぽい住宅街。


 草が生え放題の空き地を過ぎ、ボロい倉庫を突きあたって右に進む。



 しばらく行くと、今度は、富裕層の住宅が広がる、水辺の美しい地区が姿をあらわした。僕らは車を降り、まばらに建つ家々の間を散策することにした。

 

 浅い池が段々に設けられており、綺麗に舗装された薄オレンジ色の小道の脇を、せせらぎが小さな音を立てて流れている。人の背丈ほどもある巨きな水芭蕉のような植物が、そこここに植わっている。この植物は何という名前なのだろう。手入れされた自然の美しさというものに感じ入りつつ、僕は歩を進めた。


 家はどれも、ほぼ全面がガラス張りになっている。そして、小道に面した六角形の部屋の窓際(というか壁際)には、高さ1メートルもあろうかという大きさの、壺やら彫像やら、その他よくわからないモニュメントが、ずらりと並べられている。一軒だけがそうなのかと思いきや、どの家でも同様であった。さらに、部屋の奥をのぞくと、ソファやテーブルなどに混じって、これまた置物の類がたくさん置かれていた。


 「ここに住む人たちは、家具に占める置物の割合が相対的に高いんだね」というような会話をした。おそらく、「隠すよりも見せることに価値を見いだす住民である」ということ以上に、置物を大切にする何らかの理由があるのかもしれない。


 ぶらぶらと散歩するうち、ある一軒の建物の前で、僕らは立ち止まった。


 ガラスの奥には、小部屋ほどの空間があり、めずらしいことに不透明で白っぽい壁が、さらに背後の空間とを仕切っている。そこには、壺も彫像も一切なく、替わりに、ぼんやりと黄金色に光りかがやく小さな小さな麦の穂が、見えない風に吹かれてでもいるのか、わずかにその身を揺らしながら、一面の畑となって広がっていた。


 ふと見ると、ガラス壁の一枚に、高さ1メートルくらいの小さな透明の扉が設けられている。通りに面した位置に扉があるということは、おそらく、通行人が中に入って遊べるように、という趣向なのだろう。


「入ってみよう」

と兄さんが言った。

 

 僕はあたりを見まわした。そういえば車を降りてから、一度も人の姿を見ていない気がする。

 

 扉の閉まるかすかな音に振り向くと、彼が麦畑の部屋に入ったところだった。その瞬間、僕は信じられない光景を目にした。

 

 指くらいの高さだと思っていた麦の穂を、兄さんが、進んでいる。彼の身長が縮んで小人になってしまったのか、それとも、不可思議な遠近法の応用か何かなのだろうか。

 

 目を凝らすと、実は、背後の壁は曇り空のようであり、黄金色の麦畑は地平線に向かって続いているようであった。

 

 これは何者かの罠なのではないか。そう感じた僕は、彼を呼び戻そうと叫んだ。


「兄さん!」


 次の瞬間、転んだのだろうか、彼はゆらめく黄金色の海に飲まれた。



 彼はそのまま姿を消した。


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