第2話 白銀にのせて
彼に気持ちを伝えてから1週間経った。つまり、あのやりとりからも1週間。お互いの関係はおもしろいほど変わっておらず、関係性が崩壊してしまうのでは・・・と恐れていたのはただの杞憂だった。しかし、彼に彼女ができてしまうまでに、自分は本当に何も行動しなくて後悔しないのか。そればかりが頭を占めていた。
仕事終わり、文房具店に立ち寄った。季節の花々が描かれたものからシンプルなものまで。便箋をこんなにも真面目に選ぼうとしたことはない。口頭で想いを伝えたい気持ちがあったが、緊張で支離滅裂になり、言いたいことをすべて言えずに終わる気がして、手紙を書くことにしたのだ。
私は上から下まで品物を見て、白地に銀色の模様がうっすらと入った和風の便箋を買った。お揃いの薄い上品な封筒も買った。
帰宅してボールペン片手にテーブルに向かった。この1週間で何を書くか、スマホのメモに書き出し、何度も訂正をしてきた。その文面をもう1度読み直し、訂正し、いよいよ紙にペンを走らせた。
『好きになってもう2年が経とうとしています。仲のいい関係が居心地よく、ずるずるとここまで来てしまいました。最初は同僚として少し仲良くなれれば、というだけでした。しかし、連絡が増え、一緒に帰ることが増えていくにしたがって、いずれ彼女ができてしまうという結論が変わらないのであれば、最も信頼のおける友人として傍にいて、それまで幸せを感じたい。彼女ができたら潔く消えよう。そう思うことにしました。途中、自分で決めたのにも関わらず、好きな人の話を聞くことが苦痛で、嫌いになって離れようとしました。けど無理でした。先日、何でもお願いを聞いてくれると言ってくれた時、「気持ちがなくてもできるなら、1度だけ・・・」とも正直思いました。しかし、この関係が壊れることの方が耐えられず、今まで通りの関係を続けることをお願いしました。結果、それでよかったと今心の底から思います。お願いを聞いてくれて、ありがとうございました。彼女ができて幸せな姿を見ることが、私にとっても幸せなことです。早く付き合えますように。でも、もう少しだけ好きでいさせてください。』
誤字脱字を一切することなく書ききると、丁寧に折り畳み、封筒へ入れた。これでいい。私から体の関係を提案することなど、全く失礼なことである。ただ、そういう願いを持つほど好きだったということだけは伝えようと思った。
翌日、私と彼は最近よくやるように、近くの公園を散歩してから駅へと向かった。私は買い物があったこともあり、商業施設と改札の間に来ると彼に言った。
「今日は買わなくちゃいけないものがあるから、ここで!」
「あ、そうなんだ。いいよ、付き合うけど?」
「ううん、なんだかんだ散歩で遅くなっちゃったし。」
「そう?わかった。」
「それとさ、明日復縁の話すると思うけど、ちゃんと承諾するんだよ?」
「んー、たしかに好きではあるけど、数年ぶりだから昔みたいな気持ちに戻らないとっていうこともあるからなあ・・・まあ、前向きには考えてるよ!」
「ならよかった!ちゃんと話進めてきてよね。それと・・・」
私は鞄から封筒を取り出した。
「これ。色々自由にものを言えるのも最後かもしれないと思って。本当は直接言おうと思ったけど、絶対ちゃんと話せないと思ったから手紙に書いてきたの。家では読まないで。途中駅とかで読んで、ゴミ箱に捨てて?」
「え?!別に口頭で言ってくれてよかったのに。」
「無理無理、話長いし、人前で話せないようなことも書いてあるから。」
「わかった。もしかしたら家で読むかもだけど・・・」
「それは本当困る!もしそうなら、シュレッダーにかけるか、ハサミで粉々にしてから捨ててよね?」
「はいはい、じゃあまた来週ね?」
「うん、ありがと。」
私は彼に手を振って反対側へと歩いて行った。これで彼がどう出てくるかは未知だ。明日は復縁予定の彼女と直接会って、お互い結婚を考えながら付き合えるのかの話をするわけだから、そっちに気が向いているはずなので、そこまで深く考えずに捨てるかもしれない。でも、もし、「1度だけ・・・」の部分の意図に気づいたら・・・?
その夜は気が気ではなかった。しかし、思ったよりも早く21時前に彼から連絡が来た。
「手紙読んだよ、ありがとう!こんなにも思ってくれてて、本当に嬉しい。それで、本当にいいの?このままで?俺は手紙に書いてあったお願いも聞いてあげるつもりだよ?」
私はその文面を見て唖然とした。つまり、彼は付き合うことが秒読みな人がいて、私を恋愛対象として思っていないくせに、私とセックスできるというのだ。たしかに男性は人によって「好きでなくても、ある程度見た目が許せればできる」というから当然なのかもしれない。所詮、彼もラッキーと思っており、少しつまみ食いしておくか程度に思っているのかもしれない。「片思いの相手と1回だけ」という、なんともロマンチックな展開だ。けれど現実だけを切り取れば、1回だとしても所謂セフレになるということである。私は数秒間逡巡し、返事を返した。
「正直、ラッキーと思ってるんだろうなとは思う。それでもやっぱりしないで後悔はしたくない。あとですごく苦しむかもしれない。だけど、抱いてほしいです。」
すぐに返事が来た。
「ラッキーと思ってないかと言われたら、たしかに嘘になる。けど、少しでも気持ちがない相手とはできない。こんなにも自分を思ってくれて、ここまで仲良くなければお願いは叶えなかったと思う。分かった、女性がここまで言うのは相当の覚悟があるからだろうし。今度日程とか決めよう?」
やはり私は馬鹿みたいだ。甘さを皆無にすれば、ただ1回だけ都合のいい女として抱かれるだけ。なのに彼の優しさを真に受けて、彼に抱かれることに心浮き立たせている。彼の優しいまなざし、厚い胸板、たくましい背中と腕、少し高い声。全てが一瞬だけ自分のものになる。
この代償は必ず高くつくだろう。絶頂の幸せを感じた翌日、私は屍のようになり、長い長い地獄を一人で歩き続けることは明白だった。
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