さよならの合図はアジサイの季節に
みなづきあまね
第1話 純白に黒点
まだ初夏なのに、30度近い日が増えた。着々と夏の気配を感じる。つい先日、心を揺さぶられるよくない出来事があった。かれこれ数年仲良くしている同僚が、過去の彼女ともう一度付き合うということだ。彼は年上でもあるため、結婚を意識して付き合うという。彼の「よき理解者」として傍にいる私にはどうしようもない。
数年前、私は彼を急に好きになってしまった。きっかけなどない。その日から世の中の色がすべて見違えるようになり、彼の言葉や動きにすべてを奪われた。最初はそこまで仲が良かったわけではなかった。仕事もかぶらず、同じ部屋にいる一人の同僚。そんな立ち位置だった。彼は私がどう思っているのか気にもせず、私がこっそり彼を眺めているだなんて、これっぽっちも考えたことはなかったと思う。
それから彼が私と同じ時間に帰ることがあり、話をしていく中で距離が縮まった。職場の出口で一緒になることが増え、事務的用件だとしてもLINEで連絡を取ることが始まり、少し雑談もするようになった。あとから聞いた話だが、彼はこの頃の帰るタイミングは「必ずしも偶然ではなかった」と言っていた。私に対して恋愛感情がないぶん皮肉な話だが、彼は私と話すことが息抜きだったり、人として私を頼りにしてくれていたのは間違いなかった。
そしてお互いが偶然を装うのをやめた。定時を過ぎるとどちらからでもなくいつ帰れるか連絡し、廊下や出口で待ち合わせるようになった。1週間に1回だったのが、2回、3回と増え、今ではほぼ毎日。あまりにも頻度が多すぎて、同僚に怪しまれるのではないかと、最近では会社から離れた場所で待ち合わせることもある。これだけ聞けば、まるで社内恋愛や不倫をしている男女の関係に思えるだろう。しかしそんな関係は成立しない。気持ちが高ぶっているのは私だけだから。
「明日相手と話をしてくる。どうなるか全然分からなくて心配だけど・・・。」
彼は駅で別れたあと、話の続きを連絡してきた。私の心は限界だった。ここ1か月、復縁の話をしてきた。最初はあまりに衝撃的で、鈍器で後頭部を殴られたようだった。その一方で、自分の好きな人の幸せを願うことが人としてまっとうなことだとも考えている。だからこそ無理に笑顔を作り、話を聞いて、彼がうまくいくように背中を押した。けれど、心がはちきれそうだった。この先はもうない。だったらずっと想いを隠して血の涙を心で流すより、吐き出してしまえば楽かもしれない。
自分が想いを彼に伝えても、結果がNOは変わらないのだ。彼は彼女が好きで、そのうち付き合う。想いが表に出て唯一困るのは、この関係性が崩れて彼の傍にさえいられなくなることだ。それだけが私の喉をしつこくふさいでいた。しかし、私はスマホの画面を数秒眺めたあと、彼にすべてを話した。
「もし明日、復縁の話が出たら受けて欲しい。私の為にも。もう好きな人が好きな人の話をしているのを、澄まして聞けなくなりました。自分の立場は理解しています。だからこの関係が壊れることが一番怖い。」
彼からはすぐに返事が来た。
「うん、わかった。最近少し予感はしてたけど・・・それはそうだよね、ずっと我慢させててごめん。自分も今の関係が壊れるのは嫌だ。仲の良いままではいたい。」
普通ならここで「なんと虫のいい奴」と思うのかもしれない。でも私は本当にそれでもよかった。彼の隣に恋人としていられなくても、彼の理解者として傍にいて、これからも一緒に帰ったり、連絡したり、ご飯を食べに行ったり。彼女の話を聞いて辛くなることは間違いない。それでも傍にいられることが一番重要だった。
「何か聞けることがあるなら聞くよ?」
「付き合うまで今まで通りでいて下さい。付き合った後は、どうしても一緒に帰ることや連絡も、今よりは頻繁にはできないと思うんです。だからこそ、それまでは普通でいて欲しい。」
「そんなことでいいの?手つないだり、抱きつかせてとか言うのかと思った。」
「そんな節操のないこと言いませんよ!」
彼のやりとりの様子から、想いを伝えたからといって関係が崩れる心配はもうないと分かった。そのことにほっとした反面、彼が急に提案してきたことに私は魔がさしていた。なんでも願いを叶えてくれるなら・・・
1日だけ女として見て欲しい。
その言葉が頭に浮かんだ。
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