第3話

警察は着々と捜査を進めていた。

司法解剖の結果、信哉の体内から睡眠薬が検出された。

ただ睡眠薬の過剰摂取が死因ではない。

死因は初動捜査の段階での見込み通り一酸化炭素中毒による窒息死だった。

この情報から睡眠薬で眠ることで苦しむことなく窒息死したと考えることができる。

ただこれでは自他どちらの線も消えない。

苦しまないで死ぬために自分で、という可能性もあるし抵抗されないために、という可能性もある。



信哉のクラスでは何事もなく、授業が進んでいたように見えた。

誰も座ることのない机がずっと教室の端ではなく真ん中に置いてあった。

その誰も座らない机がクラスに影響を与えていたのだ。

担任としては信哉を含めてクラスであって信哉という存在を意識してほしいという思いで空の机がずっと教室にあったが、それは逆効果だったようだ。



保護者たちが信哉の件を聞き付けて学校や教育委員会に対して動きを起こした。

極端に言えばデモみたいなものだ。

学校側が把握していないなんて言語道断ではないかと一部の保護者に火を付けてしまったらしい。

子供たちを日中のみと言えども学校は預かっているので学校の中での集団行動で過ごしづらければそれに対して学校は行動をする義務がある。

そういう信念のもとで彼らは学校に乗り込んで来た。


若手の教師が帰ってもらうように説得に乗り出すが、効果は虚しかった。

続いて保護者と同年代くらいの教師たちが向かうが、結果は同じで遂には校長が説得に向かった。

保護者側は学校の責任者と話がしたいということだったので校長が向かったのは懸命な判断だったのかもしれない。

両者の間にどんな会話があったのか、五分もすると彼らは帰っていった。



“スプーン曲げ”と“青色発光ダイオード”の共通点を警察は探していた。

共通点を考えている中でこれらを構成している物質が関係しているのではないかという意見が出た。

確かに信哉は化学好きだという情報もあるな、とその場を取り仕切っている捜査員が言った。

そして一番若い部下に調べるように指示を出した。



信哉のクラスの一部の人はネット記事の情報から彼を知っているからこそ分かる情報みたいなものがないだろうかと記事を読み漁っていた。

さすがにクラスの全員が人間性を失っているわけではない。

信哉のために出来ることは何でもしよう、と根が優しい人もちゃんといるのだ。



動き出したのは子供たちだけではない。

教師陣も頭と情報をフルに使って信哉のために動いていた。

校長や教頭から指示は一切なく、職務の中には入らないので勤務時間外でコツコツとやっていた。


部屋に遺されたメモの取っ掛かりを見出だすのは大人の方が早かった。

さすがに知識勝負であれば大人が中学生に容易に負けてはならない。



“警部、被害者や被害者家族のものではない毛髪が部屋から発見されました”



行動力がある保護者たちは校長を貶めたいという一心で信哉の件を調べていた。

調べるとは言ってもネット記事を読み漁って憶測だけで考察するだけだ。

信憑性が高いものから低いものまで取り揃えられているネット記事をすべて鵜呑みにしているので情報にただ振り回されている状態だ。

つまり進展と言えるものは何一つなかった。



“Ga”



これがメモの意味を解くキーワードである、ということに最初に気が付いたのは捜査の第一線の警察でも様々な学問を学んできた人がいる教師陣でも人生経験と行動力だけが取り柄の保護者たちでも将又はたまたマスメディアでもない。

そう、一番人生経験が浅い信哉の同級生だった。

もしかしたら信哉と近い距離で過ごしていた、というのがあるのかもしれない。



Gaとは原子番号32の金属元素のガリウムのことである。

ガリウムは融点が約30℃と手の摩擦熱で容易に越えられる温度であるためにスプーン曲げで用いられるスプーンの製造材料として使われる。

また日本人研究者が2014年にノーベル物理学賞を受賞した青色発光ダイオードは窒化ガリウムを原料として用いている。



ここから先は警察の仕事だ。

ガリウムが何を意味しているのか、そのメモが何を伝えたかったのか、これを紐解く必要がある。

信哉の死はもはや自殺ではなくなった。

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