第2話
おおよその話を聞き付けた教頭が責任を持って私が対処しようと生徒たちすべての話を聞くことを一手に引き受けた。
子供たちからしたらろくに面識もない人と一対一で話をするのだから嫌でしかない。
しかも担任は授業がないのでずっと教室で見張りをしているかのようにどんと構える。
これでは授業をしている方がまだましだ、と言い出す人すら出てきそうだ。
教頭自身の人柄や性格は学校一優しく、見た目も優しそうなおじちゃんに見える。
子供たちにリラックスさせてあげたいという優しさから教頭は聞き取り調査に名乗りをあげた。
実際、教頭とマンツーマンで向き合うと思っていたよりも緊張していない、そう思えた子供たちが多かったらしい。
そのため隠そうと思っていたことが不意にぽろっと出てしまったとも聞く。
教頭が聞き取り調査に名乗りをあげた真意は本音を不意に掴むことだったのかもしれない。
教頭が全員の話を真摯に聞くだけで午後一杯かかってしまい、良かったのか悪かったのかは置いておいて学校で一クラスだけ一つも授業しないで一日が終わった。
放課になって信哉と関わりのある先生たちは一同に介した。
信哉が学校で過ごしにくかったのではないかということについての結論を出すためである。
普段の様子と教頭が生徒からヒヤリングしたことを踏まえて結果を導く。
数時間にも及んだ先生たちの話し合いは信哉に優位な結論付けがなされた。
この件は教育委員会や警察に報告された。
部屋に残されたメモ、“スプーン曲げ”や“青色発光ダイオード”と書かれたものは捜査側の混迷を極めた。
まずこれが死と関係があるのかすら明白になっておらず、関係があったとしてどう読み取るのかは微塵もわからない。
何か規則性を持った暗号とは考えがたく、書かれた単語の方に焦点があてられているような気がする。
ただ単語だとしても共通点が思い当たらない。
信哉の母親・
前日の夕方に息子が急逝し、しかもそれが自殺だった可能性が高い。
息子の死を受け入れられていないのと同時に母親として息子に何かしてあげられなかったのかという後悔が胸をぎゅっと締め付ける。
自分の家を他人がずかずかと出入りしている。
無音で玄関が開いて 無言で玄関が閉じる。
ショックのせいで家で動けないのに人の往来が激しいとより動きづらくなる。
心身ともに疲労が限界を迎えている。
子供たちの心の状態は心配だ。
信哉はクラスの中で浮いていた存在ではあるが、その状況を作った数人を除いては完全に毛嫌いしていたとまでは言えない。
そのためぽつりとクラスの一人が何も言わずにクラスから消えてしまうなんて心に来るものがある。
一方完全に信哉を毛嫌いしていた人たちは信哉の死から少し時間が経って段々責任を感じてきていた。
自分たちのあの行動やこの行動が一人の人間の命を奪ってしまったのではないか、何もしていなかったら今の教室にいたのではないか、と。
子供の好き嫌いは特に理由もなくであるので現実を突きつけられると急に冷めてしまう。
儔子は校長から直々に学校に呼ばれた。
息子さんの件で、という名目がついていた。
儔子側に不利なことはない、というのは状況からしておおよその検討はつく。
それでも儔子からしたら低い姿勢で臨むことに変わりはなかった。
重たい腰をどうにか上げて儔子は学校を訪問することを決めた。
校長は緊張しかしていなかった。
何と言っても信哉に優位な結論付けがなされたものについて話すので校長を筆頭とした教師陣が紛糾されてもおかしくはない。
しかも教師陣の責任者が校長であるので緊張していないはずがない。
それでも教育者としてどれだけ自分が不利な状況でも保護者に報告するべきだと率先して環境を整えた。
儔子がいる校長室には机を挟んで校長と教頭、そして担任がいた。
反対側には儔子がたった一人である。
端から見ても真っ向から対立しているような構図には見えず、むしろ共同宣言を出す前の首脳陣の雰囲気を醸し出している。
どちらの陣営も沈黙を保っている。
もしかしたら遠くで鳴いている鳩の声が聞こえてくるかもしれない。
このようなとき話し出すのは学校に呼んだ側なのではないかと思うが、ここで言葉を発したのは儔子の方だった。
“警察に呼ばれるのは理解できるが、学校に呼ばれるのはどういった用件か”という趣旨の発言である。
儔子の言わんとすることが分からなくはない。
信哉は亡くなったわけで生前に通っていた学校に呼ばれても用件がないのではないかと思うのが筋だ。
それに対して校長は順を追って説明した。
学校で警察の事情聴取が行われ、その様子を見ていた担任が違和感に気付いて生徒個人個人に話を聞いたところ信哉はクラスに居づらかったのではないかと考えられる。
そういう説明だった。
話を聞いた儔子は前から知っていたと思った。
その事実が信哉の口から出てきたわけではない。
信哉を十何年間育ててきて家の中での言動や行動から母親としてそう感じただけだ。
分かってはいてもどうすることもできなかった。
本人の口から出てきたわけではないので子供たちの関係性に口出しするのは難しかったのだ。
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