エピローグ
終わりがないのが終わり~そして童貞は女性恐怖症になった~
レオ・フランベールは英雄である。
そして、レオ・フランベールは童貞である。
童貞である彼は、つい昨日まで二股していた。より正確に言えば、二股を掛けつつ同時に更にまた別の女と同棲もしていた。
実質3股である。童貞だが。実質3股していた。
3股されている全員、腹に一物、と言うか、闇、と言うかもういっそ病みを抱えてはいたが、それら全部をレオは知らなかった事になり、そして結末として残ったのは、二股の相手二人との関係が終わった、と言う事実。
そして、まったく自覚のない3股から2人が抜けた結果……レオの前には結局、一番身近な人間が残った。
その相手は、レオを前に……。
「ほう……やるじゃないか、一日十個限定特製チェリーパイ……」
花より団子でチェリーパイを頬張っていた。
朝日が窓から入り込んでくる、街角の一角。英雄がいざと言う時マリアを買収する為に……出資しているマグノリア1のさくらんぼ菓子専門店。その奥の方のテーブルで、レオは頬杖を付き、もそもそチェリーパイを頬張るマリアを眺めていた。
「……昨晩の奴は妙にシナモンが強くてな……正直、落胆していたんだ。限定だの特製だの天才だの、そういう余計な枕詞がついている奴は、所詮その程度の底の浅い存在なんだろうとな、」
(シナモンが強かった?……カルロ、睡眠薬をごまかす為に味を濃くさせたのか?)
そんな思考を頭の片隅に、レオは言う。
「おい、魔女。……今どさくさに紛れて俺の事もバカにしてなかったか?」
「自意識過剰だな、童貞。だからお前は童貞なんだ、気持ち悪い。チェリーパイがまずくなる、黙ってろ」
にべもなく言い捨てチェリーパイを頬張るマリアを前に、
「……………」
すぐに言い返せなかった童貞は黙り込んだ。そんな童貞を冷ややかに眺めて、マリアは言う。
「なんでも良いからすぐ言い返せないからお前は不治の童貞なんだぞ」
「なんでもかんでもすぐ反射的に言い返せば良いって訳でもないだろ。口が悪すぎる奴は嫌われるぞ」
「フン。他人にどう思われていようと一切構わない。そうやって醜聞ばかり気にしてるからお前はそうも情けないんだろう?良い反面教師が目の前にいて私は助かってるよ、」
そう、一切容赦なくマリアは言い捨て、そして直後マリアはじろりとレオを睨み付けて、言う。
「下らない話はやめだ。お前は食わないのか?天才とかそういう虚構と違ってこのチェリーパイは唄われるだけの価値があるぞ」
そして、言うが早いか、マリアは自分の手元にある皿、切り分けられたチェリーパイの乗っているそれを、レオの方へと軽く押した。
それを前に、レオは無駄に真剣に、考える。
(こいつ、今俺に嫌われるとチラつかされた結果、チェリーパイで買収しようとしたのか?買収って言うか金出してるの俺だが……)
と、どこか疑うような視線を向けるレオを前に、マリアは言う。
「……要らないのか?そうか、余計な気を遣ったな、悪かったよクズめ」
そして言い捨てる間に、押し出されたチェリーパイの皿が引き戻って行く。
その光景を前に、レオは考えた。
(……こいつ、何がしたいんだ?嫌われるって言われて好感度を稼ごうとしたわけじゃないのか?こいつ本当に俺に気があるのか?照れ隠しなのか?……まったくわからん)
無駄に真剣な顔でそう内心白旗を上げる天才軍師(童貞)を前に、マリアはチェリーパイををもそもそ頬張り続ける。
そんなマリアを前に、やがて疲れたようにレオはため息をつき、それから言う。
「要らないって言ってないだろ。くれ。くれっていうかそもそも金払ってるのは俺だぞ」
「くれ?……おい、レオ。人に物を頼む時は相応に頼み方があるだろう?頭が高いぞ」
「こっちのセリフだ。……お前、奢って貰ってなんでそんな偉そうなんだ」
「私はマリア様だぞ?」
堂々と、マリアは言い捨てる。そんなマリアを前に、レオは無駄に真剣な顔で……。
(……照れ隠しだと思ってれば可愛く見えるかと思ったが、そうでもないな。ていうか多分照れ隠しじゃないな。完全にただただ俺の事を舐めてるだけだ、こいつ。なんで俺はこんな舐められてるんだ……)
そう、胸中ため息をついた。
舐められてるのもマリアがやたら偉そうなのもだいたいレオがやたら寛容で悪口もニートも許して普通に養ってきたせいである。
が、舐められているからと言って嫌われている訳でもない。
言い返してこなかったレオを、マリアはチラリと眺め……と思えばそのままどうも苛立たし気に睨み付け、チェリーパイを手に軽く身を乗り出してくる。
「……なんがッ!?」
言いかけたレオの口に、チェリーパイがねじ込まれた。
「んぐッ……ごほっ、……」
と軽く咽ながらも、レオはねじ込まれたチェリーパイをもぐもぐと咀嚼し……そのまま、非難と疑問が混じった視線をマリアに向けた。
そのレオの視線を前に、どこか不機嫌そうに、マリアは言う。
「ああん?」
何か文句でもあるのか、と言いたげである。
そんなマリアを、レオは眺め……
(……なんで俺は今凄まれたんだ……何がしたいんだこいつは。……ああん?)
なんか機嫌悪いんだろうな~程度にしか、これまでのレオなら思わなかっただろう。
だが、今のレオは、どうやらマリアから好意を寄せられているらしい事を知っている。
マリア様は色々照れ隠しをしているらしいという事も、知っている。
それを踏まえて、今のマリアの行動を考えてみれば……。
(ああん?……じゃなくて、あ~んってしたかったのか?やろうとして出来なくて結果的にこうなったのか?……試してみるか)
そんな事を考えながら、レオはマリアを眺め……やがて、チェリーパイを飲み込むと、言った。
「……もう一切れくれ」
「くれだと?誰に物を言っている、童貞クズ野郎の分際で調子に乗るなよ」
と、ほとんど反射的になんだろう、マリアは即座に罵声を浴びせ……浴びせながらもチェリーパイを手に取ると、テーブルに身を乗り出し、手を伸ばし……。
「まあ良いだろう。私は今機嫌が良い。そんなに餌付けされたいならくれてやる……」
とか、やたら偉そうに言いながらレオの口にチェリーパイをねじ込んできた。
「ぐ、ごほっ、」
またねじ込まれまた少し咽ながらも……レオは考える。
(なんだかんだ食べさせてくれる……?こいつやっぱり、口が悪いだけで行動は素直だったのか……?)
と、そんな事を考えるレオの前で、マリアは椅子に座り直し、頬杖を付いてもそもそチェリーパイを食べるレオを眺め……。
レオもまたそんなマリアを眺め、そして目が合ったその瞬間。
「…………死ね、」
そう小さく呟きながら、マリアはそっぽを向いた。
(…………なんか可愛いような気がしてきた)
今更そんな事を思ったレオを前に、マリアは伺うようにちらっと視線を向けて来て……と思えばすぐにその視線は逃げていく。
「……なんだその目は。気持ち悪い。死ね、」
口は悪いが、照れ隠しなんだろう。そんな事を思いながら、レオはマリアを眺め……やがて言う。
「マリア。……今度何所か遊びに行くか?」
「フン、何を調子に乗っている。童貞クズ野郎の分際で。このマリア様をデートにでも誘う気か?」
「そうなるな」
平然と……なんだかんだ二股の過程で若干手慣れて来たんだろう。そう言ったレオを、マリアは横目で睨み付け……。
「………………」
何も言ってこなかった。行く、と答えてはいないがいつもなら飛んでくるであろう罵倒もない。
そんなマリアを前に、レオはまた言った。
「どっか行きたいところでもあるか?」
そう言うレオを、余り内心の見えない……そう、それこそ同居している誰かと同じようなポーカーフェイスで眺め、それから、マリアはまたそっぽを向いて、小声で言った。
「………………考えておいてやる、」
その妙に偉そうな言葉に、レオは笑みを零し……笑ったレオを忌々しそうに、マリアは睨み付ける。
「何を笑ってる?」
「いや……お前可愛い奴だったんだな」
結局この童貞は伊達に二股している訳ではなかった。
やはりあっさり言ったレオを前に、マリアは硬直し……それから、またそっぽを向き。
「…………死ね、」
か細く言ったマリアの頬は、少し赤く染まっていた……。
こうして、優柔不断をこじらせた童貞を巡る、恋やら愛やら親愛やらをこじらせた女達の戦いは幕を閉じる……。
……訳がないのである。
レオ・フランベールは知らない。
この5分後に、フったモノの捨てる気はゼロな赤毛の美女がレオとの仲直りの手土産を買いにこの店に現れる事を。
レオ・フランベールは知らない。
更に3分後に、フラれたモノの諦める気ゼロな金髪の皇女がレオとの仲直りのお土産を買いにこの店に現れる事を。
レオ・フランベールは知らない。
今日が勝負と入れ込んでいる彼女たちが、この場で色仕掛け込みで熱烈にレオの取り合いを始める事を。
レオ・フランベールは知らない。
ちょっと頑張ってイチャつこうとした結果デートに誘って貰えてポーカーフェイスに有頂天な黒髪の美女が、二人との関係を終わらせたと言っていた割に、自分を蚊帳の外に置いて色仕掛けに鼻の下を伸ばしている(ように見える)優柔不断男に拗ねる事を。
レオ・フランベールは知らない。
ちょっと頑張ろうとしているマリア様は、拗ねるとレオに強制的に
レオの心臓に短剣を突き立て、そうやって
マリア様はツンデレをこじらせすぎてもう結構病んでいらっしゃると言う事を。
そしてそんなマリア様を気にし過ぎると今日が勝負と気合入れて来てるアリシアと者トンに刺されると。
レオ・フランベールは……知らないままで、いたかった。
「………………」
照れてそっぽを向いていたマリアは、ふと、気付く。
さっきまでニヤニヤしていたレオが、突如深刻に、表情暗く俯く……。
それを前に、マリアは言った。
「ん?
「………………」
「図星か?シャロンか?それともアリシアか?……まったく、童貞の分際で女遊びなんてするから、」
「……マリア」
真剣な調子でそう呼ばれて、眉を顰めたマリアを前に……レオは言った。
「やっぱり俺、出家しようと思う」
そう真剣に言い放ったレオを前に、マリアは数度ぱちくり瞬きし、それから言う。
「考えてもみろ、レオ。その程度で諦める女が刺すか?」
「………………なら、去勢して」
「どうせ口だけやる度胸はないだろう?本当に童貞を極めるのか?」
「……………………マリア、一回だけ」
死ね、と言われた気がして、童貞は言い切らずに口を閉ざした。
と、そんなレオへと、マリアはさっきの意趣返しとばかりに、どこかからかう調子で、言う。
「一回だけ、何だ?」
「……いや、」
「いや、じゃないだろう?何か私に頼みでもあったんじゃないのか?去勢する前に一回ナニカ頼むんだろう?言ってみたらどうだ?」
「…………いや、」
「わかった、こうしよう。私は今大層機嫌が良いからな。お前の頼みを一つ聞いてやろう。なんだ、レオ。言ってみろ」
「………………」
「なあ、レオ。ここで何も言えないからお前は、」
「リテイクだ!」
すっかり逃げ癖がついた童貞は、そう叫ぶと短剣を取り出し、躊躇いなくその刃を振り下ろし……。
その間際、マリアは呆れたように言っていた。
「……どうせ逃げるんだろうと思っていたよ。この際だ、レオ。良い事を教えてやる。私はお前に押されたら倒れるぞ。まあ、罵倒はするだろうがな。次の私にでも試してみたらどうだ?」
もうこの周回は終わり、と油断し切っているらしいマリアは、そんな事を口走り……。
それを横目に、レオの手は止まった。リテイクだ!と叫びながら能力を使わなかったレオは、ふと、さっきまでの全てが演技だったかのように涼しげな顔で、短剣をしまい込み、マリアを見る。
「………………」
今度は、硬直するのはマリアの方だった。
目を見開いて固まっているマリアへと、レオは言う。
「……そうか。俺が押したら倒れるか。そうだったのか……」
何所か白々しく言うレオを、マリアは睨み付け、言う。
「お前、今のやり取り何回――」
「マリア。……お前に一つ、頼みがある」
真剣なまなざしで、レオはそう言ってくる。それを前に、珍しく動揺を顔に出しながら、マリアは問いを返す。
「な、なんだ……?」
そんなマリアを、レオは依然真剣な眼差しで見据え……言った。
「拗ねても俺を殺さないでください」
「お前は何を言ってるんだ?」
「俺は真剣に言ってるんだ!」
「……私も今真剣に聞いていたつもりだぞ童貞クズ野郎」
「罵倒は良い。もう、いくらでも罵倒してくれて問題ない。もう照れ隠しにしか見えないから問題ない。可愛いだけだ」
「か、かわ…………こほん。レオ。お前、壊れてるな?一体何回ここで……」
と、言いかけたマリアを前に、レオはふと、笑みを零し……と思えば俯く。
「もう、死にたくない……ヤンデレが怖すぎる。サディストが怖すぎる。サイコパスが怖すぎる……俺が悪いのか……そうだな、俺のせいだ。俺の優柔不断があんなモンスター達を……俺のせいだ。これが罰か?無限に女に刺され続けるのか……?もう、許してくれ……」
「……レオ?」
珍しく素直に心配そうに声を投げたマリアを前に、ふと、童貞クズ野郎は天井を仰ぎ……吠えた。
「……もうリテイクしたくないんだァァァァァァァァァッ!」
この後やっと許して貰えた。
そして童貞は女性恐怖症になった。
女性恐怖症になった童貞は、しかし知らなかった。
今度は”レオの女性恐怖症を癒す”と言う名目の女の戦いが始まると言う事を……。
時を駆ける天才軍師(童貞)、改変チートで二股をごまかす~金髪皇女vs赤毛の最強女戦士vs童貞クズ野郎&毒舌ニートのマリア様~ 蔵沢・リビングデッド・秋 @o-tam
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