5 夜明けと終息する物語

 幕の下りた舞台の最中、燭台に揺らめく天蓋付きのベット……。


 そこで、黒い長髪の美女――いや少女は、どこか気だるげにつまらなそうに、チェリーパイの空箱を眺め……。


「遅いぞ、童貞クズ野郎。騒々しくて目が覚めた。安眠していたと言うのに……」


 開口一番、そんな声を投げて来た。そんなマリアを前に、レオはため息を一つ吐き……。


「遅いじゃないだろ、マリア。良いか、チェリーパイをくれるって言われても知らない奴についていくのは、」

「うるさい童貞」


 にべもなく言い捨てて、マリアは空箱をレオへと投げつけてくる。その大して痛くない一撃を甘んじて受け、レオは一つため息をついた。


(……ベットの外に箱が出て来たって事は、結界はついてないか。解除してくれたのか?)


 とりあえず、マリアはもう自由らしい。そう、考えた上で……レオは言う。


「とにかく、帰るぞ。……チェリーパイは後でやるから、」


 そう言ったレオを、マリアは暫く睨んだ末……どこか不機嫌そうに言った。


「随分投げやりだな、レオ。ゲームで楽しく遊んだらもう景品に興味はない、か?」

「興味が無かったら助けに来ないだろ?」

「助けに来たつもりだったのか?ただ他人を虐めて優越感に浸りたかっただけだと思ってたよ、クズ野郎」


 相も変わらず辛辣に、冷ややかに、マリアは言い捨てる。

 それを前に……。


(いや、こいつホントに気があるのか?散々ウザがられてるとしか思えない……)


 そんな思考を片隅に、レオは言う。


「とにかく、帰るぞ」


 そう言って、レオはマリアに背を向け、さっさと立ち去ろうとする。

 その背中を、マリアは睨み付け、


「…………死ね、」


 そう容赦なく、一体に何に言われてるんだか判然としない毒を吐き、そして毒を吐いた割に……素直にベッドから降り、素直にレオの後をついて来た。

 それを肩越しに……。


(そう言えばコイツ、半分妨害の為だったとはいえ、なんだかんだ遊浴場で俺の二股誤魔化す手伝いしてくれてたな……。口が悪いだけで行動は素直なのか?)


 そう、今更一番近くにいた人間の行動について考え始めながら、レオは舞台を降り……。


 観客席では、どこか満足げにうつむくカルロの横に、どうやら気絶から立ち直ったらしいピエロ――マルコの姿があった。


 と、だ。そんなマルコは、レオの姿に気付くなり……実際に音は出ないがジェスチャーで、拍手を贈ってくる。


 そんなマルコに、レオは頭を下げ……。


(勝者を賞賛、か。俺、不意打ちで電流流したのに、それでも賞賛してくれるのか。なんて潔いんだ、マルコさん……もうしゃべらなくても渋く見えてくる。この期に及んでまだキャラ付け守ってるのも、プロフェッショナルだな……)


 そんな事を考えたレオの後ろをついてきながら、マリアは眉を顰めた。


「なんだあのピエロ。負けたのになんで拍手してる?馬鹿なのか?」

「悪く言うな。マルコさんは渋い漢だ」

「…………意味が分からないぞ。マルコって誰だ?」


 と、眉を顰めるマリアを連れて、レオはその“真実の館”を後にした。


 夜空が輝いている……そろそろ、日でも昇り始める事だろうか。

 そんな空の下、“真実の館”の外では、今も、レオ・フランベールが黒いローブ達を説得していた。


『平和的に活用しよう。お前たちの技術は優秀だ。戦争の為じゃなく――』


 そう、声を上げるレオ・フランベールの元へ、黒いローブの間を堂々と、レオはマリアを連れ、歩み寄っていく。


「……?なんだアレ。おい、童貞が増えてるぞ。なんだ、この世の終わりか?」

「便利な魔術だ」


 そんな言葉を交わしながら、レオとマリアは黒いローブ達の間を通り過ぎ……それに、黒いローブ達は、気付き始める。


 演説しているレオ、そして今歩いているレオ――二人の同一人物、異変に気付いた黒いローブ達は見回し、その合間を潜り抜けて、まだ演説を続けるレオの足元にしゃがみ込み、黒いローブ達へと言う。


「……用事は済んだ、話の続きはまた今度だ。……お前達の技術力を買ってるのは確かだ。便利に使わせてもらったよ」


 そう言って、レオは演説を続けるレオの足元、そこにかぶせられていた布を持ち上げる。


 その下にあったのは、映写機だ。アリシアとのデートの時使った、あの立体的な映写機。


 デメリットとして、その足元に大きめのプレートがあるそれは技術者、製作者も当然知っているだろう。だから、そのプレートだけを、レオは隠していた。


 それもまたデートの時に見た、纏った物を透明化するローブで。

 そして、呆気にとられたように固まる黒いローブの技術者達を前に、レオは映像を消して、その代わりに名刺を一つ、そこに置く。


「もし、本当に職の宛がないなら来てくれ。個人的に研究機関を作ってやっても良い。前科は問わない。ただ、俺が勝ったってだけだ。……戦争は、もう終わってる」


 そう言い放ち、レオはその場に背を向け、帰路へと歩む。

 それを呆気にとられたように眺めて、……次の瞬間、黒いローブ達は何やらがやがや話し続け……。


 マリアはその様子を眺めて……それから、とことことレオの後を追い、声を投げる。


「おい、童貞クズ野郎。さっきのはなんだ?私にわかるように説明して見せろ」

「説明してどうするんだ?結果的に、ある程度平和的に事件を納めたってだけだ」

「その過程を説明する機会を与えてやるって言ってるんだ。感涙にむせび泣いて誠意と尊敬を込めて事の子細を私に伝えて見せろ、童貞クズ野郎。童貞でも私の使徒だろう?飼い主に説明する義務があるんじゃないのか?」

「ない」


 即答し歩み続けるレオを、マリアは苛立たし気に……どこか拗ねたように睨み付け……。

 また、レオの後を追いかけながら、言う。


「この私がお前の話を聞いてやるって言ってるんだ。この、マリア様が。その私の下々への配慮をむげにするのか、童貞クズ野郎の分際で」

「童貞クズ野郎の分際だからお前に聞かせるような武勇伝はない」

「誰が武勇伝を聞きたいと言った。お前がいかに情けなくいかに苦労していかに私を助けたか聞かせてみろって言ってるんだ」


 やたら、マリアは食い下がってくる。

 そんなマリアへと、レオは立ち止まり振り返り、……直球で尋ねてみた。


「構って欲しいのか?」

「死ね、」


 容赦なく言い捨てて、マリアはレオを追い越し、ツカツカと先へと歩んで行く。


(……これ、本当に照れ隠しなのか?)


 あのマリアの本音を聞く限り、死ねは、好き♡に翻訳されるらしい。いや、時と場合に寄る気がしないでもないが……。


 と、また歩み出したレオを、マリアは肩越しに眺めて来て……。


「おい、」


 そう声を投げてくる。


「なんだ?」


 普通に問いを返したレオを、マリアはどこか苛立たし気に睨み付け……と思えばやがて、その顔に見下すような冷笑を浮かべ、言った。


「今日は輪に掛けて帰りが遅かったじゃないか、遂に称号を捨てたか?もう童貞と詰れないとは、寂しいな……」


 そう見下してくるマリアを、レオは暫し眺め……やがて問いを投げる。


「気になるのか?」

「死ね、」


 言い捨て、つかつかと、マリアは歩んで行く。その背中を、レオは眺め。


(これは多分照れ隠しだろう……いや、本当にそうか?結局わからないし……別に、わからなくても良いか、)


 そんな思考を片隅に、レオは言う。


「帰りが遅かったのは、二人と関係を終わらせてきたからだ。二股がばれて、アリシアにフラれて、その後シャロンに白状して謝って、終わりにしてきた」


 そう、レオが言った途端、マリアがにやりと笑みを零す。


「ほう……ついに破滅が訪れたか、童貞クズ野郎。天罰だな、あるべき破滅だ。童貞の分際で二股などしようとするからそう滑稽になるんだ。身の程を弁えろ、童貞」


 マリアは楽し気に言っている。

 レオの破滅が嬉しいのか、あるいはレオが二股を止めたのが嬉しいのか。


 と、そんな風に眺めるレオの前で……レオの視線が鬱陶しいかのように、マリアは眉根を寄せた。


「なんだ童貞。なんだその顔は」

「なんだも何も、普通に見てるだけだろ?」

「見るな。死ね。気持ち悪い」


 もはや反射のように言い捨て、マリアは歩み去り掛け……と、思えばそこで思い出したように足を止め、言う。


「あ……おい、童貞クズ野郎」

「……二股は終わったんだからクズ野郎はもう」

「していた事実は変わらないだろう、クズ野郎。禊が終わったとしても過去が変わる訳じゃない。お前はこの先一生童貞で一生クズ野郎だ」

「…………」


 普通に言い負け掛けて、レオは俯き……だが、すぐに気づく。


「いや待て。……クズ野郎は言われても仕方ないが一生童貞は違……」

「童貞の夢物語になんて興味はない。それより物だ。寄越せ報酬を。私は働いただろう?そう言う契約だったはずだ。寄越せ、」

「報酬って……ああ、チェリーパイか?いや、お前アイツらから貰って……」

「それはそれ、別腹だ。契約とはそういうモノだろう?お前には義務があるぞ、私に愛と誠意と敬意と服従を示してチェリーパイを貢ぐ義務が。早く寄越せ」


 マリア様はレオから愛と誠意とチェリーパイが欲しいそうだ。


(……どれが言葉の綾でどれが本音でどれが照れ隠しなんだ……)


 真実の間に嘘を挟むと、嘘もまた真実に見えやすくなる。

 嘘の間に真実を挟むと、真実は嘘の中に埋もれてわからなくなる。


 結局判断しきれないと、レオは一つ息を吐き……。


「わかった。良し……今から行くか。ちょっと無理言う事にはなるけど、朝一で……」


 そんな言葉を投げるレオの視界の先で、空は白さを増し……長い夜は、開けようとしていた。

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