3 潜入し煽動し掌握する英雄
“真実の館”。
夜の最中の決戦の舞台。明日、余りにもどうしようもなさ過ぎる滅びが訪れる世界。
その周囲に佇む黒いローブ達。その中の一人は、首を傾げていた。
(遅いなアイツ……。トイレってどこまで行ったんだ?)
そう疑問を持ち、だがあまり士気の高くないその下っ端は、やがて欠伸一つ、呟いた。
(……便秘か?研究ばっかで碌なもん食わねえから……)
そう、明日決戦と言う雰囲気0の、下っ端。その周囲でも似たように、黒いローブ達が世間話を続けていて……。
と、そこで、だ。不意に、夜の最中に声が響いた。
「見下げたモノだな。……残党なんてそんなモノか、」
ふと、響き渡った声に、黒いローブ達は立ち上がり、声の主を探すように、方々に視線を向ける……。
だが、声の主の姿は、何処にも見えない。
「この声……マグノリアの悪魔?」
「レオ・フランベール?なぜ?」
「知られたのか?」
と、そんな問いかけの最中、声はまた響く。
「俺は知っているぞ、お前たちの望み。魔王を復活させたいんだろ……それを看過するわけにはいかない。だが、……何も俺は、争いに来たわけでもない」
その言葉の直後、だ。
突如、暗闇の最中おぼろげに、声の主が姿を現した。
黒い髪に赤い目の、マグノリアの悪魔。魔王を討ち果たした英雄。
中性的な――敵に回せば最悪と、そう悪名が知れ渡っている男。
突如その場に現れたレオ・フランベールは、黒いローブ達を眺め、言う。
「……俺はお前たちをスカウトしに来た。魔王軍の技術部門の人間だろう?先日見た技術は素晴らしかったよ……。俺がただデートしに来ただけだとでも思っていたか?」
そのブラフを前に、黒いローブの男たちは顔を見合わせ、ローブの下で歯噛みし、それを前にレオ・フランベールは言う。
「俺の軍門に下れ。俺の配下となり、……その技術を平和な世界の為に役立てろ。お前達もそれを望んでいるだろう?……もう、戦争は終わったんだ」
身振りを交えた英雄の言葉に、黒いローブ達は迷うように視線をさ迷わせ……そこで、レオ・フランベールはまた言う。
「ミシュル・ビール。お前の技術は平和的に活用できる。小型の動力機だろう?確かに戦争には使える。だが、戦争以外でも幾らでも平和的に使えるはずだ。画期的な発明は、何も他人を害する為の物じゃないはずだ」
そのレオの言葉に、黒いローブの内の一人――ミシェル・ビールだろう誰かは身動ぎし、……やがて、小さく、俯くように呟いた。
「確かに、……そうだ。出来るなら、平和的に……」
聞こえるか聞こえないかわからないその呟きを、周囲の黒いローブの男たちは眺めて……。
その最中で、最初の一人、トイレに行った友人を見送った男は僅かに首を傾げた。
(ミシェル?戻ってたのか……いつの間に、)
と、そう疑問をよぎらせた男に、レオはまた声を投げる。
「トーマ・シュタイン。お前もだ。静穏性の高い浮遊装置だったな。幾らでも発展させられる。それこそさっきの動力源と合わせれば、画期的な輸送技術にもなる。戦争なんてしなくても、時代を変えられるぞ」
そう言ったレオに、トーマ・シュタイン――トイレに行った友人を見送った男、さっき友人が戻っている事に僅かな疑いを覚えた男は……けれど矛先を向けられ、注意をレオに向ける。
「確かに、ミシェルとそんな話を……」
心揺れた友人に同調するように、トーマは呟き、その呟きに押されるように、黒いローブ達の間でまた、迷いが広がっていき……そこに、レオ・フランベールはまた言葉を足す。
「ハンク・ブラウン。お前の作った映写技術……画期的だったな。兵器として、軍略としてじゃない。文化として、平和的に、いくらでも利用できる。そう思ったから美女にばかり声を掛けていたんだろう?」
そのレオの言葉に、ハンク・ブラウンは俯き……その周囲でも、黒いローブ達の争おうと言う気概が削がれていく。
そんな彼らへと、一人一人調べ上げた名前を呼び、実際に体験した通りの技術について、レオは語り、説得を続けていく……。
士気の低い集団だ。一人目が頷き、それに続く者が現れれば、同調していく流れを意図的に作ることは不可能じゃない。もし、流れを作れなければ、それが可能な言い回しになるまでリテイクするだけ。
そうやって、一人ずつ説得を受け、頭を下げていく黒いローブ達の最中……。
一人、そっと、黒いローブ――最初に頷いたミシェル・ビールはその場を離れて、“真実の館”へと向かって行く。
ミシェル・ビールは、“真実の館”に踏み込む。
途端、その奥にいた法衣の男とピエロが、ミシェルへと視線を向け――法衣の男が問いを投げる。
「なんだ?」
「問題が発生しました。外に、レオ・フランベールが」
そう言ったミシェルを前に、法衣の男とピエロは顔を見合わせ……やがて、一つ頷いたピエロが、様子を確認しようと、“真実の館”の入口へと近寄ってくる……。
それを脇に退いてミシェル・ビールは眺め……ピエロが真横を通り過ぎようとした、その瞬間。
ミシェル・ビールはローブの影から、縄を投げた。
鞭にも見える黒いケーブル――垂らされたそれが、歩み去ろうとしたピエロの足に触れ――触れた直後に絡まり、
「マルコッ!」
法衣の男が声を上げた直後――電撃がピエロを貫く。
「――――――――ッ、」
律義にキャラ付けを守っているのだろうか。マルコは悲鳴を上げることなく、電流を喰らい、やがてその場に力なく崩れ落ちた。
それを眺め、ミシェル・ビール――一人味方の元を離れたその男のローブを纏った彼は、呟いた。
「……悪いとは思う。お前とは分かり合えそうだが……何回やっても黙らせられてな。身内には油断するんだな、マルコ。寝ててくれ、」
そんな呟きの直後、ミシェル・ビールのローブを纏った男は、その鞭を手放した。
そして、その男はローブのフードを取り、赤い視線を法衣の男に向ける。
その顔を前に、法衣の男――カルロは呟く。
「レオ・フランベール……」
「ああ。俺と話したかったんじゃないのか、カルロ。来てやったよ。この“真実の館”に。外の奴らは、……今、説得してる。さあ、どうする?魔王の使徒。今すぐ魔王を目覚めさせるか?その奥ですやすや寝てる、マリアを」
そう言葉を投げ、歩み寄ったレオの前で、カルロは顔を顰め……言う。
「私の調べはついている、か。良いだろう、レオ・フランベール。ここは真実の館。……貴様の嘘を禁じる」
そう言った途端、隅に置かれていたマネキンが一つ、姿を変え――レオを模した人形に変わる。
それを確認した上で、レオはカルロへと歩み寄り……言った。
「嘘を吐くと真実を暴かれる能力だったな。戦闘には使えないが、強力な能力だ」
そう言ったレオを横に……。
『………………』
人形は沈黙している。
「………………」
人形と同じように、疑うように沈黙するカルロを前に、レオは立ち止まり、そこらにあった観客席へと、堂々と座り込んで、言った。
「俺は話に来ただけだ、カルロ。平和的に解決しよう。疑うなら好きに質問してくれて良い」
そう言ったレオの横で、……やはり人形は沈黙したまま。
カルロはそれを眺めて……問いを投げる。
「……レオ・フランベール。お前も魔法を持っているな。その能力はなんだ?」
「リテイク。……死んだらやり直せる。時間をさかのぼって、何度でも。俺は未来を知っている。お前のように、ブラフではなく、実際に体験して」
正直に答えたレオに、やはり人形は反応しない。
それに、カルロはまた眉を顰めた。
カルロの能力に何かレオも知らない条件があって、それを満たしていない。あるいは、レオが何らかの方法で能力を封じている。そう、疑っているのかもしれない。
それを横に……やがてレオは笑って、言った。
「能力が使えてないって疑ってるのか?わかった。嘘を吐こう。そうだな……俺は童貞じゃない」
『違う。俺は童貞だ』
やたらクールに言ったレオに、レオの人形はそう真実を吐く。
それを前に、一切余裕を崩さず、……散々言われたせいで童貞弄りに慣れて来たレオは肩を竦めた。
「おっと。恥ずかしい秘密が知られたな。やっぱり強力な能力だ」
涼し気に言ったレオを眺め……カルロは眉を顰める。
「……童貞?その顔面に生まれて?それだけの経歴があり、あれだけ女を侍らせているのに……?」
「それが、どうしようもない真実だ。俺は今、正直にお前と話に来てるんだ、カルロ」
やたらクールな童貞は、そう肩を竦め……そして、カルロに視線を向ける。
「端的に言う。ここで諦めた方が良い。お前も本当は、魔王の復活なんて望んでないんじゃないのか?」
そう言ったレオを、カルロは眺め……やがて、言う。
「レオ・フランベール。お前の狙いはなんだ?何を企んでいる?」
「平和的な解決だ。いや……良し、わかった。死ぬまで殺し合おう」
『殺し合いなんてもう沢山だ。やっと終わらせた戦争だぞ?なんでまだ続けなきゃいけないんだ。争った所でろくなことはない』
人形がそう、レオの本音を吐く。
それを前に、カルロは沈黙し……それを眺めて、レオは言う。
「カルロ。……あんた嘘が嫌いなのか?こういう能力って事は、そうだよな。なんかに騙されて、世界に絶望したか?あんたの嫌いな嘘を、俺はこの場で使う気はない。あんたはどうなんだ?自分が一番嫌いな嘘を吐き続けるのか?」
「………………」
そう言ったレオを、カルロは睨み付け……やがて、言った。
「…………良いだろう。お前と同じテーブルについてやる。ここは“真実の館”……私は、私の嘘を禁じる」
カルロはそう言って、――そう言った直後。マネキン人形が一つ、姿を変える。
カルロを模した人形――それを横目に、カルロはレオが腰かけているのとは離れた、別の観客席に腰を下ろし、言った。
「……ゲームだ、レオ・フランベール」
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