2 敵情視察Ⅱ ~むしろ敵の方が好感度高い気がする~
夜の最中、透明化するローブを纏い、レオは黒いローブたちの間を通り抜け、“真実の館”に踏み込んだ。
奥で、法衣の男とピエロが何やら話し込んでいる……。
(あいつらも、何か……)
そう考えながら踏み込んだ瞬間、だ。
「…………ッ、」
突如、目の前にピエロが現れた。
さっきまで法衣の男の横に居るはずだと言うのに、……レオが踏み込んだ途端、
(気づかれた?アリシアと同格?透明化するローブは着ているはず……いや、入り口の布の動きで?)
そう戦々恐々とするレオの前で、ピエロはレオへと、いや、レオがいるその場へと手を伸ばし……。
……その手はゆっくり横に退いたレオを通り過ぎ、入り口の布をめくる。
そしてピエロは不審げに、外の様子を確認している……。
「どうかしたか、マルコ?」
法衣の男がそう、ピエロへと問いを投げ……その声に、ピエロは首を横に振って行った。
「……いいや、なんでもない。気のせいだろう」
そうやたら渋い声で言って、ピエロは法衣の男の元へと戻って行った。その背中を眺めて……。
(……お前やっぱり普通にしゃべるんだな。そして名前あったんだな、ピエロのマルコ)
喋らなかったのはキャラ付けを律義に守っていたかららしい。
ピエロとして真面目に職務に取り組んでいたのだろうか?
とにかく、レオは法衣の男とピエロの話にも、耳を傾ける。
「……気が立ってるんだろう。ついに明日だ。明日、魔王様が復活する。我々の努力が実る……。魔王様のスペアももう捕えている。目覚めた時には、そこに魔王様の魂があるはずだ。それで……私は贖罪できる。私は、成し遂げられる……」
何か達成感か義務感のようなモノを滲ませながら、法衣の男はその結果的に無駄になってしまう努力の成果を確信しているらしかった。
(……なんか、ホント、悪かったな。俺も思わなかった。マリアがあんなにチョロかったなんて……)
何か色々と申し訳なくなってきたレオの前で、悪役たちは話し続ける。
「……カルロ。本当にやるのか?」
やたら渋い声のピエロがそう言って、その言葉に、法衣の男――カルロと言う名前らしいそいつが、咎めるような視線を向ける。
「今更何を言っているんだ、マルコ。誓っただろう。我々は魔王様の意志を継ぐ。我々がこの世界を破滅させる……。それが、魔王様の最期に居合わせる事の出来なかった我々の務めだろう?」
そう言った、法衣の男――カルロ。
それを横目に、ピエロは懐――詰め物がされているらしいその中に手を突っ込んで、そこからライターと煙草を取り出すと、火を点け、紫煙と共に言った……。
「……だが、それは半年前の誓いだ」
(いや、お前なんか渋いな、ピエロ。そう言う奴だったのか?お前キャラ付けしないでも濃い奴だろ絶対……)
レオはどうでも良いところが気になって仕方なくなって来ていた。
とにかく、煙草を咥える渋いピエロを横に、法衣の男は言う。
「半年前?何が言いたい?」
「…………確かに俺も誓った。半年前、魔王様が敗北した時聞いた時……あの方を否定したこの世界は間違っていると。我々が破滅させなければ、世界はもっと醜いままだろうと。だが、実際はどうだ?カルロ。俺が暗殺ばかりしていた頃と……お前が尋問ばかりしていた頃と、今の世界は同じか?同じだけ、この世界は狂っていると思うか?」
その渋いピエロの言葉に、法衣の男は若干表情を曇らせる……。
「思いのほか、平和だったと思わないか?魔王様とは違う答えが世界を救ったんだと、思い始めていないか?お前の嘘が、仮初の言葉が、話術が……恋人たちを幸せにしている。その様を見て、お前は何も思わなかったのか?」
「……あんなものは詐欺だ。真実ではない。一時的に真実であるかのような気分にさせるだけだ」
そう言った法衣の男を前に、ピエロは紫煙を吐き出す。
「…………愛なんてそんなモノだろう、」
(いや、お前渋すぎるだろう、ピエロ。マルコお前、ホントなんなんだよ……)
真面目に聞きたいのに突っ込まずにはいられなかった。ピエロが予想の数倍濃かったのだ。
「我々が半年前まで狂信していたのも、その愛じゃないのか?嘘に熱を上げていただけじゃないのか?」
「…………違う。私は心底、人間に絶望している。この社会に。今平和に見えるとしても、どうせ数年経てばまた争いは起こる。存在している限り、人間は争いを止められない醜い生物だ。生きている限り、罪を重ね続ける生物だ。それを魔王様が、我々が解き放つ。永劫の許しを与えなければならない」
「だが、無垢な者もいる」
「なんだと?」
「俺を見て子供が笑う。このメイクの下に暗殺者がいるとは、まるで考えず。嘘を見抜いたりせず、怯えたりもせずただ無邪気に。だが……それこそが平和なんじゃないのか?俺たちは若かったんだ、カルロ。今からでも、」
「やめようと言うのか?やめて世界がただ腐り往くのを眺めろと?醜い世界に許しの機会を与えないと?……日和ったか?」
「違う。……大人になったんだ」
「……なら、お前は抜けてくれても構わない。無理強いする気はない」
そう言い捨てた法衣の男を横に、ピエロは紫煙を吐き、呟いた。
「……誰も抜けるとは言ってない。同じ理想に熱を上げた縁だ。それに、もう賽は投げられた。果てが破滅だとしても、とことんまで付き合ってやる」
「……マルコ」
(マルコさん……。やたらカッコ良いなお前。じゃない、クソ。……いや、マルコさんが渋すぎて話が頭に入ってこない……何者なんだマルコ)
魔王の使徒である。
そして敵である。
「……カルロ。やるからには成し遂げよう。その為の半年、その為の準備だ」
「ああ。わかっている。……どんな結果であれ、負けようと後悔のない勝負を。表に出る事のなかった我々が、魔王様の死後、彼女をこの世に呼び戻すんだ」
理想に燃えた法衣の男、カルロ。
その手前にふと、詰め物の間からでも取り出されたんだろうか、ワイングラスが置かれ――真っ赤な液体が注がれる。
もう一つ、同じモノを手に、ピエロのマルコさんはグラスを持ち上げ、言った。
「……魔王様に」
そんなピエロを前に、カルロはふと笑みを零し、グラスを手に、言った。
「ああ。……魔王様に、」
そう、悪役たちは決戦を前にグラスを傾ける……。
それを眺めて、レオは思った。
(……この後にあのカオスか。それはキャラ付け守れないな。それは確かに哀れって言うな。ク……こいつらの夢も守らなくては。せめて、英雄に負けさせてあげなければ……)
天才軍師は変な方向からもプレッシャーを感じていた。
そして、レオはもうしばらくその場で情報収集し、それからそっと動き、小屋の奥の舞台……そのカーテンの向こうへと、赴く。
薄暗い舞台の中心。そこには、魔術が起動しているからか、淡く輝く天蓋付きのベットがあり……そこに、一人の少女が寝入っていた。
マリアだ。仰向けにだらしなく、それこそ我が家のソファでいつもそうな様に、静かに寝息を立てる彼女の横には、一日十個限定特製チェリーパイの箱がある。
(幾らこいつでもこの状況で寝るとは思えないし……チェリーパイに睡眠薬でも入っていたのか?)
と、そんな風に観察するレオの前で、マリアはふと、息を漏らす。
「ん、ん…………」
起きた、訳ではないのだろうが……。
(黙ってれば可愛いっていうか、無駄に色っぽいっていうか……こいつわかってんのか?知らない男に夜中拉致されて睡眠薬飲まされてるんだぞ?)
あまりにも無防備すぎるニートを前に、お母さんは心配だった。
(言って聞かせないと……いや、言って聞くならこんな事にはならないな。構って欲しいんだったか……?いや、とにかく、こいつは無事らしい。それが確認できれば良い。こいつが起きる前に、片を付けて……後の事はまた後で考えよう)
と、そう立ち去り掛けたレオの前で……ふと、マリアは寝返りをうち、その手が、投げられていたチェリーパイの箱に触れ……。
「……ねえ、さん……?シャロ……アリ…………ま、……それ、私の……私の……」
(なんの夢見てるんだコイツ。チェリーパイとられる夢か?)
多分、別のモノが盗られそうになってる夢である。
が、レオはそれを余り深く考えず……。
(とにかく、助けてから、だ)
そう決めて、その場に背を向け、もと来た道を戻って行く……。
マルコとカルロは、渋い調子で話を続けている。
外に出てみれば、黒いローブの群れが、まだ赤裸々な話を続けている。
それらを眺め、歩み去り……やがて、人気のない場所まで離れてから、レオは決意した。
(マリアを助ける。あの出来事をなかった事にして、シャロンとアリシアの嘘も知らなかったことにする。マルコさん……カルロ。アイツらの覚悟もわかった。せめて英雄に負けさせてやる……)
決意と共に夜空を見上げ、レオは短剣を取り出した。
(マリア、シャロン、アリシア……マルコさん、カルロ。……みんなの沽券を、俺が守る!)
そう、要らないものまで……と言うか平和な世界で基本要らないものしか背負う必要のなくなった英雄は、覚悟と共に、短剣を振り下ろした。
「……リテイクだ!」
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