5章 赤眼のレオ
1 敵情視察Ⅰ ~下っ端にも生活がある~
月夜の最中、レオ・フランベールはその場に辿り着いた。
魔王が生まれるその場所。
先日、アリシアと回った、魔導技術博覧会の会場。
その一角にある占い小屋が、あの法衣の男とピエロの居る場所で、魔王が生まれて色々暴かれる混沌の現場、“真実の館”。
(最速で帰ってもマリアはもういなかった。いるのは、おそらくあの中。助け出す……障害になるのはあのピエロか。アイツは強い……法衣の男の戦闘能力はわからない。が、二人ぐらいなら勝つまでリテイクすれば俺でもどうにか出来るはずだ……)
そんな思考を片隅に、無駄にイケメンな童貞、内面ほぼ脳筋な軍師は、そう、その場所。
黒いカーテンが月夜にはためく“真実の館”、それが立っている場所へと歩み寄り――。
――直後、幾つもの視線が、そう歩み寄るレオを捕えた。
全員一様に黒いローブを身に着けた、フードに正体を隠した人影の群れだ。それが、“真実の館”の周囲にたむろっている……。
(魔王の復活を望んでる奴ら、か?)
そう睨んだレオの前で、人影の群れ――百人以上はいそうな彼らが、一斉にローブの影から剣を取り出し、レオを睨み付ける。
その光景を前に、マグノリアの悪魔、レオ・フランベールは「フッ、」と、無駄なイケメンのせいでやたらダークヒーロー染みた笑みを零し、胸中、呟いた。
(……いや、多いだろ。いや、多すぎるだろ!?百人?聞いてないぞ。こんなに居たのかよこいつら……)
鮮血のアリシアはあのカオスの前にしれっと百人切りしてたりしたのかもしれない。
あるいはシャロンの護衛が姿を見せなかったのは、あの言い逃れ用のない修羅場の影で大人たちが頑張ってこいつらを足止めしてたりしたのかもしれない。
まあ、とにかく……。
(俺が百人黙らせるのは無理だな。どうするか……。いや、とりあえず一旦、)
と、考え始めたレオへ、黒いローブの人影たちは、剣を手に駆け寄ってくる。
その光景を前に、レオ・フランベールはまた笑みを浮かべ……。
「……リテイクだ、」
やたらカッコつけて言った天才軍師は、最初に駆け寄ってきたモブに胸を貫かれてあっさり死んだ。
*
「…………、」
瞼を開けると、スタート地点。レオは短剣を手に、道端に立っている。
背後には古城のシルエットに抉れた丸い月……。
それを眺め、レオは一人頭を掻き……。
(長い夜になりそうだな。……あの二人を倒せばそれで済む、って訳でもない。百人、どうにかして、その上で、か。アリシアを頼れれば、いや、それじゃ意味ないだろう。誰かしら兵を動員する?いや、頭数夜中の内に集めるのは厳しいし、大ごとになれば騒ぎがシャロンの耳にも入る。可能な限り、それこそ積むまで、一人でやるべきだ……)
レオはそう考え、それから、夜道を一人歩み出す。
(まずは何より情報収集だな……)
*
軍略の基本は情報収集である。
立地条件。敵の規模、敵の目的、可能な戦術の選択、そして戦術目標……。
(敵の規模は100人余り。目標はおそらく、と言うか確実に魔王の復活。立地は、魔導技術博覧会の一角……)
そう、思考しながら……“真実の館”の傍、レオは黒いローブたちの中を、堂々と歩んでいた。
便利な道具を拝借したのだ。
光学迷彩――あの透明化するローブだ。魔導技術博覧会の会場だ、探せば、あの時目にした道具が手に入る。まあ、その場所を探すことや、倉庫破り、警報機破りと、手に入れるまででも数回もうリテイクしてはいるが……。
(過程は問わない。結果だけ手に入れれば良い……)
そんな思考で、姿を隠し、レオは黒いローブたちの合間に立ち、話に耳を傾ける。
ローブたちは、世間話していた。
「ふぁぁ~。寝みぃな。昼間も働いて疲れてんのに……」
「しょうがねえだろ、明日が決戦なんだ。レオ・フランベールの居場所が分かり次第、儀式開始だってさ」
「魔王様のスペアは捕まえたんだろ?なんでレオ・フランベールの方の居場所つかめてねえんだ?」
「アパートに張っててもかえって来ないんだってさ」
「女の家にでもいるのか?羨ましいな……。こんな世界滅びれば良いのに……」
(完全に八つ当たりだろソレ。なんて理由で世界を滅ぼそうとしてるんだ……)
だが、照れ隠しよりはまだマシかもしれない。
そんな風に思いながら、レオは盗み聞きを続ける。
そこら中で、黒いローブは話し合っている。内容はほとんど世間話で、決戦前と言いながらも、どことなく緊張感が薄いような、そんな雰囲気だ。
(……士気が高くないのか?)
あまりやる気がありそうに見えない。
向こうで一人、「ちょっとトイレ、」と立ち上がったローブを、別のローブが「お~」とやる気なく見送っていたりもする。
(…………世界を滅ぼしたいんじゃないのか?)
と、この回は外の奴らの情報収集に使おうと、レオは下らない話に耳を傾け続け……。
と、そこで、だ。
「こんな事より魔術の改良したいよな~」
「そう言うなよ。だってまともなスポンサーもういねえんだし」
「兵器開発でも待遇は良かったからな、魔王様……」
「たまに遊びに来てそのまま寝室に連れ去られたりな~。超ハードなプレイだったけど」
「超ビッチだったからな、魔王様~」
(赤裸々に何の話してやがる……。まあ、超ビッチだったが、)
魔王軍。特に使徒の、魔王を守ろうとする士気は異常に高かった。つまりそう言う事である。
(いや、それより、こいつら……)
勘付き始めて、レオはまた耳を欹てる。
「今日ちっちゃい子がさ~、凄い喜んでくれてたんだよ。映写機で」
「あの立体の奴か?」
「そうそう。キャーキャー言って……。何してんだろうな、俺」
そんな話が耳に入り、別の所では……。
「……戦士の勘をどうにか誤魔化すって、どうすれば良いんだ……そもそもどういう理屈で捕捉されたんだかわからないんじゃ対策の立てようが……」
「相手が悪かったって事で、もう実用考えようぜ?」
「実用ったって……結局兵器として研究してただけだからな。役立つ使い方思い付いて、理解して貰えてたら夜中にこんな格好してないだろ……?」
そんな話も耳に入る。そして、向こうでは……。
「違う、違うんだ、今本当に仕事中で……浮気じゃないんだ……ああ!?」
「……彼女か?切られたか?」
「………………」
「元気出せよ。話せばわかってくれるって」
「何をどこまで話せば良いんだよ……。スポンサー欲しさに魔王軍に居ますって?」
「忘れて頑張ろうぜ?ほら、魔王になったらきっとマリア様も超ビッチだってきっと」
「……俺は純愛が良いんだ」
何やら落ち込んだ黒いローブを、別の黒いローブが励ましていた。
下っ端たちの赤裸々な噂話が、そこら中で響いている。
いや、魔王軍の下っ端と言うより……。
(……こいつら、技術者か?)
この魔導技術博覧会の現場にいた、あの技術者たちかもしれない。
だったら確かに、レオとアリシアを見てあれだけビビってた理由にも、説明がつく。
敵のトップが突然家に遊びに来たのだ。それで驚かない奴はいない。
レオも昔超ビッチだった魔王に同じことをされて物凄くビビった経験がある。
『暇だったから……マリアの玩具で遊びに来たのよ?』
とか、堂々と来られて死ぬほどビビった。いや、ビビったと言うより、あの頃はまだレオが復讐に燃えていた時期で、今ほど情けなさが前面に出てなかったから、その機会にどうにか殺そうとリテイクしまくったんだったか……。
とにかく、そんな思考を片隅に、レオは更に耳を欹てる。
金と女と技術と平和……下っ端たちがしているのは基本的にそんな話で、世界を滅ぼそうとかそう言う理想は聞こえてこない。
元々、魔王軍の配下に居た技術者たちのようだ。魔王に心酔していると言うより、研究費用欲しさに善悪問わず加担した、と言った所だろう。
それが、魔王軍が壊滅し、路頭に迷った。他の真っ当な研究機関に行こうにも、魔王軍の配下だった前科がついていて無理で、技術を売ろうにも戦争の技術だったから一般向けにすぐ売れるモノでもない。
そう言う奴らが拾われて、ここ。
「………………」
戦争には、勝者が居て敗者がいる。どちらも正義を唄って、勝った奴が正義になる。
正義であろうがなかろうが生活はしなくてはならない。
ある意味、彼らからすればレオの方が魔王なのかもしれない。
そんな魔王軍の下っ端たちの話を聞いて、情報を収集し、思考し……。
日が昇り始めるころに、レオは呟いた。
「…………リテイクだ、」
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