間章 臆病者

 ほんの少しだけ、昔の話をしよう。


 魔王は、マリアと同じ存在だ。不老不死で、不滅で、他人に能力を与える存在。

 双子だとか、あるいは“自分を生み出した存在”とマリアは言っていた。


 “私が背を向けたせいで壊れてしまった姉”、とも。

 その姉を、マリアは止めたかった。


 同じ相手を、レオは恨んでいた。だから、手を組んだ。魔王を殺すと言う共通の目的で、そう言うなれば、レオはマリアの使徒になった。


 そして激闘の果て、魔王を追い詰め、魔王を殺す寸前まで行き……。

 不滅のはずの魔王を殺す手段が、レオにはわからなかった。


“私がどうにかする。その方法を知っている”


 マリアはそれだけレオに伝えていた。どう聞き出そうとしても聞き出せず、知らないまま魔王を前に、マリアはその方法を使った。


“……ありがとう。お前と居るのは、楽しかった。これで良いんだ、これで納得しろ、レオ”


 そして、マリアは魔王と共にこの世界から消えた。

 同じく不滅である自分の命、それと道連れに、魔王を倒す魔法。


 それが、マリアの言っていた方法だった。


 そう、……そうやって、やっと終わると、やっと平和が掴めると、そう思っていたレオの前で、マリアは消えた。


 ――その結末を受け入れるのは、心の弱い青年には無理な話だった。


 青年には力があった。気に食わない現実を消す力があった。

 だから、


『……リテイクだ、』


 *


 猶予は3日。3日の間に、既に動き出している状況の中で、マリアを説得した上で魔王を殺す代案を探す。


 執念だ。気に食わない世界は絶対に認めないと言う執念。


 まず、代案を探す。その過程で何回負けようが関係ない。何度自分が死のうが関係ない。


 憑りつかれたように、全てを無視して、レオは魔王を殺す方法を探した。

 探して探して探して負けて負けて負けて……。


 その段階でもう15463回リテイクした。

 15463回目でマリアの命を使わずに魔王を殺す方法を見つけ出せたから、その回数を覚えているだけ。それ以後はもう、数えていない……と言うよりも、記憶がもたなくなってきただけ。


 殺す方法はあった。マリアから聞き出した、魔王の城の地下にある“マリア達”の残骸。


 それを媒介に、この1万回で作り上げた魔術を発動するだけ。


 最初に勝った時より、勝利条件がシビアになった。

 魔王をどうにかその地下に誘導した上で、魔王の動きを止めなくてはならない。


 もちろん敵は魔王だけではない。子飼いの使徒たちが、狂信者たちもいる。


 それらをすべて出し抜き、打ち払い、懸念する事項が多すぎて安定性を欠きながら、ギャンブルのように1パーセントに満たない勝ち筋を引き当て、遂に、今度こそ魔王を殺せたと思ってみれば……今度は別の奴が死ぬ。


 魔王を誘導する上で邪魔な使徒数人の相手を、アリシアに頼んでいた。

 アリシアは疑わず怯えも見せず、ただ言う。


『……任せとけ、』


 その周回で、アリシアの笑顔を見たのはそれが最期だった。

 魔王を倒してから報告で知る。


 後から知らされて急いで向かう。

 見るなと言われる。……アリシアを見る。


 その憤りをどこにぶつけるべきなのかわからない。


 怒り狂う。伝令の兵士は、レオの周囲の仲間たちは、言う。


“必ず邪魔な奴は連れて行くから、あたしがどうなっても知らせないでやってくれ。……レオを勝たせるんだ。もう、楽にさせてやるんだ”


 そう、アリシアは周囲に伝えていたらしい。

 改変の存在を、アリシアは知っている。


 急にレオの憔悴が増したように、アリシアからすれば見えていたんだろう。


 一生恨むんじゃなかったのか。

 それが、恨んでる奴のする事なのか……。


 心の弱い青年は、その現実を、無限に繰り返した末辿り着いてしまったその世界を、認められなかった。


『…………リテイクだ、』


 *


 さらに勝率が減る。アリシアの負担を軽減せざるを得なくなる。


 無茶をするなと言い聞かせると、言い聞かせた分だけアリシアは無茶をする。

 レオが憔悴していくと、憔悴した分だけマリアが挺身を選ぶ確率が高くなる。


 途方もない回数やり直す。


 どうしても邪魔な敵はレオが自力で殺す。殺せるまでやる。


 成功した作戦だけ次に反映し、失敗は削いでなかった事にして……。

 …………その戦争にはタイムリミットがあった。


 魔王軍の攻勢に対するカウンター的な強襲作戦だ。その戦争の裏で、別の場所で、攻められている場所があった。


 マグノリアが耐えきれる上限が、3日。

 3日を過ぎれば、マグノリアが堕ち、故郷が消える。3日目にシャロンが殺される。それをもう、レオは知っている。なかった事にした。


 わざわざ届けさせたんだろう、狂いに狂った魔王が撫でる、シャロンの生首を見なかった事にした。なかった事にした。


 細すぎる勝ち筋をどうにか探して、なかった事にする。


 勝つまでやる。理想の世界になるまでやる。何度くりかえそうとも絶対に誰も失わない。


『………………リテイクだ、』


 *


 レオ・フランベールはスラムの出身だ。

 レオ・フランベールには育ての親がいた。

 レオ・フランベールの目の前で、育ての親が殺された。

 レオ・フランベールはそれを見ている事しか出来なかった。


 レオ・フランベールがやり直す力を得たのは、それが彼の心を抉った最大級のトラウマであり、それを消すことを望んでいたからだ。


 レオ・フランベールは、だから、身内を失うことを極度に、狂信的とも言える程に恐れている。


 全てを利用して復讐を果たすはずだった。その過程で気に入ってしまった全てを、レオ・フランベールは手放せなかった。手放したくなかった。諦めたくなかった。諦められなかった。


 それは力で、同時に呪いだ。目の前に可能性がちらつき続けると言う、呪い。希望があるからこそ、どれほど擦り切れようとも縋らずにはいられないと言う呪い。


 レオ・フランベールは心の弱い青年だ。

 だから、


『…………………リテイクだ、』


 *


 リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ、リテイクだ…………。


 *


 レオ・フランベールは魔王を倒した。マリアもアリシアもシャロンも、誰も失わないままに、理想とした、誰も失わない世界に辿り着いた。


 その世界に辿り着いた時、レオの脳裏にこびりついていたのは疑念と恐怖だ。


 本当に誰も失わずに済んでいるのか。本当にこのまま誰も失わずに済むのか、そんな恐怖。


 その恐怖を癒すのに半年かかった。

 あるいは、よく半年で立ち直ったとも言えるかもしれない。


 そうやって漸く掴み取った、レオ・フランベールの望む世界にあったのは、酷く滑稽で平和な修羅場。


 レオ・フランベールの望んだ世界。


 バカで居て良い世界。

 下らない事に能力を使って、怯えずに済む世界。


 レオ・フランベールはクズだろう。クズ野郎だ。優柔不断の極みである。


 誰も捨てたくない。捨てずに済む世界になるまで繰り返したのだ。

 廃人のようになりながらも執着したのだ。


 童貞だからカッコつけで、童貞だから夢見がちなのである。

 だから、この、英雄譚の後の世界で。


 エピローグのその後の世界で。

 レオは女に弄ばれながらも、まだ夢見がちに、わがままを言い続けていたのだ。


 ……誰も捨てたくない、と。

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