6 そしてイケメンは色々なかった事にする事にした

「――ハッ!?」


 ふと、気付くと……レオは夜の中に立っていた。手には短剣、最後にリテイクした場所、最後に能力を使った時と同じ時刻。


 振り向いた先には夜の王城。丸い月が、古城の形に抉れている……。


 同じ、月夜の下。

 街の外れの一軒家。その二階の私室の窓際で、月を見上げる赤毛の美女は、


(……どさくさでキスしちゃった。可愛くて我慢できなくて、フフ、……じゃない。気を引き締めろ、明日が勝負だ。明日甘やかしてレオをあたしに依存させるんだ……フフ、)


 そうふと、笑みを零し、共依存を策謀し。


 街の中心の古城に一室。天蓋付きのベットで膝を抱えた少女は、


(アリシアさんにフラれたんなら私の方に来ると思ってたんですけど……スケスケの服着てたのに……フラれた腹いせを私にぶつけて貰おうと思ってたのに……)


 どこか拗ねたように月を睨み上げ、唇を尖らせ、平常運転で倒錯し。


 そして、月に興味を示す様子が一切なく、ソファにゴロゴロと寝転がっていた黒髪の美女は、


(今日は輪に掛けて遅いな…………まさか、アイツ、本当に童貞を散らしている?まさか、信じろ、レオだぞ。私が信じないでどうする。アイツはきっとまだ童貞だ。レオの童貞力を信じろ。そうだ、童貞のまま帰って来るに決まってる。それで、)

 ふと思い出したように身を起こし、言った。

「あ。…………私の一日十個限定特製超高級チェリーパイ。貰ってないぞ?…………私のチェリーパイ……」


 誰も見ていないのを良い事に、魔女は一人でじたばたしていた。


(を、たまになら分けてやっても良いな。そのくらいなら私は頑張れるはずだ!そろそろ頑張らないと本当に盗られる!マリア様は明日から本気出すぞ!頑張ってイチャイチャするぞっ!フッフッフ、マリア様の魅力に震えるが良い……)


 素直になれないニート、17歳くらいの見た目で生まれてそのまま年を取らないせいで気づかれないが実年齢でも10代半ばくらい、素直になれなかったりやたら難しい言葉を使ってみたかったりする年頃の魔女はそうじたばたし……そんなマリアの耳に、ふと、戸を叩く音が聞こえた。


 その音に、マリアはぴたりと動きを止め、


「……あの馬鹿が。鍵を忘れたか?」

(帰って来たか?帰って来たか?帰って来たか童貞めっ!)


 そんな呟きと共に、マリアはタタタと軽い足取りでドアへと駆け寄り、その戸を勢いよく開ける。


「遅いぞ、どうて…………誰だ、お前は?」


 目の前にいた法衣の男を前に、マリアは不遜に言い捨て、頭の中で少し拗ねる。


(なんだ、レオじゃないのか……。アイツ、本当に朝帰りする気じゃないだろうな。……どっちだ?アリシアか?シャロンか?いや、レオだからきっと寸前で日和るはずだ。信じてるぞ童貞……)


 と、そう苛立ちが見えるマリアを前に、法衣の男は言った。


「マリア様。私は貴方を迎えに参りました」

「何……?」


 露骨に眉を顰めたマリアを前に、法衣の男は続ける。


「私は貴方様を崇拝する者です。無論、教義は理解しております。まずはこちらをお納めを、」


 そう言って、法衣の男は手に持っていた箱を持ち上げ、それを開き、中身をマリアに見せた。


 その瞬間、マリアは目を見開く。


「それは……!?」

(……なんでこいつ私がチェリーパイ好きって知ってるんだ?崇拝とか言ってるし、普通に気持ち悪いな。ストーカーか?誘拐でもする気か?いや、待てよ……?これはチャンスなんじゃないか?素直にならなくてもこれに乗ればレオに構って貰えるんじゃないのか?朝帰りして私が居なかったら何を思うレオ……フフフ、私のいない寂しさに震え私の大切さに気付き私を助けに来た上で私を存分に甘やかすが良い……シャロンとアリシアにばっかり構うお前が悪いんだっ!私も今日水着着てたのにっ!ノーリアクションだったお前が悪いんだっ!)


 マリアはそんな事を思って、悪そうな男にチェリーパイでほいほい誘拐されて行った。


 そんな同じ月夜の下。


 上手い事目当ての男にばれない範囲で暴走し続けている少女達の無駄な知略が続く、そんな夜の下。


 レオ・フランベールは精神的に疲れ切った結果無駄に影のある、無駄にイケメンな表情で背後の王城、月を睨み……呟いた。


「…………やっぱり出家するか」


 そしてこの世界から醜い争いの火種が一つ失われた。世界はまた一歩平和に近づいたのだ。


(……いや、ダメだろ、待て。正気を失うな。諦めるな、色々と。一旦、一旦冷静になろう。仮にも俺は軍師だろう?状況を整理するんだ……)


 そうレオは自分に言い聞かせ、思考する。

 このまま行くと何が起こるか、状況を整理しよう。


 この後、レオは気付いたら河原にいた。それは良い。そして、河原に居る所を実は喋れたピエロに拉致され、あの占い小屋に行き……。


(そこに、アリシアが来て、サディストだと判明する。……まあ正直、そう言う気があるのは知ってたけどな、)


 鮮血のアリシアの戦いぶりをずっと見て、首輪付けられて電流流された事があるレオはそう思った。


(でもその後膝枕してくれたし……アリシアはきっと根は優しい。話し合えば分かり合えるはずだ……)


 痛めつけた後優しくするのはDVの常套手段である。


(ま、まあ良い……。とにかく、次にシャロンが来て……サイコパスだと、いや、違う、シャロンは正直な娘だ。正直で腹黒くてただ欲望に忠実なだけの良い子だ……)


 それはもう良い子ではないような気がした。


(ま、まあ良い。別に良い。一回、一回置いておこう。それで、えっと、その後……俺が騙されてて、俺が悪くないって事実が判明して……)


 例え騙されていたとしても二股継続を決意したのはこの男である。


(その後のマリアだ。口が悪くて自分に無限に言い返して自滅したマリア……。俺に気が合ったとは。財布としてしか見られてないと思ってた……)


 ニートに対する保護者の認識とはだいたいそんなモノである。


(敵の目的は……魔王の復活。が、それはもう失敗が確定してる……)


 復讐と儀式、とか言っていた。


 魔王を殺した憎きレオの周囲の人間関係を壊して自暴自棄にさせた上で、魔王となったマリアの手でレオ達を殺させ、復讐を成し遂げる……。


 出来なかった場合はマリアを直接せめて世界に絶望させようとした。

 その、敵の二つ目の策が見事にはまったから、あの結果。


(策って言うかあっちはあっちで自棄だった気がするけどな。しかもそっちが成功してた。完全に自滅だけどな……)


 むしろほっといても自滅するという事は、あの場にレオとアリシア、シャロンを揃えた上でマリアの嘘を禁じればこの世界に新たな魔王が生まれるという事である。


(マリア様がチョロ過ぎる……帰ったらちょっと虐めてみるか?)


 童貞にそんな魔が差すほどのチョロさだった。そして虐めすぎると新たな魔王が生まれてやっぱり世界が滅ぶ……。


 と、諸々考えた末に、レオは頭を掻く。


「……じゃない!クソ……余計な情報が多すぎる……」


 その余計な情報を先代魔王との戦争の最中一切取り合わなかったから今この男は童貞で、周囲は何かをこじらせきった女ばかりの修羅場なのである。


 だが、この男はクズでも英雄。


(……とにかく、この世界に新たな魔王を生む訳にはいかない。マリアだって、そうなることは望まないだろう。シャロンとアリシアにしても、俺を騙していたにせよ、俺に好意があったからそういう行動に走ったんだ。俺に恨む筋合いはないし、騙された俺の問題だ)


 マリアの事を言えない位、この童貞も諸々隙だらけで大分チョロいのである。


 そんなチョロい童貞は、無駄にイケメンに生まれついた顔で、真剣に考え込む……。


(……今夜中にあの法衣とピエロを排除すれば、あの出来事はなかった事になる。……あの出来事を消したらどうなる?マリアの好意を知った事と、二人が俺を騙したと知った事がなかった事になる。魔王の復活と同時に)


 どっちにしろ、二股と言う状況はこの時点でもう解消した後だ。

 マリアからの好意にしても、下手に触ると魔王になる危険性はあるが、レオが気付いていないことにしておけば、ただレオの目にツンデレにしか見えなくなるだけである。


 そもそも、ここはレオが望んだ世界だ。


 レオにとって都合の良い世界。

 誰も失わない世界。


 その延長線上にある日常が、今。


(マリアは?もう、攫われてるのか?いや、それも含めて、今夜中に問題を全部解決して、……3人からは騙されたままでいよう。やたら恥をかかせる必要もないし、俺が泥をかぶっておけば良いだけだ。……どっちにしろ俺はクズ野郎だしな、)


 そう考えて、レオ・フランベールは視線を上げて、それから一人、呟いた。


「…………リテイクだ」


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