4 真実の館Ⅲ ~免罪符を得た童貞~

「ふん。……完全に心がないか。ならば、手を変えよう。アリシア・スカーレット」

「………………」


 矛先を向けられた途端、もう何も喋らない、とばかりにアリシアは喚くのをやめて口を閉ざす。

 そんなアリシアを見ながら、法衣の男は言う。


「シャロン・マグノリアの一番汚い嘘だ。知っているだろう、アリシア・スカーレット。シャロン・マグノリアがレオ・フランベールに一番知られたくない秘密だ」


 そう問いかけられたアリシアは、そっぽを向き、ぼそっと、言った。


「…………知らない」

「ああ!?アリシアさん今私の事裏切りましたね!酷い!」

「酷い!じゃねえよ!あんたなんかずりぃんだよ!あたしは苦しんだ、あんたも苦しめ!」


 と、内輪もめを始めた二人の耳に、アリシアの人形の声が聞こえた。


『一番汚い嘘は……ああ。あたしを真似て、レオと恋人だった、って言い出した事だろ』


 そう、アリシアの人形が言った途端、


(…………どういう事だ?)


 レオはアリシアとシャロンに視線を向け、二人は同時にさっと、レオから視線を逸らした。

 そしてそこで、法衣の男は言う。


「真似て、嘘。ほう……シャロン・マグノリア。お前が真似たアリシアの嘘とはなんだ?」


 そう問いを投げられたシャロンは、そっぽを向いたまま、ぼそっと言った。


「………………知りません」

「ああ!?あんたあたしまで道連れに、」

「先に裏切ったのはアリシアさんじゃないですか!……それに、アリシアさん。私達友達でしょう?死なば諸共でしょう?」

「……やっぱなんか怖ぇよシャロン、」


 と言う二人のやり取りの最中、シャロンの人形が言った。


『アリシアさんが、レオに嘘ついたんです。恋人になった、って嘘を。レオが細かい事忘れがちだって知ってて、だからそう言えば恋人になれるって思って』


 そうシャロンの人形が言った瞬間、アリシアが声を上げる。


「違う!嘘じゃない!約束した!」


 そして、人形はこう供述する。


『嘘じゃないっちゃ、嘘じゃないけど、魔が差したって言うか。久しぶりにレオに会って嬉しかったし、悪戯みたいに、“よう、恋人に会えなくて寂しかったか?”って聞いたら、……真剣に受け止められて、否定されなかったから……チャンスと思って』

「……………」


 アリシア人形の供述に、アリシア本人は沈黙していた。

 それを眺め、レオは思う。


(確かに、そう言われた……)


 それはあの、全ての始まりのパーティの前日。

 半年ぶりにあったアリシアは、嬉しそうに気さくに歩み寄ってきて、レオに言った。


『よう、レオ!恋人に会えなくて寂しかったか?』


 そして、そう言われて固まった童貞は、冗談を深刻な方に受け止めた。


 “恋人?そんな記憶俺には……イヤ、そんな感じっぽい出来事があった気がする。が、魔王戦の前……主観で100年以上前の……”


 と真剣に童貞は考えた。


 真剣に考え、勝手に思い詰めていく童貞を前に歴戦の美女の勘が囁いた。


“結果が全て。……これは、イケる?”


 と考えた瞬間に女は表情を寂しそうに変えた。


『……レオ?もしかして、忘れたのか……?』


 そう深刻な表情を作った女の嘘を童貞が見抜ける訳がなく、そして童貞は優柔不断だった。


『そ、そんな事はない……』


 そして今こうである。


(………………俺が騙してたんじゃなくて、最初から全部、俺が騙されてた?)


 レオはアリシアを見る。

 アリシアはそっぽを向いたまま、小声で呟いた。


「…………どんな手を使ってでも、あんたと一緒に居られるなら、それで良かったんだ、」

『………………』


 人形は反応していない。

 この女もしれっと敵の能力を効果的に使いこなし始めていた。


(アリシア……)


 と、依然声が出せないまま告白を受けた童貞はアリシアを見て、とだ。

 その視線を遮るように、シャロンが踏み込み、言う。


「それを知って、私は……焦ったんです。このままじゃって。だから、私も、アリシアさんと同じように……」


 パーティの前日。アリシアの後、レオの前に現れたシャロンは、レオとの出会いがしら抱き着いてきて、言った。


『やっと、会えましたね?約束、覚えてますよね……?』


 から始まる罪悪感0の半天然小悪魔の嘘を童貞が見抜ける訳もない。


『……………忘れ、ちゃったんですか?』


 と目尻に涙を浮かべながら言われた優柔不断な童貞は、


『い、いや。覚えてる。覚えてるよ……』


 そして二股が始まった。

 そして、事態をここまで混沌とさせた元凶である小悪魔は、


「絶対に負けたくなかったんです!私はレオと一緒に居たかったんです!」


 そう言い切った。当然、人形は何も反応しない。


(シャロン……)


 童貞は胸中呟く。


 もう、ここまで来た以上いっそ自分から言い出してしまった方が傷は浅いし何ならその方が好感度高く見える、っと小悪魔がそこまで半天然で計算に入れて自分から発言した、……など童貞にわかる訳もない。


 今となって、童貞にわかる事は一つ。


(俺は、二人に騙されていた……?)


 その事実だけだ。そして、その事実を知って、童貞はすぐにこう思った。


(……じゃあ、俺は悪くないんじゃないか?)


 二股状態になった直後に解消しなかった時点でこの男は十分クズである。


 と、そこで、だ。法衣の男は言った。


「……どうだ、レオ・フランベール。お前の女は醜いな。平然と嘘を吐いて、お前を騙した。恨むべきだろう?」

(いや、ぜんぜん恨まない。むしろ良かった。安心した)


 と、童貞は思うが……依然、声は出ないまま。


 そんなレオを横目に、法衣の男はアリシアとシャロンに視線を向け、言った。


「喋りたくないそうだ。本音が出るのが怖いんだろう、この男は。お前たちが愛情を向けたのはそんな、見せかけだけの男だったという事だ」

(クソ、喋れないようにしておいてそれか……)


 苛立たしく、レオは法衣の男を睨み、それを横目に、法衣の男は続ける。


「これは私の能力だ。私には、わかる。お前たちの思考が、嘘が。……この男、お前たちを心底軽蔑しているぞ」

(それが嘘じゃないか、詐欺師め……。軽蔑なんてしてない。ちょっと怖くなってきただけだ……。サイコパスとサディストに二股掛けてた現実が今更ホントに怖くなってきただけだ……)


 と胸中正直に睨み付けるも声は出ず、その法衣の男の言葉に、アリシアとシャロンはレオに視線を向け、すぐにその視線が逸らされる。


 そして、二人視線を逸らしたまま、ぼそぼそと言い合いが始まる。


「…………アリシアさんが私の事売るからこうなったんじゃないですか」

「…………うるせえな。あんた、なんか狡いんだよ色々」

「狡い?……狡いって何ですか?何が狡いんですか!」

「恐ろしい事にあんたはもう存在が狡い!」

「存在が狡いってどういう事ですか!そもそも元をたどればアリシアさんが嘘つくから、」

「あんただって同じように利用してたろ!」


 責任転嫁がヒートアップしていく……それを眺め、法衣の男は嗤っている……。


(何がしたいんだ、こいつ。結局、何が目的でこんな悪趣味なことを?こっちの結束を崩そうとしてる?これが復讐か?だが、そんな手に俺達が……)

「アリシアさんが悪いんじゃないですか!」

「あんただ!あんたの方が悪い!」

(…………かかってはいるけど致命的じゃないことを俺は信じたい!絆があると思いたい!)


 結局この男、終始こうである。

 そして、法衣の男はその光景を眺めて……呟いた。


「醜い。醜いなぁ……人間は、お前達の唄った平和とやらは、かくも醜い。だが、それでこそだ。そう醜いお前達こそが、魔王様を殺したお前達こそが、再臨された魔王様の、最初の贄にふさわしい……」

(再臨……?魔王の復活?本当にする気なのか?いや、そもそも可能なのか?)


 そう、眉を顰めたレオの横で、アリシアとシャロンが言い合いを止め、法衣の男を見る。


「再臨……?」


 そう首を傾げたアリシアを横に、シャロンは言った。


「復活するって意味だと思いますよ?」

「いや、それはわかるけど……。……シャロン、あんた今あたしが再臨の意味わからないって思ったか?あたしの事馬鹿だと思って――」

「魔王の再臨ってどういう事ですか!」

「おい、シャロン?一回こっち見ろ。な?勢いだけで躱そうとしないで……馬鹿だと思ってんならそう言えよ!」

「はい!思ってました!」

「正直に言えば何でも許されると思うなよ!」


 と、アリシアとシャロンはまた関係ないところでヒートアップしていた。

 それを横目に、レオは思う。


(あいつら、仲悪かったのか……?)


 と、そうまたすぐ横道に逸れて言おうとする流れの中、法衣の男はふと、一つ咳払いした。


「正直私は私以外全員バカだと思ってます!」

「シャロン!?なんでも正直に言うのは良くないんだぞ!私以外って……レオはどうなんだ?レオも馬鹿か?」

「私はレオの事好きです!大好き!」

「ごまかしが雑だぞシャロン!それ否定しきれてないぞ!」


 咳払いの甲斐なく少女達はもめ続けていた。


(……やっぱり仲良いのか?ていうか、シャロン、今俺の事馬鹿って……。否定できない気がするな……)


 流れ弾で大ダメージを喰らった天才軍師()は俯き……そこで、法衣の男の声が響く。


「魔王様を殺したお前達こそ、再臨された魔王様の、最初の贄にふさわしい……」


 まだワーワー言ってる少女達を、法衣の男はもう無視することにしたらしい。


(……敵ながら英断だな)


 と、情報収集込みで自分はちゃんと聞いておいてあげようと視線を向けたレオを前に、法衣の男は続ける。

 そんなレオを睨みながら、法衣の男は言う。


「魔王様は不滅だ。確かに、肉体は滅びたかもしれない。だが、魂は消えない。器さえあれば、魔王様は何度だろうと復活する……」

(器……?)


 そう眉を顰めたレオの耳に、声が響く……。


「レオはちょっとバカです!ちょっとバカだけどたまに強引でカッコ良い位が良いんです!」

「だからそれはあんたの幻想だ!レオはきっと頭良い方だぞ!メンタル弱くて情けないから賢さが目立たないだけだ!きっと!」

(きっとを強調するな。アリシア、お前もフォローし切れてないぞ。……あいつら本当に俺の事好きなのか?じゃなくて、)


 と、横の姦しさを聞かないようにしながら、レオはまた法衣の男を睨み付ける。

 それを前に、法衣の男は続けた。


「……魔王様の死後、私は発見した。魔王様を復活させる方法……その術式を。かつて試みられたその計画を。そして、その計画の結果、この世に一つ、魔王様のスペアが存在しているという事を」

(魔王の、スペア?……魔王と同格の存在?まさか……)


 そう表情を険しくしたレオを前に、姦しい騒ぎを横に、法衣の男は笑みを零し、呟いた。


「お前たちの醜態はもう十分、前座は十分だ。さあ滅びを始めよう……」


 そう言った法衣の男、その背後で、ずっと閉ざされていた背後のカーテン、舞台の幕がゆっくりと、開かれた……。

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