2 真実の館Ⅰ ~暴かれるアリシア~

「ぐッ…………、」


 落ち込んで川辺で去勢しようか考えていた英雄は、地面に投げ出されて、そううめき声を上げた。


 手は後ろ手に縛られ、顔には目隠しのように頭巾をかぶせられて、……どこかへと誘拐されてきたらしい。


(俺を、誘拐?誰が……)


 メンタルが死んでいたのもあって、突然殴られたレオは相手を確認し切っていない。


(誰だ?切れたアリシア?それともシャロンの手の誰か?いや、シャロンを泣かせたって切れた皇帝にみせしめにされる可能性もある。あるいは、……)


 この童貞は相変わらず色々と思い当たる節が多かった。

 と、そう思考するレオの頭から、ふと、頭巾が強引に外される。


「うッ、」


 レオは呻き、呻いた直後、……目を開く。

 その、レオの目の前にいたのは――ピエロだ。


 何所かおどけた、あるいはレオを馬鹿にするようなジェスチャーで笑う、派手なメイクに派手な衣装――詰め物の腹が突き出た、ピエロ。


「お前は…………」


 あの、アリシアとのデートの最後。占い小屋にいたピエロ。

 いや、そもそも、だ。この場所自体が、どうもそこのようだ。


 周囲で燭台が揺らめき、観客席の椅子が並んでいて……そのど真ん中に、レオは投げ捨てられている。

 そして、レオの正面には、一人の男がいた。


 褐色の肌にスキンヘッド。耳に丸いピアスを付けた、法衣の男。


 それが、舞台のカーテンの前に立ち、彼の目の前には黒い布のかぶされた机。

 机の上には木彫りのマネキン人形が4つと、それから水晶。


 法衣の男は水晶に手を翳しながら、言う……。


「レオ・フランベール。魔王を追い詰め、撃ち果たした英雄。魔王から魔法を賜った使徒を破り、世に平静をもたらした英傑。魔王の合わせ鏡に見出された勇者……」


 その声、その文言には覚えがある。この間の占い師、黒いローブの男だ。

 そいつが、どうもレオを誘拐して来たらしい。そう、勘付きながら、レオは後ろ手に縛られたまま身を起こしてそこに座り直し、言う。


「この間の占い師か?……どういうつもりだ?」


 そう問いを投げたレオを前に、法衣の男はふと笑みを零し、言う……。


「これは復讐だ。そして同時に、儀式でもある」


 そう嘯く法衣の男の横で、ピエロがケタケタと嗤う……そんなジェスチャーをしていた。

 それを睨み付け、レオはまた言った。


「復讐?儀式?……相変らず曖昧な言葉が好きな詐欺師だな」


 吐き捨てたレオを前に、法衣の男は言う。


「この世界は間違っている。滅ぶべきだ」

「何?」

「平穏など偽りだ。人は誰しも醜い。生ある限り苦しみが続く……世界は、人間は、魂は、その苦しみから解き放たれるべきだ。そして真の平穏と理想郷へ誘われるべき……」


 まさにカルト宗教思想そのものだ。

 しかも、その狂信的な発想に、レオは覚えがある。


「お前……」

「否。誘われるはずだった。悪と名乗って正義を目指す、……我らが魔王様の手によって、世界は今頃解き放たれているべきだった。迷いも嘘もない世界に。それを、レオ・フランベール。お前が独断で歪めた」

「…………魔王のシンパか?魔王軍の残党?」

「残党などではない!……我らは魔王様の忠実な僕。あのお方の意思を継ぐ者。あのお方の再臨を願う者……」


 そう、法衣の男は言い、直後、レオを睨むその目が、瞳が、白い光を帯びる。


「……ここは真実の館。レオ・フランベール。この場で貴様に、嘘は許されない」


 直後、法衣の男の瞳は更に輝き――そして、変化が訪れたのは、その手元、机の上に並べられた木彫りのマネキンだ。


 マネキンの内の一体が、突如光を纏い……その光が去った後、木彫りの人形の姿が変わっていた。


 レオを模しているのだろう――そんなどことなくファンシーな人形がその場にある。


(…………魔法?)


 だろう。レオの改変と同じように、――魔王からその配下に与えられた魔法。


「お前……使徒か?」

「その通りだ、レオ・フランベール。お前と同じように、私もまた寵愛を受け、その超常の力を得た人間。だが、私は崇高な理想の為だけにこの力を用いよう。お前のように、私欲の為にその力を使ったりしない」

「理想だと?狂信者の癖に、綺麗事を言うな。それに、俺は私欲の為に魔法を使った事はない」


 童貞クズ野郎は言い切った。言い切った、次の瞬間、


『……二股をごまかす為にめっちゃ使ったけどな』


 ふと、そんなレオの声……それを少し幼くしたような声が、その場に響いた。


 今喋ったのは……机の上の、レオを模した人形。

 それを手元に、法衣の男は嗤う。


「言ったはずだ、レオ・フランベール。ここは真実の館。嘘は許されない」

(……嘘を看破する能力?)

「……くだらない能力だな。心理的に他人を圧迫するだけか?」


 そう、レオが言った直後、人形は喋る。


『面倒な能力だ。嘘がつけないとなれば、情報戦が無理になる。こちらが策を立てる意味がなくなる』

「…………ッ、」


 歯噛みしたレオを嗤い、法衣の男は言う。


「良くわかってるじゃないか、流石レオ・フランベール。使徒を何人も殺しただけの事はある。さあ、レオ・フランベール。お前にも秘密があるだろう?聞かせて見せろ」

「………………」


 その法衣の男の言葉に、レオは沈黙を返した。すると、


『………………』


 それを眺め、胸中、レオはほくそ笑む。


(……こちらが嘘を吐いた時だけ反応する。なら、喋らなければ反応しない。やたら問いかけて来てたのはそういう事だな……)

「使徒。俺はもう一言もしゃべらない」

『………………』


 その言葉に、やはり人形は反応しない。


(黙って倒せば良いだけの話か……。使えないから魔王に捨てられ、だからまだ生きてた使徒、辺りか……)


 そう思考し、レオは周囲に視線を向ける。

 敵は法衣の男と、その周りで踊ってるピエロ。ピエロの方はアリシア曰くそこそこ強いらしいから、簡単にはいかないだろうが、それでも……。


 と、思案を始めたレオを眺め、法衣の男は言う。


「賢しいな、レオ・フランベール。そうやって見掛けばかり気にするから、お前は薄っぺらい童貞なんだろう?」

「………………」

(話術だ、トリックだ。否定したくなる言葉をぶつけて、口を開かせる。無視で良い。……と言うか、なんで俺はそう童貞童貞とやたら、)


 と、そこで、法衣の男は少し驚いた風に言う。


「黙るという事は……お前本当に童貞なのか?そうなじられているだけではないのか?アレだけ周りに女がいると言うのに?アレだけ露骨に迫られ続けておいて?本当に童貞なのか?その顔に生まれついておいて?英雄になったにもかかわらず?」

「…………………」


 レオ・フランベールは敵にまで言われて視線を逸らした。

 と、そこで、法衣の男は言う。


「まあ、構わない。お前が童貞だろうと、どうだって良い。お前はただのギャラリーだ。お前の周囲で、お前が理想とした世界が崩れる様をその目にするだけの」

(何を言って……?)


 そう、気を取り直した童貞の耳に、ふと、声が響いた。


「レオ!」


 レオは視線を向ける――小屋の一角、入り口のカーテンが大きく開かれ、そこに立っていたのは、赤毛の美女。


 駆けつけてきたアリシア・スカーレットは、一目で状況を看破すると、レオがいつもそうしろと言っていた通りに、まず敵の頭――法衣の男へと殺意を向け……。


 しかし、アリシアの動きは止まった。

 アリシアが現れると同時に、ピエロが――その見た目からは想像もつかない素早さ、で拘束されたレオの後ろに周り、レオの首にナイフを当てている……。


「アリシア、俺は無視して――グ、」


 口を開こうとしたレオ……だが、その言葉がふと途切れる。

 声を出そうとしても、声が出せない……睨み上げた先、レオを拘束しているピエロの目が、僅かに輝いている……。


(……こいつも使徒?魔法?対象の声を封じる能力?暗殺寄りってアリシアは言ってた……断末魔を上げさせない?仲間に情報を伝えさせない能力?)


 そう思案するレオへ、法衣の男は言う。


「嘘は罪。沈黙は金。これはショーなんだ、レオ・フランベール。ショーの最中は黙るのがマナーだろう?」


 レオは舌打ちするが……舌打ちすら音が出ない。声じゃなく音が出せなくなる能力か?


 そうまた思案するレオの前で、法衣の男はアリシア――レオを人質に取られ、動けなくなっているアリシアへと視線を向ける。


「さて、アリシア・スカーレット。……ここは真実の館。この場で貴様に嘘は許されない」


 そう、法衣の男が言った途端、彼の手元で、何体かある人形の内の一体が、その姿を変える。


 そこに座り込んでいたのは、アリシアを模した人形……それを前に、アリシアは眉を顰めた。


「魔法?……あんた、使徒か」


 そう警戒を強めたアリシアを前に、法衣の男は言う。


「その通り。だが私は主役じゃない。お前が主役だ、アリシア・スカーレット。お前に問おう。レオ・フランベールに嘘をついていないか?」


 その言葉に、アリシアは眉を顰め……。


「ハァ?レオに嘘?……吐いてねえよ」


 そう、アリシアが言った途端、その場にどこか幼い、人形の声が響いた。


『……嘘つき過ぎてどれの事言ってるかわかんねえな』

「………………」


 レオはアリシアを見た。


「………………」


 アリシアはさっと視線を逸らした。そしてそこで、法衣の男は嘲るように言う。


「ほう、アリシア・スカーレット。随分嘘が多い女らしいな。そうだな……一番最近ついた嘘は?」

「だから、嘘なんてついてない!」

『これが一番最近の嘘、か?』

「違う、本当だ!」

『もしくは……やっぱ昨日のあたしの名演技?まあ、名演技っつうか、押し倒してからなんか本気になっちゃったけど……追い詰められたレオ、可愛かったな~』

「演技なんてしてない!」

『演技はずっとだよな。うぶに見せたり無知に見せたり、レオの気を引けるならなんでも良いしな』

「………………ッ、」


 漸く、ロジックを理解したのだろう。アリシアは口を閉ざし、苛立たし気に歯噛みし、阻止戦をレオに向けた。


 その視線を前に、レオは呟く……。


「演技?どういう事だ……」


 そう、呟いてから……呟けている事に気付いた。


(これは……待て。アリシア違う!俺は今お前を疑っている訳じゃ……クソ、)


 一瞬だけ、沈黙が解除されたのだろう。苛立たし気に睨み上げた先で、ピエロが愉しげに嗤っている……。


 そして、レオの言葉を聞いて、アリシアは更に、言葉を足してしまう。


「な!?……違う、レオ!違うんだ、」

『違くない。私はずっと外聞を取り繕うのに必死だ。昨日だってそうだ。気を引くためにレオを追い詰めた。すぐに許して、あたしだけ見るようにしてやろうと思っただけだ』

「違うんだ……」

『二股だって最初から知ってた。私は都合の良い女で居てやっただけなんだよ、レオ。お前がそう振舞って欲しそうにしてたからな』

「違う……」

『レオを虐めるのは愉しいし、レオを甘やかすのは嬉しい……あたしの掌の上でずっと飼うんだ……』

「………………ッ、」


 そこで、それ以上何を言っても無駄と諦めるように、アリシアは歯噛みし、口を閉ざす。


 それをレオは見ている事しか出来ない。


(クソ、声が……俺は、騙されてた?二股が最初からバレて、アリシアに泳がされてただけなのか?昨日、アリシアは俺を騙して、演技で俺を追い詰めた……?)


 レオ・フランベールは思考を巡らせる。


(だとしたら……ていうか虐めるとか飼うって一体……アリシアお前何を考えて……いや、一旦ここは聞かなかった事にしておこう。落ち着け。そもそも今はそういう場合じゃないし、それにアリシアが何を考えていたとしても、糾弾する資格は俺にはない。俺の二股が原因だ)


 そうは思う。が、強制的に黙らされて、そう口にすることは出来ない。

 アリシアはどこかうなだれるように、レオを見ている――アリシアからすれば、レオが怒って黙っているように見えるのだろう。


 そして、そんなアリシアを更に追い詰めるように、法衣の男は言う。


「アリシア・スカーレット。また、問おう。お前はレオ・フランベールの立場と肩書きが欲しかっただけだろう?見せかけと立場が欲しかっただけだ。その為に騙した」

「………………」


 話したら自滅すると、アリシアは学んだのだろう。だが、黙ったら黙ったで、それは法衣の男の掌の上だ。


「話せないという事は真実か?聞いたか、レオ・フランベール。この女は肩書きの良い男なら誰だって良いそうだ」


 そう、法衣の男が言った瞬間、アリシアは噛みついた。


「違う!あたしはレオが良いんだ!レオがあたしの故郷を壊した!恨んだあたしを許してくれた!レオのお陰であたしはまともになれた!肩書きなんてどうでも良い、あたしはずっと、……レオと一緒に居たいんだ!」


 アリシアは必死に言う。そして、そのアリシアの言葉に……。


『………………』


 人形は何も言わなかった。


「これはこれでめちゃめちゃ恥ずかしい!?」


 ふと、絶叫を上げて、アリシアは顔を覆ってその場にしゃがみ込む。


『………………』


 そして、人形はまた何も言わなかった。


「そんな目であたしを見るな!」


 赤毛の美女は真っ赤になってそう喚いた。

 そんなアリシアを眺め……レオは胸中呟く。


(アリシア……そこまで俺の事を……そこまで俺の事を想った上で結論が飼うなのか?いや、それに関してはきっと戦争が悪い、戦争で少し歪んでしまっただけできっと話し合えばわかり合えるはずだ……じゃない!?俺まで流されるな。これは完全に相手のペースだ。どうにかアリシアに、俺は無視してアイツをやれと……)


 そう、手を縛られ、沈黙をさせられているレオは思考し、視線をアリシアに向け……アリシアは顔を真っ赤にして、レオの様子を伺っている。


(何か、この状況で出来る合図を……そうだ、)


 一つ、この状況で合図を出来る方法をレオは思いついた。

 思い付いた瞬間に、レオは実行した。


 ウインク。


 ぱちん、と、顔だけはイケメンな童貞は全力の告白の直後にウインクした。

 直後……。


「あ、……う、うん……」


 アリシアはさらに真っ赤にしおらしく小さくなった。


(そうじゃない!?そういう状況じゃない!今乙女になるな!サディストでいてくれ!鮮血のアリシア!)


 と言うレオの絶叫は当然響かない。

 そして代わりとばかりに、その場に響いたのは法衣の男の声だ。


「見上げたクズだな、レオ・フランベール。この状況で女への色目が優先か。……それで本当に童貞なのか?」

(ほっとけ!)

「まあ、良い。なら、そのクズの貫録を見せて貰おうか……」

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