間章 親愛
――ああ、私のマリア。愛しいマリア。可愛いマリア。ずっと、永遠に二人で居ましょうね?
マリアは自分がどう生まれたのか理解していない。
気付いたら存在していた。
気付いたら目の前に、自分と同じ顔の存在が居た。
マリアと違って白髪で、マリアと違って赤い目で、そんな、透き通るような目で緩やかに混濁している、“マリア”。
姉妹だったのかもしれない。双子だったのかもしれない。彼女が自分を作ったのかもしれない。彼女が自分を分裂させたのかもしれない。
彼女はその頃まだ、“魔王”とは呼ばれていなかった。
だがすでにもう、彼女は壊れかけだった。
その壊れかけの“マリア”を慰める為に生まれたのが、マリア。
どこかの――いずれ魔王の住処と呼ばれる古城で、昨日にも明日にも意味がないような永遠の停滞の最中、マリアは“マリア”を慰め続ける……。
自分もいずれ彼女のように壊れるのだろう。生まれたばかりのマリアはそう思いながら、“姉さん”と過ごした。
マリアは生まれたばかりだ。外に興味があった。停滞が嫌だった。あるいは、……古城の地下で壊れたマリア達の残骸を見てしまったのが、直接の原因だったか。
まだ若いマリアは、“マリア”に背を向けた。
『姉さん。私は、貴方のようになりたくない』
その自身の行動で、この世界に魔王が生まれるとは思っていなかった。
城を後にしたマリアは、外で暮らす。
外で暮らすと自分が化け物でどうやら人間じゃないらしいという事が如実に理解できた。
ほんの数年で人に会う事を嫌う様になった。人気のない場所に籠る魔女になった。
“姉さん”の元に帰れば良かったのかもしれない。だが、あの停滞を、甘ったるいだけの日々を、指先を、――地下の慣れの果てを見たマリアは、どうしても帰る気になれなかった。
離れてみても結局マリアにあったのは停滞。
そう、自堕落に過ごしている内に……“魔王”と言う存在が耳に入った。
マリアに拒絶されて心が壊れた“魔王”。
そして、その噂が耳に入った頃に――一人の少年が魔女を殺しに来た。
心臓を貫かれ、怒りのままに滅多刺しにされ、自分に馬乗りになった少年は、短剣を手に返り血に塗れ……。
その頬を撫でると少年は泣き出した。
そして、マリアは外の世界とその少年を知った。
“魔王”に育ての親を殺された少年。マリアが生み出した“魔王”。
罪悪感だったのか、あるいは義務感だったのか。私が生んだ魔王で、私のせいでこの少年は壊れている。
確かに不老不死で、だが見かけよりずいぶん若い魔女は、その少年と契約を交わした。
目的は同じ。
マリアは力を与える。
少年が魔王を殺す……。
世界には戦争があった。魔王と言う脅威がありながらも、人間同士の戦争が続いていた。
そんな世界に少年は抗い、魔女はそれを眺める事になった。
始め少年は脆かった。
死ななければ使えない能力に、死に怯えていた。
怯える少年に魔女は囁く……。
『……復讐するんだろう?』
やがて少年は慣れ出した。理想と違う状況になったら躊躇なく自死するようになった。
そして、マリアを置いて経験を重ねていく。
改変が発生したら、能力を使ったこと自体はマリアにもわかる。レオを見ればわかる。
だが、その前回の経験が今回のマリアに引き継がれる事はない。ただやり直した事がわかるだけ。
やり直した苦悩を理解してやれるのはマリアだけだった。
『弱音か?……お前の覚悟はその程度か?』
示唆的に突き放す。停滞した古城、愛だけあったあの永遠に狂気に続く牢獄に居たマリアは、愛する事も愛される事も怖かった。
見かけだけ取り繕う。マリアの内面もそう成熟し切っている訳でもない。それを見抜かれることがほとんどないだけだ。
マリアは壊れ往く少年を眺め、突き放し、利用し……。
だが、少年は壊れなかった。マリア以外に、繋ぎとめる存在が生まれていた。
シャロンだ。
利用しようと近づいた癖に、普通に気に入ってしまったらしい。
年相応……完全にそれではないにせよ、それに近い人間関係は、レオに良い影響を与えた。
魔女はそれを眺めていた。
壊れるかと思っていた心の弱い少年が、少し前向きになる様を。
レオは順調に育って行く。そんなレオに障壁が現れる。
何度挑んでも、どれだけ策を弄しても殺せない敵が居るらしい。それに、レオは延々挑み続け、マリアはそれを――その結果を見るだけ。
軍略、謀略、ありとあらゆる兵略――実際に試し経験を積んだ上で、レオはそれに打ち勝った。
打ち勝った頃には、敵を利用することを覚えていたらしい。
レオ・フランベールは鮮血のアリシアを利用する事にした。
その頃にはもう、レオはマリアに何かを尋ねて来たりする事はなくなった。マリアの方も特別焚きつける必要性もなかった。
ただ――見かけより若い魔女のちょっとした毒舌があるだけだ。
見た目の変わらない魔女の前で、少年は、少女達は変わっていく。
何所か取り残されるようにそれを眺める。
嫉妬と同時に安堵する。私は壊さずに済んだのかもしれない。シャロンとアリシアのお陰だろう。
最初は、マリアの方が背が高かった。
気付けば年若い魔女は、もう青年になった彼を見上げていて……ある日青年は言ってきた。
『……お前、背低かったんだな』
魔女はそれを睨み上げ、もう一切配慮も心配も容赦もなくただ一言、信頼関係の上で吐き捨てた。
『……死ね、』
誰も思わない。
誰も気づかない。
この魔女は今の容姿でこの世界に生まれて、ある程度の知性をはじめから得ている上でこの世界に現れ、そして今の容姿のまま永遠を過ごしている。
不滅にも始まりがある。
見掛けと本質の間には常に隔たりがある。
マリアがレオ・フランベールと会ったのは、8年前。その前の魔女の人生がどの程度の期間だったか……それを誰も、考えない。ただ印象を優先して長く生きているのだろうと、不滅と言う言葉に引きずられる。
……この魔女は、酷く、若いのだ。
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