8 そして喜劇は幕を閉じる。……と、童貞は思っていた
夜道を一人、歩いて、歩いて、途方に暮れたように歩き歩き……。
「……フランベール様?」
そう呼び留められて漸く、レオは、自分がどこへと向かっていたか気付いた。
視線を上げる――目の前には、怪訝な顔の衛兵がいる。その向こうには門、そして見上げる月夜に影を落とす古城――マグノリア城。
シャロンが居る場所だ。
そこに、歩んできていたと自覚した直後、レオは自嘲した。
(……俺は、……心底クズだな。女の家をはしごか、フラれた直後に)
そう自嘲したレオを前に、衛兵たちは怪訝そうに顔を見合わせ、それから問いかけてくる。
「フランベール様?何か問題でも?」
その問いを前に……レオは、くたびれ切った様子で、言った。
「いや。……シャロンに、会いたくなったんだ。通してくれ」
その言葉に、衛兵たちは――多分夜這いに来たと思ったんだろう。肩を竦め、それから言う。
「フランベール様。今宵、陛下はまだ寝付いておられません。陛下もお盛んなようで……裏庭を通ってください」
そう言った直後、衛兵は門を小さく開けた。
門番としては問題のある行動だろうが……衛兵がこういう対応をするようになるまで、レオがシャロンの元に通っていたという事だ。
この数日だけの話ではない。それこそ、ずっと前――シャロンと知り合ってから何度も、だ。
ほとんど軟禁に近い皇女の元を訪れる唯一の友達。あるいは、恋人。そう衛兵にまで見守られながらレオとシャロンは育っていたのだ。
シャロンに頼まれて、外の話をしに通う。……レオとしては、最初は、皇女の機嫌を取っておいて損はない。そこにコネを作っておいて損はない。そんな発想だった。
結局戦乱の時代だったのだ。魔王との敵対に、仮に現皇帝が反対した場合、暗殺と代わりの擁立。10代半ばでそこまで考えてシャロンとコネを作り……作ってる間にコネに取り込まれて今。途中から、アリシアも一緒に忍び込むようにもなり、結局3人で談笑するだけになった。
皇帝が、レオの行動に気付いていなかった訳もないと、そう気付いたのはもう仲良くなってからだった。
看過されていて、会いに行って、仲良くなって……。
……今は、泣きつきに行くのか?泣き落としに行くのか?
(違う。……もう、終わらせるべきだろう)
「ありがとう、」
衛兵にそう呟いて、どこか俯き加減のまま、レオは王城の中へと踏み込む……。
*
護衛も兼ねたメイドが頭を下げ、皇女の寝室、その扉が開かれる……。
踏み込むと背後で扉が閉じ……レオの眼前に、月光に照らされた天蓋付きのベットが見えた。
そこに、一人の少女が、どこか緊張したような面持ちで、腰かけていた。
シャロンだ。金髪が細く儚く月光に煌き……身に着けているのはふんわりとした、レースの白いナイトドレス。かなり生地が薄く、華奢な体のラインがシルエットで目を引いた。
青い瞳は伏し目がちに、それから伺うようにレオを見て、直後、シャロンは決意を固めたように、背筋を伸ばしレオを見た。
その仕草は可愛らしいと思う。同時に、その可愛らしい仕草は自分に向けられるべきではないんだろうと、レオは思う。
その、レオの表情に……何か勘付いたんだろうか?
「レオ?」
戸惑うように、怯えたように、そう囁いたシャロンを前に、レオは言った。
「シャロン。……そうじゃないんだ。俺は、……お前に謝りに来た」
「謝る?何を、ですか?……私今日、遊浴場楽しかったですよ?」
そう、つい数時間前の――改変をしていないはずだというのに、なぜだかずっと前の話の気がするそれを、思い出し……レオは、言った。
「俺は、お前を騙してた」
そう言った途端、シャロンは少し怯えたように、身をこわばらせる。
そんなシャロンを見ながら、レオは言った。
「俺はお前と恋人になったのか?お前はそう言ってたよな。けど、俺にはその記憶がない。お前にも、改変は話しただろ?魔王相手にやり直し過ぎて、その前の記憶はもう古すぎる」
言ったレオを前に、シャロンはすぐに言う。
「レオが覚えてなくても私が覚えてます。だから、」
「同じような約束を、アリシアともしてたらしい」
「…………」
遮るように言ったレオを前に、シャロンは口を閉ざした。
「二股掛けてたんだ。しかも、どっちとも本気じゃない。気分良くて、遊んでただけだ」
言ったレオの前で、シャロンは何も言わず、ナイトドレスの裾を握りしめ……。
「二股してるのをばれないように、改変してずるして、楽しく遊んでたんだ」
そう言ったレオを前に、シャロンは目を伏せ……それから、小さく、問いかけてくる。
「……アリシアさんには、言ったんですか?」
「ああ。さっき手痛くフラれた」
「なら、」
そう、シャロンは視線を上げて、それからすぐに言う。
「……私は許します。浮気は甲斐性です。一回目は許そうと思ってました。次はありませんよ?」
「シャロン。……俺は、許されるべきじゃないと思うんだ」
「…………」
何も言わず固まったシャロンを前に、レオは頭を下げて、言った。
「許されちゃいけないと思う。俺はお前を弄んだんだ。悪かった。……もう、ここに顔は見せない」
それだけ言って、レオは顔を上げ、シャロンから目を逸らしながら、背を向ける。
その背に、シャロンは声を投げた。
「レオ!」
振り返ることはせず、だがドアを前に足を止めたレオの背に、シャロンの、困ったような、泣く寸前のような声が、投げられた。
「レオ。……私は貴方が好きです。貴方が私を助けてくれた。貴方が、私に外の世界を教えてくれた。私は、貴方が好き。……それじゃ、ダメですか?」
飾り気のない、真剣な、真摯な言葉だ。その感情に、どこか国庫炉を抉られるような気分になりながら、……レオは、言った。
「……すまない」
それだけだ。
それだけ言って、レオは部屋を後にする。
パタン、と閉じた天蓋の部屋。その中心で、少女は一人、膝を抱え、顔を覆い隠した……。
*
(……これで良かったんだ、)
一人、王城を後にし、夜道をどこかふらつくように、自業自得以外の何モノでもない、一切言い訳のしようがない苦痛を抱えながら、レオは歩んで行く……。
しばらく進んで、それから、レオは王城を見上げた。
丸い月が、古城の形に抉れている……それを眺めて、短剣を手に、レオは呟いた。
「…………
直後、レオは自身の胸に短剣を突き立て――時間が、ほんの数秒だけ、遡る。
レオの手に短剣が握られている。けれど、突き立てたはずの胸に傷はない。
振り向けば、丸い月が、古城の形に抉れたまま。
レオは、戻った。アリシアにフラれ、シャロンをフリ、全てを終わらせた地点に。
この結果で、固定した。
(これで、終わりだ……)
そう、レオは一人、また、夜道を歩み出した……。
そして、この、童貞クズ野郎を主役にした喜劇が、幕を閉じる。
……幕を閉じると思っていたのは、レオだけだった。
同じ、月夜の下。
街の外れの一軒家。その二階の私室の窓際で、月を見上げる赤毛の美女は、ふと、笑みを零し。
街の中心の古城に一室。天蓋付きのベットで膝を抱えた少女は、どこか拗ねたように月を睨み上げ、唇を尖らせ。
そして、月に興味を示す様子が一切なく、ソファにゴロゴロと寝転がっていた黒髪の美女は、ふと思い出したように身を起こし、言った。
「あ。…………私の一日十個限定特製超高級チェリーパイ。貰ってないぞ?…………私のチェリーパイ……」
誰も見ていないのを良い事に、魔女は一人でじたばたしていた。
と、だ。そう一人、アパートでじたばたする魔女の耳に、ふと、戸を叩く音が聞こえた。
その音に、マリアはぴたりと動きを止め、
「……あの馬鹿が。鍵を忘れたか?」
そんな呟きと共に、マリアはタタタとドアへと近づき、その戸を開ける。
直後、ドアの向こうにいた人物の姿に、マリアは眉を顰めた。
「遅いぞ、どうて…………誰だ、お前は」
そう不遜に言い捨てたマリアを前に、その正面にいた来客――真っ黒い法衣のような服装に身を包んだ褐色の肌の、スキンヘッドに耳に丸いピアスを付けた大男は、そこでマリアに恭しく頭を下げ、言った。
「マリア様。私は貴方を迎えに参りました」
「何……?」
露骨に眉を顰めたマリアを前に、法衣の男は続ける。
「私は貴方様を崇拝する者です。無論、教義は理解しております。まずはこちらをお納めを、」
そう言って、法衣の男は手に持っていた箱を持ち上げ、それを開き、中身をマリアに見せた。
その瞬間、マリアは目を見開く。
「それは……!?」
そう、何かまた新たな事件が起こり掛けているらしい、同じ月夜の下。
(……いっそ出家するか……)
何もかもにまだ勘付いていないレオ・フランベールは、クズ野郎の次に童貞を極めつつあった。
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