6 決戦、遊浴場延長戦 ~ちょっとだけマリア様のターン~
ザバーン、と夕陽が天窓から差し込み、波のプールを輝かせている。
ぼちぼち引き上げていく時間だからだろう、式典や先行試用は大抵終わり、人気がなくなった波ブロックの片隅。
「…………ハァ、」
疲れ切った童貞クソ野郎は、一人その場にしゃがみ込み、そう、深くため息を吐いた。
何とか……地雷原の中を導火線を握りしめて散歩するような楽しい楽しいハーレムを、レオはこなし切ったのだ。
一瞬油断すると即
ただの世間話からアリシアがぽろっと漏らして修羅場でリテイク。
隠れて甘えようとしたんだろうシャロンが手を握ってきた瞬間をアリシアに目撃されてリテイク。
件の水上滑り台が二人乗りだったせいで2択を迫られて答えに窮してリテイク。
アリシアを優先してアリシアと滑り降りた後シャロンがぽろっと毒を吐いてバレてリテイク。
シャロンを優先したらおいて来たアリシアが拗ねてぽろっと漏らしてリテイク。
二人を先に行かせてその後を一人無表情で滑り降りた先に二人で話した弾みだろう、修羅場があってリテイク。
リテイク。
その瞬間だけで何度もリテイクし、最終的にどうにかアリシアに『シャロンが帰った後二人でここを回ろう、』で納得させられるかつシャロンにばれない言い方が出来るまでリテイク。
それで納得した後シャロンと滑り滑ってる途中に何かのスイッチが入ったらしいシャロンと滑り終わりでいちゃついてるところにアリシアが滑ってきてリテイク。
リテイク、リテイク、リテイク…………。
そしてその水上滑り台が終わった後も、何をするでもそこは地雷原で、滑稽にタップダンスを踊るようにリテイクにリテイクを重ね、どうにか辿り着いたこの未来。
シャロンは皇帝と共に帰って行き、その後アリシアと少し回って更衣室の中で二人が邂逅して知らないところで爆発するリスクを軽減した上で、アリシアもさっき帰り……。
激闘の果てに、レオは夕陽の波間を睨み付け、言った。
「何が遊浴場だ……こんな施設、滅ぶべきだ」
「いいや。滅ぶべきはどう考えてもお前だろ、童貞クズ野郎」
容赦のない毒舌と共に、マリアが目の前の波の上を流れて来た。
買ったか借りたか知らないが、巨大な浮き輪の上に座って、ビキニタイプの黒い、タイトな水着で、白い足を組み、手にはかき氷を持っていた。
「………………」
疲れ切ってただ睨み付けたレオを前に、マリアは言った。
「知ってるか童貞クズ野郎。色と香りが違うだけで味は同じだそうだ」
「知ってる」
「いいや、お前は知らない。わかってない。見かけが少し変わるだけで本質は何も変わらないと言う深いお話だ」
「……何言ってるんだ」
「今日、何回リテイクした」
「…………1253回」
「1日、たった数時間表面的にどうにか誤魔化し切るだけで、それほどのミスがお前にあった訳だ。それだけの数のミスに、お前は気づいた。童貞の分際で思い上がって二股などするから、そう滑稽になる」
「………………」
「器量が足りないよ。お前は馬鹿なんだレオ。欲張らずに心を決めてしまえば良い。道化は得意だろう?誰かを泣かせて誰かに頭を下げれば、それで終わる話だ」
そう言って、マリアは地面まで流れ着いてくると、水から上がり、レオの目の前で立ち止まり、冷ややかに見下ろした。
「お前は結局誰が好きなんだ?それとも、全員を嫌っているのか?」
「嫌ってる訳……」
と、言いかけたレオの肩を、マリアはふと足で押した。
咄嗟の事に反応できず、疲労もあってあっさり倒れ込んだレオの上に、マリアは覆いかぶさり、黒髪がレオの横を流れ……目の前には、さげすむような冷たい目が合った。
「押したら倒れる。……流されるのは楽だな、レオ」
「なんのつもりがっ、」
言いかけたレオの口に、マリアは手に持っていたかき氷を一掬い、かなり強引に突っ込んだ。
「がッ、げほ……」
咽るように口を閉ざしたレオを前に、マリアは言う。
「流されてるだけだろう、お前は。決断する甲斐性すらない。ただ見かけだけ取り繕って……いや、取り繕えてる気になってるだけだ。優柔不断に流されて、聞こえが良いだけの言葉を吐いているだけ。レオ。……お前は結局、誰を選ぶんだ?」
そして、マリアはかき氷をその場に置くと、立ち上がり、冷ややかにレオを見下ろし、歩み出した。
「その浮き輪、返しておけよ。私はもう十分遊んだ。ああ、ここはつまらない施設だな。確かに滅ぶべきだよ。……帰る」
そんな捨て台詞を投げ、マリアはレオに背を向けて去っていく。
その姿を見送り……それから、どこか表情険しく、レオは夕陽を睨み付けた。
*
誰かを選べば終わる話。それは、確かにその通りだ。
だが、そうできなかったからレオは今こうなっている。
二人と仲良くして居たい。傲慢な話だが、結局レオの本心はそれだ。
シャロンもアリシアも、レオが恋人だと思っている。が、そういう感情を向けられているレオの方には、そうなった記憶がない。そう言う感情を持ったレオもかつていたのかもしれないが、それは主観時間において遠い昔で、どう記憶を探ってもいまいち思い出せない。
思い出せないから……レオの本心は、二人と仲良くして居たい、になる。
あるいは、二人と友達のような関係のままで居続けたい、か。
「………………」
そんな事をつらつら考え込みながら、レオは着替えを済ませ、遊浴場を後にし、エントランスを歩み……と、だ。
「レオ、」
ふと、そう声を投げられて、レオは視線を上げた。
見ると――遊浴場の出口の横に、一人の少女がもたれ掛かっていた。
アリシア・スカーレット。当然もう水着ではなく、見慣れた、活動的で健康的なショートパンツの彼女は、レオを前に壁から背を離し、小さく手を振ってくる。
「アリシア?……どうしたんだ、」
「どうしたって……」
そう、アリシアは何か言いかけて、けれど直後その言葉を呑み込んで、別の事を言う。
「……あんた、なんか疲れてたろ?送ってこうかなって」
「そうか。そんなに気を遣わなくても」
「迷惑か?」
何所かレオの言葉を遮る風に、鋭く、アリシアは言った。
「…………何を言ってるんだ?」
「あたしに気を遣われるのは、迷惑か?」
真剣に、かつ寂しそうに……夕陽を横顔に、アリシアはそう問いかけてくる。
「そんな訳ないだろ、一体、何言ってるんだ」
「………………」
言いながら歩み寄ったレオを前に、アリシアは少し視線を逸らし……それから、気を取り直すように、言う。
「じゃあ、気遣わせてくれよ」
「……わかった。けど、送るって行ったって……」
二人でただ帰り道を歩きたいだけなのか?そう首を傾げたレオを前に、アリシアは漸く、どこかからかうような笑みを零して、それから言った。
「……知らないか?あたしの家、こっから近いんだ。ちょっと寄って、休んでかないか?」
「………………」
童貞は固まった。
「…………イヤか?」
「いや、いや待て、違う。このイヤはそう言う嫌じゃなくて嫌じゃない。だから、……ク、」
そう、何か一人勝手に戦いだしたレオを前に、アリシアは呆れて様に微笑んで、ふと、ため息を吐いた。
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