5 決戦、遊浴場Ⅳ ~地雷原を両手に華で~

 決戦場――命と少女達の笑顔が掛かった水上滑り台ブロックへ、レオはシャロンを伴って、歩んでいた。


「……楽しみだな、そろそろだ」


 覚悟を決め、呟いたレオの横で、シャロンは微笑み。


「はい。……水上滑り台ってどんな感じでしょうか?」


 そんな事を口にする。そして、そのシャロンの言葉と同時に、あらかじめ指示を出しておいたマリアの報告がレオの耳に届いた。


『待て、童貞クズ野郎。今、アリシアはブロックの入り口を見てる。数秒、止まれ』

「……あ、そうだ、シャロン。ちょっと待っててくれないか?」

「え、はい?」


 と頷いたシャロンを廊下の影に隠し、レオはゆっくりと、水上滑り台ブロック、その入口へと歩んで行った。


『……今だ。アリシアの視線が逆を向いた』


 そう、マリアが報告した瞬間に、壁に身を隠しながら、レオはそのブロックの中を確認する。


 水上滑り台――ちょっとしたビルくらいの高さがありそうな土台から、幾度も蛇行する長い滑り台が、その下へと続いている。その水上滑り台の上には、確かに、赤毛の美女の姿がある。こっちを見てはいない。


 他のブロックに比べて、人気が多い気がする。マリアが座っている飲食ブースがあるのと、水上滑り台と言うわかりやすい特別な遊具があるからだろう。

 そして、……………。


(いた、)


 レオが視線を止めたのは、その人ごみの一角にある美女の群れ。そして、その最中で快活に笑いながらどう見てもセクハラしまくっている一人の皇帝おっさん


 さっきマリアに存在を確認させたのが、そのおっさんだ。


 と、だ。そうやって油断なく観察するレオの背中へと、シャロンが声を投げてくる。


「あの、レオ?どうしたんですか?」


 そう不思議がるシャロンへとレオは振り返り、言った。


「……実は、さっき。護衛が噂話してるのが聞こえたんだ。皇帝が俺とお前の事を疑ってるらしい」

「え?……それは、でも、」


 今更の話じゃないか……そう、シャロンは言いかけていた。が、そんなシャロンを前に、レオは続けた。


「シャロン。今のお前の格好を見てくれ。……さっきだって言い寄られてたし、お前を見たら男は全員魅力的だと思う。もし、露骨に振舞ったら、あの皇帝が怒ってこの遊び場自体がなかった事になるかもしれない。それだけじゃなく、俺がお前に会う事を禁じられる可能性もある」

「それは…………イヤです」

「ああ。俺も嫌だ。それで、今確認した。皇帝がこのブロックにいる」

「…………じゃあ、別に場所にしておきますか?」

「いや。さっきも言っただろう?俺はお前と遊びたいんだ。だから……あんまり露骨に見えないように、周りに内緒に、ばれないようにして、遊ぼう」

「…………内緒?秘密のデート?」


 何所か楽し気に、シャロンは悪戯ぽく微笑んだ。

 それに、レオは微笑みを返した。


 ……ここまでが安定するまでのリテイク回数11回。シャロンがノってくる言い方を数パターン試して確認した結果、内緒で遊ぼう、と言う提案はお姫様の琴線に触れたらしい。


(……第1関門はクリア)


 シャロンに笑い掛けるように内心ほくそ笑みながら、レオは入り口から姿を晒す。レオの姿は、これでアリシアから見える事だろう。


「それで、シャロン。具体的にどうするかだが、誰かもう一人ぐらい混ぜてれば、俺達が疑われる事は――」


 と、言いかけたそこで、だ。


「レオ!」


 そう、声が――そしてその豊満なバストが今にもこぼれそうに、レオの隣で弾む。


 視線を向けた先にいたのは、水上滑り台から今一瞬で跳んできたのだろう、アリシア。


「アリシア、」


 声を上げたレオの前で、アリシアの視線が横――そこにいるシャロンに止まる。

 そして、一瞬殺気か動揺か、そんな感情がアリシアの瞳に揺れ掛け、その瞬間に、レオは言った。


「そうだ、アリシア。ちょっと話がある」


 機先を制してレオは言って、アリシアに歩み寄り、小声で言う。


「……悪いアリシア。ビーチに戻ったんだけど、見つからなくて、探してたんだ」

「……探してた?あたしを?違う女と一緒に?」


 苛立ちが見え始めたアリシアは、その視線をシャロンに向け――だが、それが大騒ぎになる前に、レオは言った。


「実は、シャロンが1人で……ナンパされてたんだ、さっき。俺も立場上、そのままほっとく訳にはいかないだろ?だから同行してたんだ」


 板について来たクズ野郎は平然とそう言った。


「アリシア。悪い、この埋め合わせは必ずする。だから、今日は3人で回ろう。シャロンを一人で置いておく訳にはいかないだろ?」

「……でも。だったら、陛下に預けるとか、」

「あそこにシャロンを連れていくのか?」


 そんな言葉と共に、レオは向こう――皇帝とそのハーレムを指さす。

 キャッキャと美女が嬌声を上げる中でセクハラしまくってるおっさんの姿が、そこにはある。


 それへと、アリシアは視線を向け――そう、アリシアの視線がレオから外れた瞬間。


 レオはバレないように素早くシャロンへと振り返った。


「…………」


 放っておかれているからか、つまらなそうに、同時にどこか疑うように、シャロンはレオを少し睨んでいる。


 そんなシャロンにレオは微笑みを投げ、内緒、と伝えるように口元に人差し指を置いた。


 そんなレオを前に、シャロンは瞬きし……直後、どこか楽しそうな表情を浮かべる。


 それを確認した直後、その一瞬がばれないようにレオはすぐさまアリシアへと向き直り――同じタイミングでアリシアはレオに視線を向け、やがて、ため息交じりに呟いた。


「……しょうがねえな。シャロン、3人で回るか?」

「はい。……楽しみですね!」


 そう、二人は朗らかに言い合っていた。

 それを横目に……。


(……行ったか?ついに、やっと?ごまかし切れたか……?)


 ここに至るまでのリテイク数34回。34回やり直して、遂にレオはスタートラインに辿り着いた。


 アリシアは思っている。レオはアリシアとデートがしたいが、一人で回っているシャロンの事を考えて、今回は3人で回ろうと提案している、と。


 シャロンは思っている。皇帝に疑われる事に対するダミーとして、周りに内緒でイチャつくデート、と言うちょっとしたゲームのように、この状況を楽しむ、と。


 そして、童貞クズ野郎は思っている。


(虎穴に入らずんば虎子を得ず……正面から二人侍らせて誤魔化し切ってやる……)


 結果だけ見れば天才軍師。そこに至るまで幾らでもやり直せるレオの基本戦術は、要所を抑えた上での正面突破だった。


(やってやる、やり遂げてやる……たとえ何回やり直す羽目になろうとも……二人の笑顔を守る為に!俺は二股をやり遂げる!)


 と言う決意を胸に、無駄にイケメンな童貞クズ野郎は、さわやかな笑みを顔面に張り付け、水着の美女たちを前に、言った。


「……良し。じゃあ、行くか、二人共」


 ……内心、地獄を覚悟しながら。

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